コロナを契機に自宅で看取りたいという人が急増中 多すぎる問題点をどうする?

国内 社会 2020年9月9日掲載

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「コロナを契機に自宅で看取りたいという明確な意志を持った人は確実に増えている」

 このように指摘するのは、日本在宅医療連合学会の石垣泰則代表理事副会長である(8月14日付日本経済新聞)。新型コロナウイルスの感染防止のため病院で看取ることができなくなっていることが関係しているが、それだけが要因ではない。

 新型コロナの感染拡大以前の厚生労働省のアンケート調査によれば、自宅で最期を迎えたいと望む割合は7割に上っていたが、これが実現できたのは1割にとどまっていた。コロナが契機となって、肉親の死と向き合ってしっかり見送ることの重要性が再認識され、我が家で看取ることへのニーズが高まっているという側面もある。

 だが、日本では病院死が一般的になり、在宅での看取りを不安視する家庭も少なくない。

 このような現状の中で在宅での看取りをサポートしているのが、一般社団法人日本看取り士会である。日本看取り士会から派遣される看取り士は、在宅医などに連絡して看取りの態勢を構築するとともに、「幸せな最期」を迎えるための作法を伝授している。

 6月中旬、千葉県に住む男性(54歳)は、看取り士に見守られながら、91歳の母親の希望通りの自宅での看取りができたことに安堵したという(8月14日付日本経済新聞)。

 日本看取り士会は2012年に発足し、看取りを専門とする「看取り士」を独自に養成している。2020年8月現在、看取り士の資格取得者は1200人を超え、全国14カ所に派遣ステーションが配置されている。柴田会長は「コロナの感染拡大後、自宅で看取りたいという人は昨年の4倍のペースで増えている」と語る。

 コロナ禍で「ソーシャルディスタンス(社会距離)」を保つことが常識と化しつつあるが、この概念の生みの親である米国の文化人類学者エドワード・ホールは、社会における対人距離を「社会距離」「個体距離」「密接距離」などに分類した。

1.「社会距離」:互いの表情は認識できるが、相手に手が届かない距離(1.2mから3.5mの間隔)

2.「個体距離」:互いに手が届き、相手の匂いや体温、細かい表情や皮膚の皺まで判別できる距離(45cmから1.2mの間隔)

3.「密接距離」:人と人が抱き合う距離

 ウィズコロナにおいては、対人距離が「個体距離」から「社会距離」へと大きく移行しつつあるが、対人距離の近さがもたらす心地よさが失われてしまったとの指摘も出ている。

 介護現場でも家族や介護士らとの接触を減らし「社会距離」を保つ観点から、見守りロボットなどの導入が始まっている(8月13日付日本経済新聞)が、看取り士は「個体距離」や「密接距離」にとどまり、感染防止に万全を期しながら、在宅での「幸せな最期」を懸命にサポートし続けているのである。

 新型コロナウイルスの感染が拡大するにつれて、グーグルの検索語ランキングで「prayer(祈り)」という言葉が急上昇していることが示すとおり、危機の時代には「手当てを行う人」の必要性が高まっているが、日本では「手当てをする」人の存在が少ないように思えてならない。

 在宅での看取りには、看取り士に加えて、訪問介護員(ホームヘルパー)の存在も欠かせないが、深刻な人手不足となっている。

 厚生労働省によれば、2018年度の全業種の有効求人倍率の平均が1.5倍であるのに対し、介護職は4倍だった。中でもホームヘルパーの有効求人倍率は13倍と飛び抜けて高かったが、今年8月に15倍を超えたことが明らかになっている。

 介護施設での新型コロナウイルスのクラスター感染が相次ぎ、4月中旬までに全国で少なくとも249もの介護サービス事業所が自主休業を余儀なくされてしまった(4月15日NHK報道)ことから、訪問介護に対する需要が急増している。

 これに対し、ホームヘルパーの平均年齢は50歳を超え、従事している人の約7割は非正規となんとも心細い。介護業界の給料の低さは有名だが、ホームヘルパーの待遇は悪化の一途を辿っている。

 日本の要介護認定者は、制度発足の2000年の2.5倍以上の658万人となった(2018年度末時点)が、団塊世代のすべてが後期高齢者入りする2025年にはその数が飛躍的に増大することが見込まれている。このため、政府は2025年までに地域包括ケアシステム(介護が必要になっても住み慣れた住宅で生活することをサポートする仕組み)を全国的に導入することを目指しているが、その担い手であるホームヘルパーが圧倒的に足りない状態となっているのである。

 福祉先進国であるスウェーデンでは、在宅介護が圧倒的に多く、介護に関わる人材は安定した公務員として経済的にも恵まれていることから、重要な雇用機会となっている。つまり介護の負担を担っているのは家族ではなく、国やコミューンと呼ばれる自治体だが、その根底には「国は一つの大きな家族である」という国民的なコンセンサスがあるのだ。

 「アフターコロナ」を巡る議論が出ている。大きな世の中の流れは変わらないかもしれないが、コロナ以前から存在していた変化の兆しが加速するのだとすれば、在宅での看取りに対するニーズは一層高まることだろう。

 昨年の日本の死者数(約138万人)は出生数(約86万人)の1.5倍以上となった。超高齢社会から多死社会に移行しつつある日本で何より大切なのは「誰もが安心して死んでいける」環境の整備であり、ホームヘルパーの待遇改善は喫緊の課題ではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集