サウジマネー「新ツアー」対抗で米欧ツアー「提携」という常在戦場 風の向こう側(84)

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 サンクスギビング明けの11月27日(米国時間)、米PGAツアーが欧州ツアーと戦略的な提携関係を結ぶことを発表した。

 これは、欧州ツアーのTV制作やウェブコンテンツ制作を行う「欧州ツアープロダクション」の株式を米ツアーが取得し、米ツアーのジェイ・モナハン会長が欧州ツアーの理事会のメンバーに加わること、ツアーの日程や賞金、ポイント配分、試合出場の条件に関しても米欧両ツアーが協力体制を取っていくといった内容の、いわば部分的な提携である。

 欧州ツアーのキース・ペリー会長は、

「ゴルフ界にとって、この提携は歴史的な瞬間だ。私たちはたくさんのシナジーを見出した」

 と喜びのコメントを出した。

 米ツアーのモナハン会長も、

「私たちの協力体制がより強固になっていくことに興奮を覚える。男子プロゴルフ界とファンのために、頑張っていきたい」

 と意気込みを語った。

 近年、欧州ツアーの台所は「火の車」だと言われ、そこにコロナ禍が輪をかける形になり、欧州ツアーの先行きは「風前の灯だ」とも言われていた。

「欧州ツアーの船は、すでに沈みかけている」

「古き良き欧州ツアーの黄金時代は終わった」

 欧州ツアーの関係者の間から、そんな声が上がっていた昨今の窮状を思えば、部分的とは言え、米ツアーとの提携関係が正式に成立したことは、大きな安堵につながったはずである。

 しかし、この提携は、単に潤っている米ツアーが困っている欧州ツアーに救いの手を差し伸べたというシンプルな話ではないはずだ。

 その陰には、米ツアーにとって代わるような新ツアー構想を打ち出している「プレミアゴルフリーグ」(PGL)への対策を講じなければならないという事情がある。

どちらを選ぶか

 米ツアーが「世界一のゴルフツアー」と呼ばれ、欧州ツアーは歴史ある「古き良きツアー」と呼ばれている一方で、ゴルフ界では、これまで何度か、それらに取って代わる新ツアーを創設しようという動きが起きてきた。

 1994年ごろには、オーストラリア出身のグレッグ・ノーマン(65)が「ワールドツアー」構想を掲げた。

 そのノーマンの構想を一部引き継ぎながら改良を加えた形で、2002年ごろからはフレッド・カプルス(61)らが「メジャーチャンピオンズツアー」なる構想を掲げた。

 しかし、どちらも実現には至らず、米ツアーや欧州ツアーの存在感がいかに強固で絶大であるかが見せつけられる格好になった。

 以後、新ツアー構想は「うまくいかないもの」と思われていたのだが、そんな中で浮上したのがPGLだった。

 PGLは、数年前から、その存在や構想が噂レベルで囁かれていたのだが、2020年の始めごろ、一気に具体的な内容が示され、世界のゴルフ界を驚かせた。

 トッププレーヤーばかり48名を集め、予選カットなしの3日間大会の個人戦と、4人1組、12組でのチーム戦の双方を、年間18試合(そのうち10試合は米国内)行って世界一を競うという新ツアー構想。1試合の賞金総額は10ミリオン(約10億4000万円)、2022年から開始する予定などとされている。

 ここまで具体的に示されたことで、世界のゴルフ界はPGLの動向に注視せざるを得なくなった。とりわけ米ツアーはPGLを真っ向から警戒し、モナハン会長はすぐさまこんな声明を出した。

「我が米ツアーと直接的に対立するスケジュールと言える。こうした構想が現実になるとすれば、現在の選手たちは、我が米ツアーのメンバーであり続けるか、新ツアーでプレーするかを選ばなくてはならなくなる」

 モナハン会長が米ツアー選手たちに「我がPGAツアーとPGLなる新ツアー、両方のメンバーでいることはできない」旨を記したメモを回したという情報もあり、『AP通信』がそのメモを入手したという報道もあった。

 春先にはローリー・マキロイ(31)、ジョン・ラーム(26)、ブルックス・ケプカ(30)という当時の世界ランキングのトップ3にPGLが大金をオファーし、3人全員がこれを拒否していたこと、フィル・ミケルソン(50)やアダム・スコット(40)、リッキー・ファウラー(31)、ジャスティン・ローズ(40)といったトッププレーヤーたちにもPGLがアプローチをかけていたことが英紙『ガーディアン』によって報じられた。

 その後は「経済的に逼迫している欧州ツアーにPGLがラブコールを送っている」という話が聞こえてくるようになり、世界のゴルフ界は混沌となった。

一石三鳥の価値

 そんな経緯があった後に発表されたのが、今回の戦略的提携だった。

 その背景とプロセスを振り返れば、PGLに対抗する形で米ツアーも欧州ツアーにラブコールを送り、双方からにじり寄られた欧州ツアーが米ツアーを選んだと考えられる。

 欧州ツアー関係者からは、

「そもそも欧州ツアーは最初からPGLからのラブコールに応じるつもりはなかったが、提携を申し出てくれた米ツアーにできる限りいい条件を受け入れてもらうために、PGLからのラブコールにも耳を傾けていた」

 という話も漏れ聞こえてきた。

 いずれにしても、世界の2大ツアーである米ツアーと欧州ツアーが手を取り合えば、PGLにとっては「とてつもなく大きな敵」になる。そういう体制を作り出すことが、今回の戦略的提携の最大の目的だったと私は思う。

 これまでは、欧州の選手が主戦場を米欧のどちらかに据えるかで迷うことが多かった。米欧両ツアーのかけ持ちをする選手もいるが、試合日程が重なったり、時差がある中、過酷な移動を強いられることになったり、試合の出場資格を巡って複雑な状況に直面したりと問題は多く、最終的には高額賞金が得られる米ツアーを選ぶケースが目立った。

 それが欧州ツアーからのトッププロ流出の原因となり、ひいては欧州ツアーの財政事情の逼迫へつながってしまっていた。

 米ツアーにとっても、欧州出身の選手が米欧両ツアーの狭間で苦しむ様子を黙って眺めることには何の意味もなく、そうした状況を改善していくことが、最終的に両ツアーの発展につながることは明らかだった。

 そうやって両ツアーが手を取り合うことがPGLへの対抗策になるのであれば、一石二鳥、いやいや一石三鳥ぐらいの価値があるというわけで、今回の戦略的提携を発表した両会長の表情がとても明るかったことは大いに頷ける。

ピラミッドの頂点も

 今のところ、米欧両ツアー間でまだ折り合いが付けられずにいることは、「(米欧対抗戦の)ライダーカップにまつわる権利関係の配分だけだ」と、前述の欧州ツアー関係者が教えてくれた。

 なるほど。ライダーカップとなると、せっかく手を結んだ米欧が試合の上では敵と味方に分かれることになる。だが、話が複雑になるので、この際、ライダーカップは横へ置いておき、あくまでも米欧両ツアーの協調体制がこれから強化されていくという方向で、ゴルフ界の未来を考えてみよう。

 米ツアーと欧州ツアーが日程や試合出場条件等々に関して手を結んだこれからは、米PGAツアーの下部ツアーである「コーンフェリーツアー」や「PGAツアー・カナダ」、「PGAツアー・チャイナ」、「PGAツアー・ラテンアメリカ」なども欧州ツアーや欧州下部ツアーと連携していくことになるだろう。

 これまでPGAツアーを筆頭に築かれてきたピラミッドに欧州ツアーが加わることで、ピラミッドは世界規模で巨大化していくことになる。2大ツアーが手を取り合って形成していくピラミッドなのだから、その大きさがゴルフの歴史上、最大規模になることは言うまでもない。

 しかし、それで安泰かと言えば、そうでもないから恐ろしい。と言うのも、ピラミッドが巨大化したあかつきに、サウジアラビアの「巨大オイルマネー」が背後についていると言われるPGLが、その資金力を駆使して、巨大化したピラミッドのさらに上に立つ超少数精鋭の超エリート集団による超高額な試合ばかりの新たなツアー構想を打ち出してくる可能性だってゼロではないからだ。

 もちろん、ずっと先のことはわからないが、わかっているのは、ゴルフの世界も日々変化し、進化し、動き続けているということ。

 現在は世界一の米ツアーも、そして誰もが、うかうかしてはいられない。ゴルフ界は常在戦場であることを、今、あらためて肝に銘じるべきときである。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年12月2日掲載

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