71歳で亡くなった「岸部四郎さん」 週刊新潮に語っていた自己破産直後の生活

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大腿骨骨折

 東京地裁が岸部さんの破産を宣告したのは、99年3月だった。収入や支出の報告書を毎月管財人に提出することを義務づけられ、月収が夫婦二人の生活に必要な額(25万円程度)を超えると、没収された。

 もっとも、さらに不幸が待ち構えていた。2003年に脳内出血で倒れ、後遺症で右目が視野狭窄となり、歩行が困難になった。07年には、再婚した妻が心臓発作で急死してしまう。

 週刊新潮(2013年1月24日号)のワイド特集『「岸部一徳」が全て話した「ザ・タイガース」再結成の舞台裏と「岸部四郎」』で、兄の一徳が岸部さんの当時の様子について語っている。一部を紹介すると、

《「昨年(2012年)2月に千葉の姉の家にいて、夜中にトイレに行ったときに転んで大腿骨を骨折。手術してしばらく入院し、リハビリセンターを経て、今は千葉県の、病院と提携しているリハビリができる施設にいます」》

 破産、脳内出血、そして大腿骨骨折……。まさに満身創痍だった。一徳は、こうも語っている。

《「痩せちゃいましたね。骨折後、寝たきりの時期もあったので、筋力もかなり落ちて……。食欲はあるんですが、朝6時や7時に起きて20時には寝る環境で、本人は“健康的な生活すぎる”と言っているみたいですよ。太りたいけど太れないところがあるのかもしれません。姉が身の回りの世話をしに行って、だんだん喋れるようになってきましたし、歩くのも前よりはよくなったのかな」》

 2013年、42年ぶりに「ザ・タイガース」が再結成。その年の12月27日の東京ドームでのツアー最終公演に岸部四郎さんが車椅子で登場。ビートルズの『イエスタデイ』を歌った。これが最後の公の場となった。

週刊新潮WEB取材班

2020年9月16日掲載

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