「豊饒の海」はすでに実効支配されている! 「尖閣」で中国と闘う漁師たちの証言

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「今のままだったら、中国に獲られるよ。そうしたら漁はもうできないよ。なんでここまでやられちゃったのか、という話!」

 長年の漁で焼けた精悍な顔が、一層、紅潮して見える。

「海保も守ってくれる必要なんてないんだよ。警備なんてやらなくていい。それよりワシらに自由に漁をさせてくれた方がいいさ。ワシが漁をして島を守るよ!」

 泡盛がもうだいぶ入っているからか、口調はやや乱暴になる。しかし、そこに彼ら海人(うみんちゅ)のやるせない思いが見える気がした……。

 中国公船(日本の海上保安庁に当たる「海警局」の船)が、尖閣諸島の周辺海域で動きを活発化させている。既にニュースで何度も取り上げられているから、ご存じの方も多いだろうが、この8月2日まで、日本の領海のすぐ外側にある「接続水域」(日本が法令違反の取り締まりや処罰ができる海域)で、過去最長の連続111日に亘って航行。領海への侵入も頻繁で、7月には連続39時間に亘って“滞在”した。

 日本政府が新型コロナウイルス感染防止対策に日々追われていて、西の果ての島々まで目を配る余裕がないのを見透かすように、である。

 冒頭の酔客は、日本の最も西に位置する島・与那国の漁師、比嘉のぼるさん(=仮名)である。比嘉さんは、漁船「瑞宝丸」の「漁撈」として、この5月に尖閣海域の漁に出た際、実際に中国公船に接近されている。

「あの時は、魚釣島から500メートルくらいの浅瀬でアカマチを釣ってたの」

 比嘉さんが振り返る。本州ではハマダイと呼ばれるアカマチは、沖縄の三大高級魚のひとつである。

「そうしたら、朝方、中国の船が警告もなくやってきて。ずっとそばでこっちを見ている。距離? そうだな、300メートルくらいだったかな……」

 結構開いているように聞こえるが、海上での300メートルといえば、陸上よりずっと近い。道路上でいう電柱約二つから三つ分(約100メートル)の距離感と考えていいだろう。

「それくらい近いから、公船のデッキから人が見えた。もちろん手なんて振ってこないさ。“釣りをするな”とか“領海から出ていけ”とか警告もない。ただずっと見ているだけ」

 この時の様子は、ニュースでも報じられている。

 産経新聞(5月25日付)などによれば、まず5月8日、瑞宝丸は中国公船に接近、追尾され、周辺で監視していた海上保安庁の船の指示に従い、一旦は領海を離れる。ここで日本政府は、中国当局に対して抗議を行っている。しかし、続く9日、再び瑞宝丸が領海を訪れると、また中国公船は接近、追尾。電光掲示板で「退去」の文字をかざしてくることもあった。この際は双方の距離がわずか30メートルほどまで近づく場面もあったという。

「中国の船は2隻。それに対して、海保の船は6隻。はじめは遠くで見守っているんだけど、向こうの船がこっちに近づいてくると慌てて間に割って入るわけ」

 中国船は2千トンクラス。しかも近年、大型化している。機関砲を搭載していると見られる船も。海警は、2年前には人民武装警察部隊の下に編入されている。一方の瑞宝丸は9・7トン。もちろん丸腰だ。恐怖は感じないのか。

「内心は恐いさ。何やってくるかわからないからよ。頭にくるさ。何より鬱陶しい。こっちは何も悪いことしてないのに、ただ魚を釣りに来てるだけなのに、邪魔されんといかんの? あれじゃとても漁にならんよ! 与那国から尖閣まで5時間はかかる。それだけ燃料代もかかる。それできちんと漁ができなかったら、もう赤字だよ……」

 漁は10日に終了。瑞宝丸は与那国へ帰るが、中国公船はなおもその後5時間程、45キロに亘って追尾してきた。

 その後も瑞宝丸は、7月、8月と尖閣周辺に漁に出たが、この時も中国公船につきまとわれていたという……。

キンメダイ、マーマチ…

 尖閣諸島が歴とした日本領土であることは論を俟たない。が、現状はどうだろうか。

 昨年、中国公船が接続水域を航行した日数は282日と過去最多。先に述べたように、今年は過去最長の連続日数を含め、それを上回るペースで航行が相次いでいる。また、実際に漁に出た漁師の体験談を聞いても、今やここはどこの領土かわからない。近年の南シナ海などにおける中国の海洋膨張政策を見ても、この傾向は強まっていくことだろう。

 かつてここを自由に航行し、海の恵みを享受してきた地元漁師たちは、現状をどう思っているのか。

「あの海は、ほんとに豊かな海なの」

 と言うのは、与那国島で漁業を営む、さる男性。

「アカマチにキンメダイ、マグロ。アオダイにマーマチ。沖縄にいる魚はなんでも釣れます」

 別の与那国漁師も言う。

「何といってもアカマチですよ。あとはアオダイにマーマチ。マーマチはお盆前とお正月前に高く売れる」

 今度は石垣島の漁師の弁。

「水深によるんですけど、250メートルぐらいからは底物のアカマチ、後はカンパチ類とか100メートルぐらいからはマーマチ、フエフキダイ。30分もあればマーマチでクーラーボックスがいっぱいになります。マーマチは黄金色に輝いている魚ですが、いくらでも釣れる」

 距離は遠いが、魅力的な漁場であることは間違いない。行けるものなら行きたい――それが大方の漁師の思いである。

 しかし、近年出漁している県内の漁船は少ない。沖縄県に尋ねると、

「各漁協に対し、尖閣周辺に漁に行く場合は、事前に県に連絡してください、とお願いしています。それによれば、2017年は0隻、18年は5隻で延べ48日、19年は2隻で延べ5日、今年は今までで7隻、延べ35日となっています。連絡をせず出漁している漁船については把握できていませんが」(水産課)

 といったレベルだそうだ。これに加え、熊本県や鹿児島県からも出漁する船はあるものの、こちらも近年は非常に少なく、1桁台という。

 それゆえ、近年では、「尖閣の魚は釣り針を知らない」(先の石垣島の漁師)と言われるほど、漁師の姿を目にしない海となっているのである。

 過去と比較するとわかりやすい。

 尖閣諸島文献資料編纂会の國吉まこも氏による論文「尖閣諸島における漁業の歴史と現状」(2011)によれば、1977年に出漁した漁船は164隻にのぼっている。それと比べれば、今は1桁か、多くて十数隻。実に10分の1に激減しているのである。

 なぜか。

 この論文によれば、まず領土問題の影響がある。70年代初頭に、中国・台湾が突如として尖閣諸島の領有権を主張。外交問題化したのが「壁」となった。それに加えて、〈漁船の小型化と少人数化により1人船長の船が増え日帰り操業が主体になっていること,燃料の高騰と漁価の低迷により(略)余程の大漁では無い限りコストに見合わないこと〉などを減少の理由として挙げている。

 そして、その傾向を決定づけたのが、10年前の“事件”である。

 2010年、ここで海保の船が中国漁船から体当たりを受け、船長を逮捕したものの、当時の民主党政権(菅直人総理)は中国への配慮から、処分保留で釈放した。また、12年には、当時の野田政権が、尖閣諸島を国有化している。これ以後、中国はこの海域で動きを活発化させ、公船の領海への侵入と、接続水域の航行を急増させ、今に至るのだ。

 以来、漁の状況は変わった。

「出航前、海保から立ち入り検査を受けます」(八重山地域の漁協関係者)

 出港、入港の予定日時、乗船者数、乗組員が保有している資格、操業予定などを質問、確認される。保守系の活動家などを乗せ、島に上陸したり、中国船を威嚇したりするなど、政治的なアピールをしないように、という策だろう。漁船はこれにかなり時間を割かれる。もちろん他の海での漁の時は、このようなことは求められない。

 現場の海域では海保の小型巡視船(180トンクラス)がピタッと後ろから追走する。漁船1隻に小型巡視船が数隻(中国公船が接近すると5隻以上)付いていくそうだ。そして、島の周囲1マイル(海里、1・85キロ)以内には近づくな、というルールも守らなければいけないという。

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