「周防正行」監督が明かす創作論 「いい監督ほど妥協する」

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取材に3年かけた「それでもボクはやってない」

周防 だから最初の驚きを忘れず、なんで証拠が見られないような仕組みになっているのかを追究していきました。ふと気づくと、こういう物語かなという手応えができていた。

 もちろん、「それでもボクはやってない」で刑事裁判のすべてを描けるわけじゃないから、ここでこぼれちゃったものは忘れずにとっておいて、次にどんな形で展開できるかという課題にする。そういうふうにしていかないと、いつまでたっても取材が終わらない。

二宮 そうですよね。取材にはどのくらい時間をかけるんですか。

周防 「それでもボクはやってない」は3年かかってますね。法律の世界は知らなければいけない基本事項が多かった。「シコふんじゃった。」とか「Shall we ダンス?」は1年くらいでした。

二宮 1年で!

周防 「Shall we ダンス?」はストーリーができるのも早かったんですよ。ダンスホールを見学した後は、ダンス教室の先生や生徒の話を聞いて、素人が社交ダンスを始めるとこんな形で進んでいくのかと疑似体験していったんです。そうやって取材を進めている最中から、すでにストーリーラインはできていて、最初に企画書で出したシノプシスを読むと、できあがった映画とほぼ同じ。稀有な例でしたね。

二宮 そうだったんですか! 

周防 相手が社交ダンスって聞いた瞬間に思い浮かべるイメージって、その人の人生のなかから想像できるものでしかないじゃないですか。それを覆したら拍手喝采になるはず、と。

まわしを洗うか洗わないか問題

二宮 たしかに。取材はどれくらいの頻度で行うんですか。毎日誰かに話を聞くとか?

周防 「シコふんじゃった。」や「Shall we ダンス?」は週に1回くらいだったと思います。「それでもボクはやってない」は毎日法廷に行ったり、ずっと本を読み続けたりの3年間だったので、密度はすごく濃かったです。大学の法学部に入り直したほうがいいんじゃない?と言われたくらい。

 そのうえで最終的にシナリオを弁護士に徹底的に読んでもらったんです。「実際はこうじゃないけど、映画としてはこうしないとつまらないからしょうがないだろうな」というような配慮はせずに、あり得ないことは絶対に言ってください、とお願いして。

二宮 はい。

周防 法律の世界をリアルに描きたかったので、より慎重に正確を期しました。

 たとえば、「シコふんじゃった。」でまわしは洗わないって描いたんですけど、あれはプロの相撲取りの世界の話で、学生相撲では洗わないこともない。どこの相撲部に行っても洗って干してあります。

二宮 ぼくも大学相撲部に取材に行ったことがありますが、干してありました! でも、あまり洗ってなさそうでした(笑)

周防 あの映画は、本質的なところでは嘘をつくことはなかったけど、面白さを優先したかった。ただ、何度も言いますけど、作品によります。描く世界によって違う。

二宮 どういう題材か、何を重視するかによるってことですね。

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