“やさぐれ探偵”ドラマ「天使にリクエストを~」のポイントは3つ

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死んだように生きている男が…

 人の心に寄り添うことができる男で、倍賞はそこも見抜いているのだ。

 ずいぶんと主人公を追い込んだ設定ではあるが、死んだように生きている男が見ず知らずの人の死に携わることで、逆に「生きる」意味を見出していく。

 希死念慮の強い人に、望まざる死に直面した人の希望を実現させる。皮肉な劇薬だが、もしかしたら特効薬なのかもしれないと思った。

 もうひとつは、冒頭にも書いた個人の権利である。

 倍賞が目指すものの意義を考えさせられる。1話と2話で梶の願いをかなえた江口に、倍賞は1億円の入った通帳を渡す。

 病人の最後の願いをかなえる財団を作りたいというのだ。

「(治らないとわかった)病人は死んでいくとき最後の最後まで他人に迷惑をかけたくない、わがまま言いたくない、そうやって小さく小さくなって死んでいくしかないの。せめてわがまま聞いてあげたっていいじゃない?」

 責任の所在という壁を打ち破ってくれるのは、訪問看護師の存在だ。

 疼痛ケアや緩和ケアに精通した訪問看護師がいれば、適切な処置で痛みや苦しみを抑えることもできる。

 プロフェッショナルが患者の要望に応える、そんなシステムがあれば最高だが、そこには別の壁がある。1話で志尊が吐露した現実だ。

「訪問看護師も介護ヘルパーも、ほとんどが保険制度による点数から報酬をもらっているんです。働く人がいくら経験を積んでも、保険の点数評価は一向に変わりません。経験を積めば積むほど、割に合わなくなっていくんです」

 倫理観、法律、システム、規則、社会通念、世間体……さまざまなものが壁となり、個人の自由が、権利が、狭められていく世知辛さ。

 我慢と協調が大好きな日本では、特に難しい。それでも倍賞が目指す仕組みには賛同したいし、理想で終わらせてほしくはないと思った。

1年に1本の割合だが、ドラマ界に戻ってきた塩見三省

 最後の願いの先にある安楽死についても、真摯かつ軽妙に取り上げるドラマがいつかできるといいな。

 軽妙というのはふざけたり茶化すのではなく、茶の間のちゃぶ台にのせようぜ、っつうこと。

 特別なこととして触れない、のではなく、ごく普通にみんなが意見を語れるようになれば、法律や制度も変化していくのではないかと。

 ドラマにはその力がある、と信じている。

 死を扱う重いドラマではあるけれど、そこまで重苦しくない。

 探偵モノの軽やかさを備えつつ、人の優しさに触れる人情劇でもあり、小ぶりなどんでん返しで意表を突く面白さもある。

 依頼に関わる人物もいい役者がそろっていて、キャラクターが活きている。それが最後の3つめだ。

 1話と2話で登場したヤクザの組長役の六平直政は、顔面凶器の凄みを見せたものの、梶の息子であることを隠して、優しい大人の嘘をつく。

 後日、電話で江口に真相を伝えたとき、声を出さずに感謝の言葉をつぶやく姿には、ぐっときた。

「母ちゃん…」というセリフが聞こえてきた。いや、そんなセリフはなかったが、幻聴を催させるほど素晴らしい表情だった。

 次回の第3話、江口のもとに新たな依頼が。病院に運ばれてきたのは生活保護を受けている元ホームレスの男性。

 末期がん患者だが、戸籍も住民票もない、謎に満ちた初老の男を塩見三省が演じる。

 2014年に脳出血を患った後、つらいリハビリを重ねてきた塩見。

 1年に1本の割合だが、着実にドラマ界に戻ってきたことが心から嬉しい。この役でも、きっとぐっとさせてくれるだろう。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月3日掲載

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