週末、映画館に行くなら『ストレイ・ドッグ』を観るべき(星5つ★★★★★)

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10月23日公開『ストレイ・ドッグ』★★★★★(星5つ)

「ホラー」「西部劇」「ミュージカル」「ポルノ」映画には色々なジャンルがあって、この『ストレイ・ドッグ』は「クライム・サスペンス」に分類されるのだと思う。

 そして「クライム・サスペンス」というジャンルでは、ある刑事が多くの場合、同僚とチームを組んで難事件解決に挑む。そこに観客が求めるスリリングな展開を、律儀なくらいきっちりと踏んでいく。新味を加えようなんていやらしさはまるでない。

 そんな、ほとんどクラシカルな「風格」さえ湛(たた)えているこの映画にふさわしい映画館は……いまはなき銀座シネパトスしかない!「シネパト・サラウンドシステム」として愛された、地下鉄日比谷線の音と振動の中で「ジャンル中のジャンル映画」を見る――それは★の数を超えた、特別な視聴覚体験になったはずだ。

 座席数1064席を誇った新宿ミラノ1も末期は、場内でドブネズミたちの大運動会が開かれていた。リアル4DXで見る『レミーのおいしいレストラン』(2007)はまったく楽しめなかったけれど、それもいまは、いい思い出だ。

 映画は映画館と共に、記憶されている。ジャンル映画の場合、なおさらそうだ。

『ストレイ・ドッグ』の主演はニコール・キッドマン。夢の工場・ハリウッドが紡ぎ出した、それも飛び切りの夢。元・夫はトム・クルーズ……これ以上説得的なセレブリティも、中々はいないだろう。

 そのニコールが、惨めな負け犬(ストレイ・ドッグ)みたいな姿を晒(さら)している。

 愛する夫を死に追いやったマザーファッカーに復讐するために、飯食ってクソして寝ている。犯罪の一次情報に接し現場に出入りする職権があるから、彼女は刑事を続けている。ニコールが演じているのはそんな、終わっている女だ。薄汚れた通俗的な「ジャンル映画」の世界を、このスター女優は生きている。

 たとえば泥と汗、埃に塗れながら真実を追求するその姿は、狂言誘拐から始まった殺人劇の行方を追うコーエン兄弟の『ファーゴ』(1996)の女刑事に重なる。あるいは同じくフランシス・マクドーマンドが演じた、突然姿を消した娘の行方を探し続ける『スリー・ビルボード』(2017)の彼女にも、また。

 銀行強盗グループを一網打尽にする任務を遂行するため若き日のニコールは恋人と一緒に、犯罪者たちと生活を共にしていた。だからこれは、たとえば『インファナル・アフェア』(2002)のような、潜入ものという「ジャンル」の物語でもある。ちなみにこの映画を見た時の新宿ミラノ1は満席で、だからネズミの存在も気にならなかった。

 さて、一攫千金を狙った彼女は刑事としての職分を踏み外し、大口の強盗の一端を担ってしまう。その過ちによってニコールは何より大切な存在を失う。

 法というルールを踏み越えてでも、私的な「正義」を貫く。そんな彼女の行動は、『ダーティハリー』(1971)のハリー・キャラハンのようだ。この型破りの刑事は44マグナムという巨大な、男根のような拳銃を勃(た)ちっぱなしにして、連続射殺魔・サソリを追い詰めてゆく。そしてラスト、標的を捉えた彼はロシアン・ルーレットみたいに残酷な処刑ゲームによって、法を超えた暴力をふるう。もはやそれは、ただの私刑(リンチ)だ。

 パートナーをプエルトリカン、女性、中国系アメリカ人と人種・性別を代えながら、キャラハン刑事の活躍は続く。そういえば『ダーティファイター』(1978、80)でのイーストウッドの相棒は、怪力のオランウータンだった……。

 それと『ダーティハリー』シリーズ(1971~88)は、『リーサル・ウェポン』(1987~92)『ビバリーヒルズ・コップ』(1984~94)など、続編を求める観客の声に応えるかたちで量産された「バディー・ムービー」でもある。そして回を重ねるごとジャンル的なるものに膠着されて、シネパトス化していく……。

 ちなみにクリント・イーストウッドは西部劇、戦争映画、山岳映画、恋愛……あらゆる「ジャンル」を跨いできた。最後の西部劇と銘打たれた『許されざる者』(1992)はジャンル映画に殉じた二人の師匠ドン(・シーゲル)とセルジオ(・レオーネ)へと捧げられている。

スター女優とジャンル映画

『ストレイ・ドッグ』の監督は、日系女性のカリン・クサマ。彼女は2005年、シャーリーズ・セロン主演『イーオン・フラックス』(2005)を撮っている。近未未来を舞台にした女性ヒーロー・アクションは、いまやハリウッド映画の一大「ジャンル」だ。『バイオハザード』(2002~16)のミラ・ジョヴォヴィッチ、『トゥームレイダー』(2001~03)『ウォンテッド』(2008)のアンジェリーナ・ジョリー、『ハンガー・ゲーム』(2012~15)のジェニファー・ローレンス、などなど。一線級の女優たちは迫りくる敵を、バリバリ殺しまくる。

 肉体的な劣等を反転させて女性の強さを前面に打ち出す事を、これらの映画はセールス・ポイントにしていた。しかしクサマは『ストレイ・ドッグ』で、妄執に囚われた等身大の女性を描いた。しかも実年齢相応というか、それ以上に生活の疲れをまとったニコール・キッドマンという、スター女優で。

 ヨルゴス・ランティモス監督『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)でニコールは、裕福な一家を守る主婦を演じていた。ところがある日を境にして家族に異変が起こる。目から血を流し、足が萎え歩行困難に陥る子どもたち……愛する家族のために原因を探っていくニコール。その過程で彼女は夫の同僚から、自慰行為のサポートを求められる。

 それとまったく同じ汚れ仕事を『ストレイ・ドッグ』の女刑事はする。元強盗団のメンバーから情報を聞き出そうと、いまは寝たきりの男を訪ねる。情報提供と引き換えに強要され、ニコールは彼のイチモツをしごいて見せるのだ。強盗団のリーダーがどこにいるのか知るために。「俺の顔を見ろ」「唾を垂らせ」と指示しながらやがて、果てる男。ただ生きているだけのその悲哀が射精直後の痙攣として、彼女に伝わってくる。

 元娼婦で連続殺人犯アイリーン・ウォーノスの実録映画『モンスター』(2003)はシャーリーズ・セロンという女優にとって間違いなく、ブレイクスルーとなった。その彼女が反政府組織の革命戦士を演じた『イーオン・フラックス』の監督が『ストレイ・ドッグ』でニコールを、汚して見せたのだ。ショービズの論理にとても忠実な、スター女優とジャンル映画の関係と言える。

 あーー、シネパトスの便所に漂っていたアンモニアのにおいを胸いっぱい、吸い込みたい!

椋圭介(むく・けいすけ)
映画評論家。「恋愛禁止」そんな厳格なルールだった大学の映研時代は、ただ映画を撮って見るだけ。いわゆる華やかな青春とは無縁の生活を過ごす。大学卒業後、またまた道を踏み外して映画専門学校に進学。その後いまに至るまで、映画界隈で迷走している。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月23日掲載

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