澤村拓一のロッテ移籍で思い出した“4年前のトレード”【柴田勲のセブンアイズ】

スポーツ 野球 2020年9月10日掲載

  • ブックマーク

 巨人・菅野智之と中日・大野雄大のエース対決(8日・ナゴヤドーム)は実に見応えがあった。菅野には38年春のスタルヒン以来、球団82年ぶりの開幕10連勝がかかっていたし、大野雄は5戦連続完投勝利、しかも2戦連続完封中だった。セ・リーグNo.1投手を決める投げ合いは結果として菅野に軍配が上がった。巨人打線が数少ないチャンスをものにして菅野を援護したが、中日打線は序盤のチャンスをものにできなかった。甘い球があったものの、打ち損じていた。援護に恵まれなかった。私、出来とすれば大野雄の方が上だったと思うが、先制点を許したのが敗因となった。

 原辰徳監督は1点リードの8回に先頭・吉川尚輝が二塁打で出塁すると菅野の代打に吉川大幾を送った。しっかり送って1死三塁、坂本勇人は申告敬遠で、続く亀井善行の犠飛で貴重な1点を奪った。菅野の球数は101でまだ余裕があったが、ダメを押す勝機と判断したのだろう。それにこの回で菅野が降りてしまえば負けはつかない。大記録に挑戦中である。原監督なりの恩情もあったのではないか。

 8回を中川皓太、9回をルビー・デラロサが締めて、貯金を今季最多の「19」とし2位・DeNAとのゲーム差は今季最大の8・5となった。独走態勢を加速させた。(8日現在)

「ロッテ・澤村拓一」が新天地デビューを3者連続三振で飾った。7日にロッテ・香月一也内野手との交換トレードが発表されると翌8日にはZOZOマリンの日本ハム戦のマウンドに上がった。

 6回、渡邉諒、大田泰示、クリスチャン・ビヤヌエバをすべて空振りで仕留めた。150キロ前後のストレートでカウントを整えて得意のフォークを落とした。

 やればできる。素直な感想である。今回のトレード、巨人はパンチ力のある左打者を求め、ロッテはリリーフ陣の層を厚くしたい。両者の思惑が一致した結果だというが、一報を聞いた時、私はロッテにとってよりプラスになると思った。

 澤村、ロッテで大化けする可能性を秘めている。2011年に新人王、13年にはWBC日本代表、16年には最多セーブのタイトルを獲得している。実績は十分だ。

 だけど、ここ数年は制球難の課題に苦しみ不安定な投球を重ねてきた。とにかくストライクが入らない。ストレートは速いし球威もある。球界でもトップクラスだろう。フォークなど変化球だっていいものを持っている。

 これまで再三に亘って、巨人首脳陣から、「少しは考えろ」、「頭を使え」と言われてきたはずだ。あれだけのスピードと球威があれば、細かいコントロールを気にせず、ストライクゾーンに投げ込めばいい。自分にとって何が必要かを求められていた。

 今季は13試合に登板したが7月下旬に2軍降格、さらには3軍へ降格した。1日には2軍に再昇格したが、1軍の中継ぎ陣は大竹寛、鍵谷陽平、高梨雄平、大江竜聖、中川、そしてデラロサと充実しておりよほどのことがない限り出番はない。推察するに、今回のトレードはロッテから持ち掛けたのだろう。現在、15年ぶりのリーグ優勝に向けてソフトバンクと競っている。ロッテの中継ぎ陣は唐川侑己、益田直也、フランク・ハーマンらだが澤村の加入で層がグッと厚くなる。肩やひじに問題はない。

 巨人にしても環境を変えてやることが澤村本人のためになると判断したのだろう。巨人だとどうしても各方面から注目が集まる。伸び伸びやれば長所も発揮できる。もともと力はある。

 私、今回のトレードを聞いて、16年に日本ハムに移籍した大田泰示を思い出した。巨人では伸び悩んでいたが、移籍後は順調に成績を上げている。いまや、欠かせない戦力である。ロッテの井口資仁監督は澤村の起用法に関して、今後中継ぎだけではなく、いろいろと考えるだろう。パ・リーグ向きと判断しているようだ。

 巨人の香月獲得は左打者強化だが、亀井、吉川尚、松原聖弥、重信慎之介、若林晃弘(両打ち)、田中俊太らがいる。香月の加入で競争を狙っているのだろう。

 それにしても「格差トレード」とはよく言ったものだ。澤村と香月の今季推定年俸はそれぞれ1億5400万円と650万円だ。香月は現在24歳、高校卒業後ロッテ入団6年目だが、1軍出場は47試合だ。もしかしたら巨人が澤村の年俸の半分を引き受けたのかもしれないなどと考えたが、そのへんの裏事情はわからない。それだけ衝撃だった。

 以前の巨人なら、「他球団で活躍されたら困る」と、悪い言葉で言うと飼い殺しなんてこともあったが、最近はそんなメンツにこだわっていない。今回の一件でもそれがよくわかる。

 澤村は32歳、まだまだ老け込む年齢ではない。どんどん進化してもらいたい。11月の日本シリーズで巨人と対戦する可能性だってある。新天地で頑張ってほしい。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

週刊新潮WEB取材班編集