アベノミクス継承「菅政権」は「留学生30万人計画」の悲劇防げるか(上) 「人手不足」と外国人(54)

国内 政治

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 憲政史上最長の7年8カ月に及んだ第2次安倍晋三政権が終わった。

 同政権の下、急速に進んだのが外国人労働者の受け入れだった。日本で働く外国人の数は2019年10月時点で約166万人に達し、政権発足時から約100万人も増加した。近年の人手不足が影響してのことである。

 増えた外国人は労働者だけではない。日本で「移民」となる資格を得る外国人も増えている。安倍政権は移民の受け入れに舵を切り、この国のかたちを変え始めた「開国政権」として、歴史に名を刻むことになるかもしれない。

 安倍政権の功罪については今後、様々な角度から検証がなされるだろう。本稿では、外国人労働者の受け入れという視点から、同政権が取った政策を検証してみたい。

特定技能を「人手不足対策」に位置づけ

 まず「功」としては、新在留資格「特定技能」の創設があると筆者は考える。創設は2018年12月、国会で「出入国管理法」(入管法)が改正されて決まった。

 外国人労働者の急増は、主に実習生と留学生が増えたことで起きた。両者は外国人労働者全体の4割以上にも上っている。

 ただし、留学生はもちろん、実習生にしろ、本来の意味での「労働者」ではない。いまだに政府は、実習生の受け入れを「技能移転」や「人材育成」といった国際貢献の一環だとして、人手不足の解消策とはみなしていない。そこで同政権は人手不足対策のため、新たに外国人労働者を受け入れようと「特定技能」を創設した。

 特定技能では、当初の5年間で最大34万5000人の外国人の受け入れが見込まれていた。対象となるのは、介護、建設、外食、農業など14業種である。就労期間は5年だが、本人が希望すれば延長でき、母国からの家族の呼び寄せなども認められる可能性が高い。

 資格の取得には、業種ごとに定める技能試験と日本語試験に合格する必要がある。試験は送り出し対象国に加え、日本国内でも実施されるが、日本で3年間働いた実習生に限っては、試験免除で資格が取得できる。

 実習制度と違い、特定技能を「人手不足対策」と正直に位置づけたこと、また日本人の労働市場への影響を考慮し、業種ごとに受け入れの上限を定めた点も評価できる。

 賃金は「日本人と同等以上」と定め、実習生の受け入れで問題となってきた「悪質ブローカーの排除」も掲げられた。実習生には、ブローカーに支払う手数料を借金して来日した揚げ句、日本では低賃金しか受け取れず、職場から失踪して不法就労に走る者が後を絶たない。その問題を解決しようとしたのである。

 だが、特定技能による受け入れは進んでいない。導入から丸1年が経過した今年3月末時点で、資格を得た外国人は3987人に留まっている。この数は、当初の見込みの10分の1にも満たない。

 安倍政権はもう1つ、2016年に「介護」という在留資格もつくった。介護はとりわけ人手不足が顕著な仕事で、実習や経済連携協定(EPA)など複数のルートでの外国人受け入れが試みられている。そこに、介護士養成校を卒業した留学生を主な対象として、新たな在留資格が創設された。だだし、この資格を取得した外国人も、昨年末時点でわずか592人しかいない。

実際には最低賃金

 なぜ、新在留資格による外国人労働者の受け入れは進まないのか。

 特定技能に関しては、実習制度の存在が影響している。特定技能の受け入れ対象となる業種では、実習生の受け入れが可能だ。そのため受け入れ先となる企業などが、すでに実績のある実習生を選んでしまう。

 実習生の数は昨年1年間で25%増え、41万人以上に膨らんでいる。安倍政権が誕生した2012年末と比べると、25万人もの増加である。特定技能を取得した外国人も、9割以上が実習生からの移行組だった。つまり、試験に合格して資格を得た外国人は、ごく少数に過ぎない。

 実習生であれば、「介護」の仕事に就く者以外は日本語レベルを問われず来日できる。それが特定技能の場合、日本語能力試験「N4」相当以上の語学力が求められる。N4は同試験で下から2つ目のレベルで、ごく簡単な会話が成り立つ程度だ。とはいえ、事前に数カ月程度、日本語を学ぶ必要が生じる。実習や留学経験者以外には、決して低いハードルではない。

 特定技能で得られる賃金が実習を大幅に上回るならば、日本語を学ぶ動機にもなるだろう。しかし、特定技能の賃金が実習生と大きく変わる保証はない。「日本人と同等以上」という条件にしろ、実習生に対しても同様に掲げられ、実際には最低賃金しか支払われていないのだ。そんなことも、特定技能の希望者が増えない要因となっている。

 外国人労働者たちの本音は、できるだけ金銭や時間的な負担なく日本へ行き、楽な仕事に就き、少しでも多く稼ぐことだ。短期間の出稼ぎでまとまった金を貯め、母国へ戻るのが彼らの目的であって、資格の種類などは日本側の都合でしかない。

 その点で、介護のような仕事は、重労働に見合う賃金が得られない。だから「介護」の在留資格を得れば期限なく働け、移民となれると言われたところで魅力は乏しい。わざわざ留学費用を負担し、長期間にわたって就きたい仕事とは考えないのだ。

「悪質ブローカー」排除できるか

 特定技能が掲げる「悪質ブローカーの排除」も、どこまで実現するか知れない。人材を送り出す国に特有の「事情」があるからだ。

 実習生の場合、母国の「送り出し機関」を通じて日本へと派遣される。日本側は「機関」と呼んでいるが、実態は人材派遣業者である。その送り出し機関に、実習希望者から多額の手数料を徴収する「悪質ブローカー」が多い。

 たとえば、実習生全体の半数以上を送り出すベトナムの場合、同国政府は送り出し機関に対し、手数料の上限を「3600ドル(約38万円)」と定めている。だが、実際には全く守られておらず、日本円で100万円以上を徴収するような機関もある。物価が日本の10分の1程度のベトナムでは大変な金額だ。そもそも日本への出稼ぎは、ベトナムでも貧しい人たちが希望する。そのため多くの実習生が手数料を借金に頼って来日する。

 日本であれば、法律違反があれば摘発することもできる。だが、賄賂と汚職が蔓延するベトナムのような新興国では簡単ではない。政府の担当者に金さえ払えば、摘発は免れる。そもそも政府関係者が送り出し機関の運営に関与し、「悪質ブローカー」の一部となっているケースも少なくない。

 ベトナムは特定技能の送り出しで最も期待されていた。しかし現地では、資格取得のための試験がいまだに実施されていない。ベトナム政府が、「悪質ブローカーの排除」を掲げる日本側の方針に難色を示しているからだ。

 どこまで日本が「排除」の原則を貫けるのか。人材欲しさから安易に妥協し、「悪質ブローカー」の取り締まりを送り出し国に任せてしまえば、実習制度の二の舞が起きる。特定技能の人材が支払う手数料も、実習生に近い金額となるだろう。結果、外国人が実習よりも特定技能を選ぶメリットも余計に失われてしまう。

実習制度に絡む「利権」

 実習制度に関しては、低賃金や悪質ブローカーの問題をはじめ、様々な欠陥が指摘され続けている。筆者が外国人労働者について取材を始めた2007年当時からそうだった。新聞やテレビも実習生が被る人権侵害の被害など頻繁に報じる。にもかかわらず、制度は根本から見直されず、逆に拡大していく一方だ。それは、なぜなのか。

 ブローカーの存在は、何も送り出し国だけに限ったことではない。実習生を受け入れる日本側にも、「監理団体」というブローカーが存在する。送り出し機関と同様、名前は公的なイメージだが、こちらも実態は斡旋業者に他ならない。監理団体には、ひとたび実習生を仲介すればほとんど仕事はないが、受け入れ先の企業や農家などから「監理費」として月3万〜5万円程度の手数料を徴収できる。ある意味、送り出し機関にも増して旨味の大きなビジネスと言える。

 その監理団体の運営に、政界を引退したり、選挙に落選した政治家が関与するケースが目立つのだ。また、運営に直接関わっていなくても、監理団体と密接な関係にある政治家は少なくない。自民党に限らず、一部の野党も含めてのことである。

 実習生の受け入れでは、在留資格の更新などで入管当局とのやりとりが生じる。そして入管は、行政機関の中でもとりわけ現場の裁量が大きい。そのため、たとえ引退していても「政治家」の肩書きが力を発揮する。

 もちろん、政治家が監理団体の運営に関わっても違法なことではない。だが、その利権が実習制度の温存に一役買っている可能性は高い。結果、特定技能による外国人の受け入れが進まない。

 安倍政権には、実習制度を廃止し、特定技能に一本化する道もあった。いっぺんに廃止は難しくても、段階的に特定技能へ統合することはできただろう。しかし、その選択はなされなかった。そこには大手メディアが全く報じない、実習制度に絡む「利権」の影響があるとしか思えない。

生まれ続けている悲劇

 一方、安倍政権が犯した最大の「罪」が、アベノミクス「成長戦略」に掲げた「留学生30万人計画」の推進だった。

 同計画は2008年、福田康夫政権が策定した。しかし、2011年に起きた東京電力福島第1原子力発電所事故に加え、中国の経済発展もあって、留学生全体の6割以上を占めた中国人留学生が減り始めた。すると安倍政権はベトナムなどアジア新興国に着目し、留学ビザの発給基準を大幅に緩和した。深刻化しつつあった人手不足に対応すべく、留学生を労働力として利用するためである。

 この政策によって、アジア新興国出身の留学生が日本へと押し寄せ始めた。2012年末には18万919人だった留学生の数は、昨年末までに約34万5791人と2倍近くになっている。

 こうして急増した留学生の大半は、出稼ぎ目的で、多額の借金を背負い来日する「偽装留学生」たちである。

 本連載で繰り返し指摘している通り、留学ビザは本来、日本でのアルバイトなしで留学生活を送れる外国人に限って発給される。だが、この原則を守っていれば留学生は増えず、「30万人計画」は達成できなかった。そのため政府は原則を無視して、経済力のない偽装留学生にもビザを与え続けた。彼らを労働力として活用し、さらには学費まで吸い上げるためである。

 偽装留学生は人手不足解消に大きく貢献した。とりわけ、コンビニやスーパーで売られる弁当や惣菜の製造工場、宅配便の仕分け、ホテルの掃除といった肉体労働の現場では、留学生頼みが著しい。留学生たちは借金の返済と学費の支払いのため、2つ以上のアルバイトをかけ持ち、留学生に認められる「週28時間以内」の法定上限を超えて働く。しかも低賃金で使えるとあって、雇う側の企業にとっては大助かりだ。

 偽装留学生の流入でバブルを謳歌する日本語学校業界、さらには日本人学生にそっぽを向かれ、経営難に陥っていた専門学校や大学も、安倍政権に感謝しているに違いない。

 しかしその陰では、「30万人計画」は多くの悲劇を生み続けた。

 本連載で2018年から取り上げているブータン人留学生問題(2018年8月27日『「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(1)』)は、その象徴と言える。ブータン政府が日本と組んで進めた留学プログラムによって、自殺に追い込まれた青年や、過労で倒れ、1年半以上も昏睡状態に陥った揚げ句、日本で亡くなった女性もいる(2020年4月23日『家族も看取れずブータン女性「脳死」を招いた「留学生30万人計画」の罪科』)。

 また最近でも、栃木県宇都宮市の日本語学校で発覚した系列の専門学校への強制進学問題を報じたばかりだ(2020年5月19日『「コロナ禍」の陰で「日本語学校」悪質極まる「人権侵害」の闇を追う(上)』)。(下につづく)

出井康博
1965年、岡山県生れ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)を経てフリーに。著書に、本サイト連載を大幅加筆した『ルポ ニッポン絶望工場」(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)など。最新刊は『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

Foresight 2020年9月23日掲載

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