香港「三権分立」なかったことにする習近平式「三権合作」

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 中国の「全国人民代表大会」(全人代)が「忠誠不足」などを理由に、香港の民主派立法会議員4人の資格剥奪を発表し、ほかの民主派議員15人も、抗議の意を示すために辞表を提出した。

 今年6月に国家安全維持法(国安法)が施行されて以来続く民主化運動や抗議行動に対する統制強化に加え、香港の表看板である「高度な自治」の象徴とも言える立法会への介入は、香港で尊重されてきた西側式の「三権分立」の理念を、中国・習近平式の「三権合作」へ書き換えるための動きに他ならない。

 辞表を提出した民主派議員全員の辞職が行われれば、香港の立法会はほとんど親中派で占められる形になる。

 来年9月には今年新型コロナを理由に延期されていた立法会選挙が行われる見通しだが、民主派が立候補できる可能性は低くなっている。今年7月の延期決定前も、民主派の立候補資格を香港政府の選挙担当事務官が認めない決定を下しており、「選別」によって立法会から民主派を排除する流れは止まりそうもない。 

 香港の立法会が中国の全人代のように、共産党の意向をそのまま裏書きするために存在する「ゴム印」会議化することを心配する声が高まっている。

同床異夢だった「三権分立」

 問題は立法会にとどまらない。国安法では中国が香港の上位にあることを強調する条文も多く、一部の国安法違反者の捜査は香港の執行機関の関与なく行うことも認めている。また、全人代が決定した今回の議員資格の停止は、香港の最高裁判所(終審法院)にも覆すことはできない。 

 これらの動きの目指すものは、「三権分立」を否定し、行政だけでなく、立法、司法の三権をすべて北京中央政府の思うようにコントロールする「三権合作」体制の構築であると見て間違いないだろう。

 そもそも三権分立に関して、中国と香港との間で「同床異夢」的な状況にあったことは確かだ。鄧小平は1987年、英米のような三権分立制度を香港に取り入れるのは不適当と発言している。以来、中国の当局者が三権分立を率先して語ったことはない。

 しかし香港においては、民主派議員だけではなく親中派議員や政府高官、裁判官などもたびたび、“香港の独自性は三権分立によって証明されている”といったことを述べており、その点に対して中国から強いクレームがついたこともなかった。

 それは、中国にとっても、香港に三権分立があると信じられていることが「一国二制度」に対する信頼の支えとなっており、必要以上にその定義について踏み込んで反論することを避けていたからだと思える。

 ただ、三権分立論の否定については、かねてから中国側にとって「検討事項」としてテーブルに置かれていたと見られる。

 2008年、国家副主席時代の習近平が共産党中央港澳工作協調小組組長として香港を訪問した際、“行政・立法・司法は「相互理解、相互支持」をしなければならない”として初めて「三権合作論」を提起した。

 当時は親中派ですら三権分立論を唱えていた時代だったので、ほとんど注目を集めることはなかった。

 しかし、2014年の「雨傘運動」を経ると次第に表舞台に浮上してくるようになり、2017年まで中国側の香港窓口「中央政府駐香港連絡弁公室」のトップだった張暁明主任(当時)は、

「三権分立は通常は主権国家で実施されているものだが、香港は主権国家ではないので、あくまでも参考価値しかない」

 と述べている。

 さらに2017年に全人代の張徳江常務委員長(当時)は、「香港の政治体制は三権分立ではなく、行政長官を核心とする行政主導である」

 と述べている。

行政長官による「行政主導」

 この「行政主導」は、香港においては行政長官が超越的な権力を有しているということを認めるに等しい。

 香港基本法によって、行政長官には香港を代表して中国との行政事務上の窓口を務める権限が与えられているが、行政長官が立法や司法にも権限を行使できるとは書かれていない。司法や立法は行政に対してバランスを取るべきものであるというのが、香港返還以来、香港において広く共有されてきた「常識」であった。

 一方、中国においては、三権分立は「西側の特殊な制度」として否定され、代わりに全人代が行政や司法を監督するという役割を持っている。

 ただ、そこに選ばれる代表は事実上、共産党のお眼鏡にかなった人々であり、それゆえに党の方針に沿った決定しか行われないため、賛成を示すための「ゴム印」会議と呼ばれてきた。

 三権合作とはつまるところ、党の指導に三権が服従する制度と言い換えることができる。

 この三権分立について、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官が最近語った論理はこういうものだった。

「香港は行政主導によって一国二制度を実施しており、その核心にあるのは行政長官であり、独特の政治体制上の地位を持つ。行政、立法、司法の三者はそれぞれの職務があり、相互に牽制し合っており、相互に協力することもできるが、香港に三権分立が存在するわけではない」

 過去に香港の通識教育(高校生が学ぶリベラルスタディーズと呼ばれるもので、香港や中国の社会システムを学ぶ場)の教科書でも、香港には三権分立があると書かれていたが、このほど、削除されることになった。

 現在の香港で、三権分立的だと目されてきたいろいろな要素がことごとく消されようとしているのは間違いない。

あまりにも一方的すぎる対応

 昨年10月、香港政府は緊急条例によって、デモ隊がマスクで顔を隠すことを禁じた「マスク禁止法」を決めた。これに対し、香港高等裁判所が香港基本法違反であるとして法の効力を停止させると、中国の全人代がこの高裁決定を「香港の法律が香港基本法に準拠しているかどうかは、全人代常務委員会のみが判断・決定できる」と批判する事態になった。

 こうした中国と香港司法の摩擦も、中国に三権分立論への警戒感を抱かせたのだろう。

 香港にこれまで三権分立が法律的、制度的に存在したかどうかは焦点ではない。実質的に三権分立を志向して制度設計が行われ、返還後も、「一国二制度」の「高度な自治」と不可分のものという前提で香港の政治や社会が運営されていた事実が重要なのである。

 それにもかかわらず、ここにきて三権分立が存在しないと中国や香港の当局者が主張していることは、あまりにも一方的すぎる対応であり、国安法によって一気呵成に「三権合作」を浸透させる狙いがあると考えるべきだ。

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

Foresight 2020年11月19日掲載

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