【特別対談】「潜入取材」だからこそ分かるリアルな現実(上)

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 昨年末より米国に「移住」し、全米各地の生の様子を『【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート』で連載しているジャーナリストの横田増生さんが、この度、「第19回 新潮ドキュメント賞」を受賞されました。

 受賞作は、2019年9月に刊行された『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)

 これを記念し、『小倉昌男 祈りと経営』(同)で「第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」(大宅壮一ノンフィクション賞からリニューアル)などの受賞歴もあるジャーナリストの森健さんと対談していただきました。横田さんは現在も米国在住で、対談はオンラインで行いました(なお、横田さんは「潜入取材」という手法から、写真などでの顔出しを控えています)。

トランプ信者の「闇」

森健:書き手にとって賞は通過点ですべてではありませんが、これまで横田さんが受賞していないのはなぜなんだろうと思っていたので、今回の受賞は本当によかったです。あらためて、おめでとうございます。

横田増生:ありがとうございます。

森:まず、連載中の米大統領選取材の話からお聞きします。これは本当に面白いです。

横田:重ねてありがとうございます。

森:読んでいると、「アメリカの闇」というか、トランプの支持者は本当に「信者」のようだということがわかる。

 最初のころはバラク・オバマ前大統領への反発から始まり、今度は(警官に殺された黒人の)ジョージ・フロイド事件が起きて、それを現在も引きずっているというあたりもすごい。

 つまりこの1月から、アメリカ社会のディテールをずっと見てきている。

横田:「トランプ信者の闇」という話からすると、彼らとは話ができない、あるいは話せてもずっと平行線になるんです。話が通じない人たち。彼らがよりどころとする『FOXニュース』などは見ていますから彼らの主張はわかるけれども、ドナルド・トランプが就任以来2万回の嘘に近いことを言っているということを根底にすると、トランプの発言なんて真に受けられませんね。

森:そうですね。

横田:だから最近は、「この数字はあやしいぞ」と最初に見た段階でわかるようになってきた。しゃべっているのを見て、「これはあやしい」「これは本当かどうかわからんぞ」と。実際、後で調べると、やはり違うということがいっぱい出てくる。

 2016年、トランプはいろいろな世論調査をはねのけて選挙に勝った。でもギリギリだったわけですね。戦後の大統領選挙の中では、まれに見る僅差でした。だからトランプが大勝利をしたわけじゃない。

 そのギリギリ勝ったトランプが今何をしているかというと、勝ったときの支持者だけを固めにかかっている。それ以上の他の層に広げない。ふつうはさらに支持を広げようとしますよね。だけど彼はやらない。

森:いろんな集会に横田さんが足を運び、質問の答えに疑問を持ったり、「うーん」と唸ったことを書いていますよね。確かに、トランプ支持者に問うても答えになっていないことが多い。

横田:突っ込むともう話にならない。議論の論点をずらしたりしますが、これはトランプ自身の手法です。だから、みんな「ミニ・トランプ」みたいな感じがしますよ。

森:なるほど、トランプ支持者は「ミニ・トランプ」。

横田:トランプをそのまま真似したような言い方ですね。

はびこる「制度的人種差別」

森:その背景には何があるのでしょうか。

横田:そこをつきとめるのが今回の大切な仕事ですが、背景の1つには、「制度的人種差別」というものがあると思う。それはジョージ・フロイドがミネソタ州ミネアポリスで亡くなった後に大きくなったけれども、制度的人種差別が現在あるのかないのか。あると考えている人はトランプを支持できない。

森:え、連邦法としてまだ差別が残っているものがあるんですか。
横田:法律としては、リンドン・ジョンソン大統領が1964年に公民権法を通して以来、基本的には一切ない。

 ただ、制度的人種差別とはどういうことかというと、たとえば警官によって亡くなる一般人の比率は、白人より黒人の方が3倍多かったりする、といったこと。ジョージ・フロイド事件ではたまたま動画があったからみんな追及したけれど、そうしたものがない事件なんていっぱいある。

 アメリカの黒人は子供たちに「警察に捕まったら手を上げて、手を見せなさい」と教えている、ということを「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)のビデオで知りましたし、『黒い司法 0%からの奇跡』(デスティン・ダニエル・クレットン監督、2019年公開)という映画を観ても、そういう場面が何回か出てくる。そうしないと、何かを持っていると疑われて撃たれる可能性があるから、ということです。

 これが一番大きな要素ですが、他にも所得や貯蓄の格差などでも数字が出ている。こうしたものを制度的人種差別、システミック・レイシズムと英語でいうけれども、トランプは、こうした差別はない、というわけです。

 たとえば8月23日にウィスコンシン州ケノーシャで発生した、警官がジェイコブ・ブレークを背後から撃った事件のときも、「システミック・レイシズムはない」とトランプはいうわけです。この差別を認めないということが、トランプ支持者の共通項の1つかもしれない。

森:今年の前半戦のルポを読んでいても、民主党の候補者指名争いで最初はバーニー・サンダース優位だったのが、結局ジョー・バイデンに流れていくあたりの話の中で、やはりオバマのことが言及されますよね。「オバマが大統領になるにはまだ早かった」みたいな話をする人もいました。

 つまるところ、前回と今回の大統領選の底流は、アメリカの中にある黒人差別問題ではないか、ということを思いました。

横田:オバマが黒人初の大統領になったのは歴史的なことではあったけれども、その裏では足を引っ張る共和党の人たちなどいっぱいいたし、それを喜んでいる支持者もいたわけです。オバマをサルにたとえてみたり。

 そういうこともあったからか、オバマは黒人問題にあまり足を踏み入れなかった。なぜかというと、自分が黒人大統領だから「黒人を贔屓している」と言われたくないわけです。でも大統領の任期が終わったら、黒人の味方になっています。

 バイデンは長男が亡くなったことで、2016年の大統領選挙は見送りました。

 なのにどうして2020年の選挙に出てきたのか。それは、2017年に白人至上主義者と普通の人たちとの衝突がバージニア州シャーロッツビルで起きたことが関係しています。アメリカでは知らない人はいないぐらい悪名高い事件です。

森:そうでしたね。

横田:騒動の最中、1人の女性が車に轢かれて亡くなった。そのときトランプは、KKK(クー・クラックス・クラン)も混在しているといわれる白人至上主義者たち、それに反発するデモ隊両方に対して「とてもいい人たちがいる」とコメントしたんです。英語でいうと、“You also had people that were very fine people,on both sides”だったかな。

 KKKも含まれる白人至上主義者グループにもいい人たちがいるなんて発言、今までの大統領ではありえないこと。こんなことをいう人間が大統領だなんてダメだろう、ということで、バイデンは立候補を決めたんですね。

 今回、ジョージ・フロイド事件やその前後にあった黒人の事件などがクローズアップされたとき、トランプはもう舵をとれない。どうしてかというと、2016年の大統領選では、黒人はトランプに投票していないから。トランプに投票した人の90%近くは白人です。これは統計数字として出ている。

森:そうでしょうね。

横田:90%近くが白人で、あと黒人、ヒスパニック、アジア系、その他が数%を占めている。

 だから、トランプにとって黒人は「お客さん」ではないわけです。

 誰がお客さんかというと、警察官。警察官はいっぱい投票してくれた。だから警察官が、足を9分近くも首元に落としてジョージ・フロイドを殺したとしても、警察を批判できない。こういうときに、トランプの脆さがあふれ出てくる。

 自分のベースを守ろうとするときにはお客さん相手だけでいいけれども、そうすることによって白人女性は逃げていく。それは取材して感じますね。白人の女性は、共和党支持だけれどもトランプにだけは投票しない、という人がいる。夫はトランプに投票するけれども私はトランプにだけは投票しないとか、共和党の下院議員や上院議員には投票するけど、とか。

森:セクシャルハラスメント問題もありましたし、そういう面では女性の方がトランプに対して厳しい人が多いんだろうと思いますよね。

横田:そうですね。2005年、テレビ番組『アクセス・ハリウッド』のインタビューでの“女性の性器をつかむ”発言の音声が、2016年になって流れましたけれども、そういう経緯から女性の方がもともと視線が厳しいところに、さらに人種差別の問題があるから、女性の方が余計敏感ですね。

トランプ「コロナ感染」が決定打になる?

森:ちょっと横田さんの古い著書(『アメリカ「対日感情」紀行』情報センター出版局、2003年)をもってきました。この作品はテーマが「アメリカ人の対日感情」なので、今の取材とは全然違います。ただ、全米のいろんなところに行き、いろんな市井の人の実感を聞くという1点では、今回のルポと通底していると思います。20年前と比べて、アメリカの人たちの変化について感じていることはありますか。

横田:ちょうど20年前も選挙だったんです。その時はアル・ゴアとジョージ・ブッシュ(子)が戦っているときで、それをずっと見ていて、いつか大統領選の取材をしたいと思っていました。

 前の本との比較では……聞いている相手が違うんでね。20年前は親日の人に話を聞いていますから、取材としての難易度はそれほど高くない。初めから日本が好きな人だから。

 今回のルポでは、特に黒人の人があまりジャーナリストを信用しておらず、けっこう根深い不信がある。トランプ信者にもジャーナリストへの不信はありますけどね。

 だいたい日本からフリーのジャーナリストが来ましたなんて、取材のハードルはだいぶ高いです。『ニューヨーク・タイムズ』とか『ワシントン・ポスト』から来たといえば口を開くけれども、お前誰だ、みたいな感じですよ。

 けれども実際に行って顔を見ると、しゃべってくれるんです。行くとだいぶハードルが下がります。

 2000年と比べて……僕が20年前よりも粘り腰になりましたかね。もう少し聞かせて、と。図太くなった感じがするかな。

 黒人の人は、白人の3倍くらいの比率で新型コロナにかかっています。だから黒人とか、ワシントン大行進とかを取材したときは、「離れて取材してね」と言われる。「6フィート(約1.8メートル)離れて取材してね」と。

 トランプは、マスクもしてないわけです。信者たちもマスクせずに握手とかする。でも黒人とかを取材するときは、みんなマスクしているし、こっちもマスクしていても、6フィート離れてね、と。

 だからそういう意味では、新型コロナというのは、人種差別と別の次元だけれども、大きな要素ですね。

森:3月末ごろ、横田さん自身にもひょっとしてコロナ感染か? みたいなことがありましたよね。

横田:最初は検査を受けずに2週間自己隔離して、その後検査を受けたら結局コロナじゃなかったんです。抗体もできていなかった。

 この新型コロナでなにがわかったのか。

 コロナ前は、「オルタナティブファクト」(もう1つの事実)、代替する事実があるというのが、トランプの言い方だったわけです。事実も見方によれば変わる、みたいな言い方でずっと逃げてきていましたが、結局コロナではそれが役に立たない。

 世界中で100万人死んでいる中の21万人(対談当時)がアメリカなわけです。人口は世界の5%なのに死者数が20%なんて、どう考えてもおかしいわけじゃないですか。

 トランプはずっと、「コロナは魔法のように消える」と何カ月も主張してきた。でもそれが嘘だということが伝わった。トランプのオルタナティブファクトが通用しなくなったというのが、コロナが暴いたものだと思いますね。いろんなことをいいつのっても、トランプはそのたびに馬脚を露し、結局自分自身もコロナに感染したわけじゃないですか。

森:感染したにしては元気でしたが、これも非常にあやしいという話も……。

横田:あれはフェイクニュースじゃないか、とマイケル・ムーアなども言っていますね。

 でもトランプ自身が一番罹りたくなかったと思いますよ。コロナに罹ったというニュースを必死で防ごうとした、という報道もあるくらい、一番罹りたくなかったと思います。

 日本で菅義偉首相がコロナに罹り、官邸がクラスターになって記者がよりつかないとかいう事態になったら、それはもう大問題ですよね。

 結局これが決定打になるような気がします。選挙戦を後で振り返ると、いくつかターニングポイントはあるけれども、その1つになるように思います。

積み木を積み上げてアメリカを見る

森:大統領選はまもなく終わりますけれども、今回レポートを続けている、その内的動機はどういうところにあるのですか。

横田:2016年、トランプが大統領になったことにびっくりしました。で、すぐに文春から出たトランプの本(『ワシントン・ポスト』取材班、マイケル・クラニッシュ、 マーク・フィッシャー『トランプ』文藝春秋、2016年)を読んだんです。

 すると、めちゃくちゃひどい、詐欺師みたいな男なわけですよ。日本人だから知らなかったけれども、アメリカ人なら誰しも知っていることが書いてある。それなのになぜこんな人が大統領になったのか、と思いながらその後の様子を見ていた。

 そしたらその後、ひどいことをずっと重ねていくわけじゃないですか。その中の1つが、自分の気に入らないニュースを「フェイクニュース」と呼ぶこと。事実の上に民主主義が成り立っているのに、その事実を崩壊させて彼は何を作ろうとしているのか。そしてなぜアメリカ人はこんな人を選ぶのか、という疑問が僕の中にあった。

 そして、今年の選挙。2度もこの人を選ぶのか、ということを検証したいわけです。4年間大統領をやらせたうえで、それでも選ぶのかどうかを見たかった。また、トランプを支持している人たちが誰なのかを見たかったし、反対している人たちは誰なのかを見たかった。

森:トランプという、飛びぬけて変わった人を見ると同時に、それを支持するアメリカ人の考えや文化、政治といったことを知ろうと。

横田:知りたかったですね。文化的なことなどにはけっこう微妙なところもあり、テレビをずっと見ていてわかることもある。

 先日、副大統領候補の討論会でカマラ・ハリスとマイク・ペンスがディベートしましたが、カマラ・ハリスが終始すごくにこやかなんですよ。

 民主党候補者指名争いの討論会では、彼女はすごく攻撃的で、バイデンにもガンガン突っ込んでいたんです。ところがペンスとの討論ではそれがなかった。

 なぜ突っ込まないのかなと考えて思いついたのが、「怒れる黒人女性」というのが1つのステレオタイプだ、ということでした。それも悪いステレオタイプとして存在する。彼女はそれを避けたかったんだな、と僕は思った。

森:なるほど。パブリックイメージを変える戦略だったんですね。

横田:だから終始にこやかで、突っ込めそうなところでもにこやかにしていたんだ、というのがあとでわかった。こういうことはいろんなところで取材して、また日々の報道をチェックして、それでようやくちょっとだけ見えてくる。

 バイデンにもトランプにも直接取材できないから、普通の人にできるだけ聞きたいのです。

森:僕は今回の大統領選レポートを読んでいて、横田さんがこれまでやってきた方法と似ていると思いました。たとえば、ユニクロでいえば労働者(『ユニクロ潜入一年』文春文庫、2020年)、アマゾンでいえば物流センターに行って労働者に聞き(『潜入ルポ amazon帝国』)、そこからトップの問題を明らかにする。今のレポートと、ある種、方法論は同じだなと思ったんです。

横田:構造的には同じですね。ボブ・ウッドワードみたいに、20回近くトランプを取材して本が書けました、となるとかっこいいけれども、そういう可能性はゼロ。だから、いろんな人に聞くしかないです。

 どんな人がトランプをサポートしているのか、どんな人がトランプ嫌いなのか、バイデンをサポートしているのかといったことは、1個1個積み木みたいに積み上げていくと、アメリカの政治、今回の大統領選挙が見えてくるかな、という感じがします。(つづく)

横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

森健
ジャーナリスト、専修大学文学部非常勤講師。1968年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。在学中からライター活動をはじめ、科学誌、経済誌、総合誌で専属記者を経て独立。2012年、『「つなみ」の子どもたち』(文藝春秋)と『つなみ 被災地の子ども80人の作文集』(企画、取材。文藝春秋)で第43回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2015年、『小倉昌男 祈りと経営』(小学館)で第22回小学館ノンフィクション大賞受賞。2017年、同書で第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞、ビジネス書大賞2017で審査員特別賞を受賞。著書に『人体改造の世紀』(講談社)、『天才とは何か』(数研出版)、『グーグル・アマゾン化する社会』(光文社)、『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』(河出文庫)ほか。

Foresight 2020年10月27日掲載

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