気品と妖艶で幅広いキャラクターを演じ分けた俳優「平幹二朗」を振り返る

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第2回は、平幹二朗(1933~2016)だ。

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「大丈夫! いっしょに仕事して平さんのこと嫌いになる人いないから」

 十数年前、初めて舞台の仕事でご本人にインタビューすることになった際、仲のいいスタッフがにこにこと私に言ってくれた言葉である。私としては、一番最初に記憶に残る時代劇が、幼稚園時代に観た「三匹の侍」(フジテレビ:1963~1969年)で、二十歳前に平幹二朗×太地喜和子主演、蜷川幸雄演出の「近松心中物語」を観劇して衝撃を受け、近松を研究テーマにしてしまったという事情がある。「自分の人生変えた」ともいえる人ゆえにインタビュー前、少し緊張していたのだ。しかし、お会いしてみて、「嫌いになる人がいない」というのはよくわかった。笑顔が優しく、質問にもきちんと答えてくれる。立ち振る舞い、言葉の選び方が実にチャーミングなのである。

 昭和8年(1933)、広島に生まれた平幹二朗は、俳優座養成所に入所。当初は演出家を目指していた。やがて舞台、テレビ、映画に出るようになり、フジテレビの五社英雄が企画、演出した時代劇「三匹の侍」で一躍お茶の間に知られるようになる。ご本人によると「一晩で有名人になった感じ」だった。

 個性的な3人の素浪人が旅をしながら、宿場の悪を退治する。流れはシンプルだが、「三匹」は革新的なテレビ時代劇だった。その第一は、「ドスッ」「ガキッ」など刀や人を斬る効果音をつけ、殺陣に迫力を出したこと。ニッポン放送出身の五社は音にこだわり、自ら野菜や肉を切っては録音し、事情を知らない人から不審がられたという。昭和38(1963)年にスタートした第1シリーズは、柴左近(丹波哲郎)、桔梗鋭之介(平幹二朗)、桜京十郎(長門勇)の3人。颯爽とした正義の味方の華麗なチャンバラ劇とは一味違って、農民と侍の対立に見せて、その裏に……弱者と強者が逆転するような一筋縄ではいかない社会性あるストーリーと、リアルでな殺陣で大きな反響を呼んだ。第2シリーズから降板した丹波に替わり、きまじめな橘一之進(加藤剛)が参加し、第6シリーズまで続いた。

 ロードムービーなのに、ほとんど新宿にあったフジテレビのスタジオで撮ってしまったことにも驚く。徹夜も多く、撮影は過酷。俳優陣も大変だったはずだが、インタビューで一番に平が思い出したのは「セットの美術がすごかった」「ライティングの陰影がシャープ。モノクロのよさがある」。元演出家志望らしい目線である。

 時代劇作品では、NHK大河ドラマも忘れてはいけない。

 初主演作は、昭和45(1970)年、山本周五郎原作の「樅の木は残った」。世に知られる「伊達騒動」の悪役として知られる原田甲斐(平)が、実は御家を守るために孤独な闘いを続けた忠臣と描かれる。可憐な娘(吉永小百合)と樅の木を眺める甲斐の折り目正しさも心に残る。だが、藩士暗殺、襲撃、飛び交う密書、間者の暗躍、幼君の毒殺未遂と争いが極まり、ついに起こった刃傷事件でまたも多くの血が流される。瀕死の状態で畳を這い、事件をすべて自分の仕業と宣言して決着をつけた平の演技は強烈な印象を残した。

 その3年後の昭和48(1973)年、司馬遼太郎原作の「国盗り物語」では、前半の主役・斎藤道三に。一介の浪人であった道三(平幹)は、油屋の未亡人(池内淳子)が自分を慕い、湯治場まで追いかけくると、わざと彼女を女狐扱いして突き放し、すっかり魅了してしまう。女心も敵をも操って、美濃国の大名となる道三の色気としたたかな強さはすごい。

 驚いたのは、平成4(1992)年の「信長 KING OF ZIPANGU」

 信長役の緒形直人はじめ、中山美穂、菊池桃子ら若手大集合のこのドラマで重鎮オーラ全開の平は、織田家の祈祷師である加納随天役。随天は、信長の側室お鍋の方(若村麻由美)を「死神」と疑い、侍女を誘惑してお鍋の方の毒殺を図るなど暗躍。やがて失明し、足を失っても信長の側に居続ける。本能寺が炎に包まれると、「天罰下れ~!」と呪いを口にする。すると本能寺の変に超常現象が!? 妖気漂う平幹二朗の怪演炸裂のシーンだった。

 舞台「王女メディア」などで演じた、異質で重厚なムードの役柄を愛した人でもあったが、私としては端正な二枚目の役も好きだ。

「幡随院長兵衛お待ちなせえ」(NETテレビ[現・テレビ朝日]:1974年)では、泰平の世に力を持て余し、弱い庶民に狼藉を繰り返す嫌われ者、“旗本奴”に敢然と立ち向かった実在の町奴(侠客)長兵衛に。武士を捨て筋を通す生き方をする長兵衛は、町衆や子分筋の夢の市郎兵衛(江守徹)、唐犬権兵衛(沖雅也)、留吉(小松政夫)らからも慕われ、“天下の御意見番”大久保彦左衛門(志村喬)も一目置く江戸一番の元締めになっていく。見せ場のひとつは、堅気になろうとした権兵衛が、勤め先の旗本岩倉鉄之助に虐められて傷だらけになりながら、自分を助けてくれた女中を助けたために殺されそうになったとき。そこに割って入った幡随院の「お待ちなせえ」のカッコいいこと! 長煙管で刀を打ち払い、きっちり筋を通す。歌舞伎や講談で「男の中の男」として語られる長兵衛を平は粋に演じてみせた。

 田中邦衛が無頼の十手持ちを演じた「岡っ引どぶ」(フジテレビ:1991年)の盲目の与力・町小路左門、藤田まことが知る人ぞ知る剣の達人・秋山小兵衛を演じた「剣客商売」(フジテレビ:1998年)の老中・田沼意次など、品のいい武士もよく似合った。「剣客」では、孫ほどの若い妻をめとった小兵衛をからかったり、初孫に大喜びしたりとお茶目な意次は、シリーズの人気キャラクターになった。。

 平成20(2008)年には、病気治療のため明治座「剣客商売」公演を降板した藤田の代役として秋山小兵衛を演じている。「藤田さんの悔しさがよくわかる」と、舞台ではいつもの意次のスマートさを封印し、老剣客の飄々としたユーモアと熟年の色気を漂わせた。

 気品と妖艶、時代劇でもこれほど幅広いキャラクターを演じ分けた俳優は、他にいない。2014年、80歳を超えて常世王役で出演した劇団☆新感線の「蒼の乱」の若手出演者から、「平さんが舞台全体に放つエネルギーは桁が違う」と聞いたこともある。平幹二朗が演じるだけで、何かが起きる。期待を裏切らない俳優であり続けた。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月24日掲載

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