過去100年で最悪の経済危機がやってくる コロナパンデミックを乗り切る最善策は?

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 新型コロナウイルスの死者は9月28日、100万人を超えた。1月に中国・湖北省で初めて死者が確認されたが、3月に入ると世界全体で死者の数が急増し、5月から6月にかけて一時おさまったが、その後勢いを増し、直近3カ月で死者数は2倍となった。

 米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によれば、米国(20万人超)、ブラジル(14万人超)、インド(約10万人)の3カ国に死者の4割が集中している。

 世界保健機関(WHO)は、今後の見通しについて「仮にワクチンが開発されたとしても死者数は今後200万人に達する恐れがある」としている。「実際の死者数は2倍近い可能性があり、年末までに最大300万人に膨らむ恐れがある」と懸念する専門家もいる(9月29日付ブルームバーグ)。

 パンデミックによる死者数を過去の例と比較してみると、1918年から1920年にかけて流行したスペイン風邪が5000万人以上と飛び抜けて多い。第2次世界大戦後では1957年から1958年にかけて流行したアジア風邪が約110万人、1968年から1969年にかけて流行した香港風邪が約100万人である。

 新型コロナウイルスによる死者数は、アジア風邪や香港風邪を抜き、戦後最大になることが確実な情勢であるが、注目すべきは経済に対する悪影響の大きさである。

 経済協力開発機構(OECD)は9月16日、「今年の世界経済はマイナス4・5%になる」との見通しを示した。新型コロナのパンデミック前の今年1月の成長見通しが3%台だったことから、世界の経済成長に対する下押し圧力はマイナス7・5%となる。

 世界銀行などによれば、スペイン風邪の世界のGDPに対する下押し圧力はマイナス4・8%、アジア風邪はマイナス2%、香港風邪はマイナス0・7%である。

 このことから新型コロナのパンデミックは、過去100年で最大の経済的損失をもたらす感染症であることがわかる。

 死者数に比べて格段に大きな経済的損害が発生したのには、各国政府がロックダウンや移動制限などの強硬措置を講じたことに加え、人類史上最もグローバル化が進んだ経済のあり方も影響している。

 グローバル化という成長エンジンを失った経済を下支えするために、世界の中央銀行は、国債などの金融資産を積極的に購入することで、政府の財政出動の拡大に伴う金利上昇を抑え込むとともに、企業の資金繰りも支えている。これにより、日米欧の3中央銀行の資産額は8月までに618兆円増加した(リーマンショック後の4倍のペース)。

 だが米ニューヨーク連銀が9月29日、「経済が力強さを完全に回復するには3年程度かかる」との認識を示したように、世界経済の回復は遅々として進まない状況にある。中でも心配なのは失業問題である。

 日本でもコロナ禍による失業者数が6万人を超えているが、米国では2600万人以上の失業者が発生しており、トランプ大統領は第2次世界大戦以降で任期の4年間に雇用を減らした初の大統領として1期目を終えようとしている。

 21世紀に入りIT関連産業の生産性の上昇は著しかったが、生産性の上がった産業で失われた雇用はサービス産業などに吸収されたことから、失業率が上昇することはなかった。むしろ金融主導の好景気により人手不足となっていたが、新型コロナのパンデミックはこのサービス業に深刻な打撃を与えたのである。コロナ禍を乗り切るために民間企業はデジタル化に邁進しているが、総需要が低迷している中で生産性の上昇を目指すと失業者はさらに増えてしまう。経済の効率化は、全体の雇用が増加すれば良い結果をもたらすが、全体の雇用が減ってしまうと経済全体としてはマイナスである。生産性がゼロの失業者が増えれば、国全体の生産性は上昇しないし、GDPも増加しない。今後長期間経済が低迷する見通しの下では、民間主導の雇用増加策には限界があるのである。

 新型コロナのパンデミックは、世界の公衆衛生上の問題も浮き彫りにしている。

 米疾病対策センター(CDC)は9月2日、「新型コロナウイルスによる米国の死者のうち、このウイルスのみが原因の死者は全体の6%に過ぎず、残り94%は糖尿病や心疾患、肥満などの疾患を抱えていた」ことを発表した。約2750万人が医療保険に加入できないという実態が、世界最多の死者数を発生させてしまった大きな要因である。

 世界保健機関(WHO)は9月17日、「新型コロナウイルス感染者のうち、14%は保健従事者であり、一部の国では35%に達している」ことを明らかにした。国際看護協議会によれば、8月中旬までに全世界で看護師数千人が命を失い、医療従事者の4人に1人はうつ病に苦しめられ、3人に1人は不眠症を患っているという。

 自民党の二階幹事長は9月17日、講演の場で「公衆衛生強靱化のため国家資源を集中投入する必要がある」と強調した。「2040年の日本では5人に1人が医療や福祉の現場で働く必要がある」とする厚生労働省の試算があるように、今後日本では公衆衛生部門における労働需要は飛躍的に拡大する。

 日本の政府債務残高の対GDP比は2019年度に221%となり、敗戦直前の1944年の水準を超えているが、終戦直後のようなハイパーインフレになる恐れは少ない。当時のように供給力が毀損しているわけではなく、財政赤字の主な原因は社会保障支出の増加であり、高齢者の年金や医療介護という形で有効活用されているからである。

 財政赤字の問題を棚上げして、政府主導で公衆衛生部門に良質な雇用を生み出すことが、過去100年で最悪の経済危機を乗り切るための最善策ではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月7日掲載

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