アベノミクス継承「菅政権」は「留学生30万人計画」の悲劇防げるか(下) 「人手不足」と外国人(55)

国内 政治

  • ブックマーク

Advertisement

 9月16日に内閣総辞職した安倍晋三政権は、留学生の就職率を上げる方針も打ち出し、「留学生30万人計画」と並んで成長戦略に掲げた。その結果、日本で就職する留学生の数は、2018年には過去最高の2万5942人に達し、2012年の約2.4倍にも膨らんでいる。

 この政策を安倍政権は、「優秀な外国人材」の確保策だと位置づけて推進した。留学生は「優秀」との前提に立ってのことである。

 しかし留学生には、少なくとも学力や語学力の面で「優秀」とは呼べない偽装留学生が数多く含まれる。そんなことには全く触れず、留学生の就職を増やしていった。それもまた、低賃金の労働者を確保するためである。

 留学生は就職時、9割以上が「技術・人文知識・国際業務」という在留資格(通称:技人国ビザ)を取得する。この資格で在留する外国人の数は、2019年末には27万1999人を数え、やはり2012年の11万1994人から大幅に増えた。

 技人国ビザは、ホワイトカラーの仕事が対象だ。留学生の場合、専門学校や大学の専攻に近い職種での就職に限定して発給される。だが、ホワイトカラーの職種では人手不足は起きておらず、留学生の就職は増えない。そこでまたもやインチキが横行する。

 偽装留学生の多くは、日本の専門学校や大学を卒業していても、ホワイトカラーの仕事に就ける日本語能力が身についていない。自ら就職活動することすらできないのだ。そんな彼らの存在に着目し、就職斡旋業者が暗躍している。

 斡旋業者は技人国ビザの取得と引き換えに、留学生から数十万円の手数料を徴収する。求職者から手数料を取るのは違法だが、頼る留学生は少なくない。彼らは留学費用の返済と日本語学校や専門学校などへの学費の支払いで、日本に数年間いても出稼ぎの目的を果たせていない。そのため違法な手数料を取られても就職を望む。

 業者の典型的な手口はこうだ。

 留学生を人材派遣会社などの通訳として雇用すると見せかけ、技人国ビザを取得する。そして就職した後は、業者が提携する弁当工場などで単純労働に就かせる。入管当局に目をつけられれば、「工場で働く留学生アルバイトの通訳をやっている」と言い逃れができる。

 最近では、専門学校や大学を経ず、日本語学校から直接就職する留学生も少なくない。「母国の大卒」という学歴を使ってのことだが、やはり斡旋業者に手数料を支払い、偽装就職していくケースが目立つ。

 こうした偽装就職の斡旋ビジネスが、安倍政権下で大繁盛することになった。留学生の就職を強引に増やそうとした結果である。

 技人国ビザの在留期間は1年から5年まで幅があるが、ひとたび取得すれば、失業しない限り更新は難しくない。つまり、日本で「移民」となる資格を得たも同然だ。

「永住」の資格で在留する外国人の数は、安倍政権で約62万人から約79万人へと増えた。技人国ビザから永住へと資格を切り替える外国人も、今後は増えていくことだろう。

 安倍首相は、「移民政策は取らない」と強調していた。国民に「移民アレルギー」が強いと考え、選挙への悪影響を心配してのことである。確かに、安倍政権に「移民政策」などなかった。政策もなく、実質的な移民だけが増えたのである。そんな実態も同政権は「優秀な外国人材」という言葉でごまかし、国民に明らかにしようとはしなかった。

「人が余る時代」が到来

 元偽装留学生は、日本で移民となっても、キャリアアップは望めない。日本語能力が乏しいため、底辺労働に固定されてしまう可能性が高いのだ。低賃金の労働者を欲する企業にとっては好都合である。また、消費者の私たちにも、安価な労働力によって低価格の商品やサービスが提供され、恩恵は大きい。だが、それはあくまで「人手不足」という前提があってのことだ。

 人手不足が深刻な飲食業界の大手「吉野家ホールディングス」の河村泰貴社長は、今年5月22日に『日経ビジネスオンライン』に掲載されたインタビューでこう語っている。

「確かに今は未曾有の人手不足です。しかしあと数年で逆に人が余る時代になるとみています。コロナ・ショックでこの動きはむしろ加速するでしょうね」

 河村氏の言葉どおり、新型コロナウイルス感染症の影響は労働市場に及び始めている。

 たとえば今年7月の完全失業者数は、前年同月比41万人増の197万人に達し、6カ月連続で増加中だ。一方、有効求人倍率は、今年7月には1.08倍と、1.57倍だった昨年12月以降、一貫して低下が続く。失業者はあふれているのに、企業の求人がない。すなわち、「人が余る」状況が出現しつつあるのだ。

 留学生や実習生が働く現場の多くでは、まだまだ人手不足が著しい。ただし、飲食チェーンなどで働いていた留学生には、アルバイトを失うケースが増えている。近い将来、本格的に「人が余る時代」が到来すれば、日本人と外国人が職をめぐって競合することもあり得る。

 そのとき、企業側は日本人よりも外国人を好んで雇うかもしれない。外国人労働者たちは若い。そして日本人よりも概して従順で、低賃金の重労働を厭わないからだ。外国人労働者の受け入れが進んだ職種では、賃金の上昇が確実に抑えられていくだろう。

 コロナ禍の状況次第で、景気は今後さらに悪化するかもしれない。そのとき鬱積した日本人の不満や怒りが、外国人労働者や移民へと向かい、彼らの排斥へとつながる危険はないのかどうか。それはかつて欧州諸国で、十分な政策もなく移民が受け入れられた末、現実となったことなのだ。

 そうした負の側面を検証し、長期的な戦略まで立てたうえで、安倍政権が外国人労働者の受け入れを拡大した形跡はない。単に目先の人手不足に対応するため、同政権は実習生や留学生を底辺労働者として利用した。そして両者だけでは人手不足が補えず、経済界の求めに応じて「特定技能」という在留資格をつくったが、空振りに終わっているというのが実態なのである。

ロボットでも輸入するかのごとく

 安倍氏の後継として、9月16日に菅義偉氏が正式に首相に就任した。同日発足した「菅内閣」では、果たして外国人労働者の受け入れ政策に変化はあるのか。

 実は、安倍政権で外国人労働者の受け入れ拡大を主導し、メディアで最も積極的に発言を続けていたのが官房長官としての菅氏だった。菅氏は「特定技能」の創設が話題になっていた頃、『毎日新聞』のインタビュー(2018年10月25日朝刊)でこう述べている。

「人手不足のため廃業するところまで出ている。放置していると社会問題になる。そこで現在の制度は『そろそろ限界だ』と判断して、新たな在留資格を創設しようと作業しているところです」

 また、このインタビューの約2カ月前、やはり外国人労働者問題について『西日本新聞』(2018年8月23日電子版)の取材に応じた際には、こんな言葉を口にしている。

「外国人材の働きなくして日本経済は回らないところまで来ている。高齢者施設をつくった私の知人も、施設で働く介護人材が集まらないと言っていた」

 特定技能の創設は、菅「官房長官」の功績と言えるだろう。ただし、2つの発言を見ると、人手不足に直面する業界を救うため、外国人労働者の受け入れを拡大してきたことがわかる。

 菅新首相はもともと経済界寄りの政策で知られる。新型コロナで影響を受けた観光業界への支援事業「Go To トラベル」も、菅官房長官が主導したとされる。同事業については、コロナ感染拡大が続いていた7月下旬に開始することへの異論もあったが、官房長官の力もあってか予定通り実施された。

 菅新首相は、

「外国人材の働きなくして日本経済は回らない」

 と当たり前のように述べている。自らの知人が経営する介護施設のような職場であれば、外国人労働者なしでは「回らない」のかもしれない。だが、外国人の受け入れがもたらすリスク、そして何より人手不足の実態に関する分析を、どこまでしたうえでの発言なのか疑問だ。

 発言はコロナ禍以前のものであり、首相となった現在も同じ見解でいるのかどうかは知れない。だが、コロナ禍で「人手不足」にコペルニクス的転回が生じ、近い将来、「人余りの時代」が来ないとも限らない。そうなったとき、受け入れた外国人を母国へ追い返すつもりなのだろうか。

 筆者は何も、外国人労働者や移民の受け入れを頭ごなしに否定しているわけではない。

 実習生や留学生が就いているのは、日本人が嫌がって寄りつかない仕事ばかりだ。そんな仕事を経済界の都合で、まるでロボットでも輸入するかのごとく、気安く外国人に担わせようとする是非を問うている。

 貧しい国の出身者ならば、金さえ払えば日本人が嫌がる仕事もやってくれる、と菅首相は高を括っているのかもしれない。しかし、彼らも私たちと同じ人間だ。日本人がやりたがらない仕事は、できれば彼らもやりたくはない。

 さらに言えば、外国人たちが日本に「好きで」やってくると思っているなら大きな誤解だ。私が過去10年以上にわたって取材してきた外国人労働者たちは、大半が母国で家族と一緒に暮らすことを望んでいた。しかし母国にいては豊かな生活が望めず、「仕方なく」日本へ出稼ぎにやってくる。実習生や留学生、東南アジア出身の介護士たち、また南米から来た日系人たちにしろそうだ。

誤り認めて廃止せよ

 菅首相は、安倍政権が進めた留学生の就職率アップにも賛成のようだ。前述『西日本新聞』取材に以下、語っている。

「現在、卒業後に日本で就職できる留学生は全体の36%に過ぎない。失意の思いで帰国し、日本に不信感を持つ結果になるのは避けなければならない。(中略)日本企業への就職支援にも力を入れる」

「日本に不信感を持つ」留学生は、すでに大勢いる。しかし、それは何も就職の成否とは関係ない。借金漬けで来日し、日本語学校や人手不足の企業から様々なかたちで食い物にされるからなのだ。しかも彼らは「週28時間以内」を超える違法就労への後ろめたさから、いかなる人権侵害を受けても声すら上げられない。そんな醜い政策を推進してきたのが、菅首相がナンバー2を務めた安倍政権だったのだ。

 先の『西日本新聞』取材で「外国人を獲得するため、どのような環境整備をしていくか」とも問われ、菅首相は開口一番こう答えている。

「日本語学校の質を向上させ、日本語教育を充実させる」

 筆者も大賛成である。

 ただし、菅首相が日本語学校の質に問題があると考えているのなら、悪質な学校を淘汰する政策を早急に取ってもらいたい。日本語学校の数は安倍政権下で急増し、大学をも上回る800校近くまで膨らんでいる。その中には偽装留学生を受け入れ、教育そっちのけで営利追求に走っている学校があまりに多い。

 日本語教育の充実を図るなら、日本国内ではなく海外で推進すべきである。アジア新興国出身者が日本語学校に留学すれば、費用を借金して来日することになる。そして借金返済と学費の支払いで、彼らは「週28時間以内」の法定上限を超えて働くしかなくなるのだ。そんな出稼ぎ目的の偽装留学生たちを底辺労働者として散々利用し、移民にまでして日本に引き留めようとしたのが、安倍政権の「成長戦略」だった。

 安倍政権がそうしたように、菅政権が今後も移民政策もなく偽装留学生の移民化を進めていけば、日本人の雇用や賃金への影響も懸念される。

 また、「留学生30万人計画」は必ずや、アジア新興国との関係に悪影響をもたらす。

 菅首相はアベノミクスの継承を打ち出しているが、外国人労働者が必要ならば、自らが主導した特定技能の趣旨を守り、推進すればよい。「30万人計画」の誤りは認め、すぐに廃止すべきである。

 そして何より、きれいな言葉と詭弁で国民を欺かず、不都合な真実までも正直に語ってもらいたい。

出井康博
1965年、岡山県生れ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)を経てフリーに。著書に、本サイト連載を大幅加筆した『ルポ ニッポン絶望工場」(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)など。最新刊は『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

Foresight 2020年9月23日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。