「高齢ドライバー」の親に免許を返納させる具体策

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返納決定祝賀会

 ここで一度原点に立ち戻ってみよう。そもそも、高齢者が事故を起こした場合、何が起こるのか。

 交通事故関連の訴訟を数多く扱ってきた、新小岩法律事務所の古関俊祐弁護士によれば、

「被害者が重体や死亡に至るような重大事故の加害者になった場合、免許の停止や取り消しといった、道路交通法に基づく行政処分にとどまらず、自動車運転過失致死傷罪などで起訴され、刑事裁判になることも少なくありません。刑事裁判では、加害者である被告側の情状証人として子どもや親族が法廷に呼ばれ、頭を下げて謝罪し、証言を求められることもあります。民事裁判では、相手の怪我や後遺症の内容、程度により、4千万~5千万円から1億円もの巨額な賠償金の支払いが命じられることがある。特に、任意保険に入っていなければ、金銭的負担は膨大なものになりますし、加害者本人に支払い能力がなければ、本人の死後、相続人である家族に支払う責任が生じることになるのです」

 残り少ない人生が悲惨なものになるのは目に見えている。

 そのため、志堂寺教授は、晴れて説得が成功し、本人が返納を決断した後にも、油断は禁物と説く。心変わりを防ぐためにも、以下のようなアイデアを提案する。

「まずは『返納決定祝賀会』を家族一同で盛大に催す。次いで、返納を祝うプレゼントを買うため、返納月を満期とする『返納積立定期預金』を組み、家族や親族に毎月、少しずつお金を入れてもらう。そして、家族皆で安全運転の『ラスト・ドライブ』に出かけるのも良いでしょう。締めくくりは、長年、車で送迎してくれたり、ドライブに連れて行ってくれたりしたことへの感謝の証として、家族手作りの『運転卒業証書』の贈呈式を開くのが良い」

 ここまでしてもらったら、本人も後に引けなくなるのは間違いない。

「免許返納は、結局は本人のために本人が決断しなければならないことなのです。子どもたちの世代も、10~20年後には自分も同じ状況になると想像しながら説得する必要があります。その経験は、実際に自分が高齢になったときに生かされるのです。そうして返納の文化、慣習が次世代に引き継がれていけばと願っています」

 もちろん、ここに記したプロセスを辿ってみたとしても、果たしてどれだけの高齢ドライバーがトラブルなく免許を返納するだろうか。個人の権利の問題も絡む。しかし、被害者とその周囲のみならず、本人に非があるとはいえ、加害者やその家族にとっても、事故を起こした場合の損害は甚大である。冒頭で触れた飯塚被告が良い例だろう。

 還暦まで1年強ある前出・風見しんごさんは、将来、返納することを考えて「運転離れ」を実践している。

「僕自身、かつては毎日のようにハンドルを握っていましたが、少しずつ返納を考えるようになっています。10年ほど前から、運転しない生活に徐々に慣れようと、バスや電車を努めて使うようにしています。今では、運転の頻度は2週間に1度ほどにまで減っています」

 街を歩けば、これまで車上からは見えなかった「新しい発見」に出会えることも。親だけでなく、自らも車のない生活を常に意識すること。それは家族が平穏な老後を送る、ひとつのヒントになるだろう。

菊地正憲(きくちまさのり)
ジャーナリスト。1965年北海道生まれ。國學院大學文学部卒業。北海道新聞記者を経て、2003年にフリージャーナリストに。徹底した現場取材力で政治・経済から歴史、社会現象まで幅広いジャンルの記事を手がける。著書に『速記者たちの国会秘録』など。

週刊新潮 2020年10月1日号掲載

特集「晩年を地獄にしないため…『高齢ドライバー』の親に免許を返納させる具体策」より

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