乱発される「ネクスト・タイガー」に感じる「違和感」 風の向こう側(77)

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 このところ、「タイガー・ウッズ(44)」の名前を頻繁に耳にしている。

 8月6日から9日に米サンフランシスコ郊外の「TPCハーディング・パーク」で開催された今季メジャー初戦「全米プロ」に出場し、37位タイと振るわなかったウッズは、翌週は試合には出ず、そして今週は米ツアーのプレーオフシリーズ第1戦「ザ・ノーザントラスト」に挑む。

 だが、そんなウッズ自身の「本業」とはちょっと異なるところで、「タイガー・ウッズ」の名前が何度も聞こえてきた。

まだ1勝目の19歳新人に

 その1つ。先週の日本の女子ツアー(JLPGA)の大会「NEC軽井沢72」で19歳の笹生優花が快勝。日本メディアはすぐさま「まるでタイガー・ウッズ」「タイガー・ウッズ的」と大々的に報じた。

 笹生は日本とフィリピンのデュアル(二重国籍)で、双方の国を往復しながら成長し、日本語、英語はもちろんのこと、タガログ語などを含めると5カ国語を操るという。そんなふうにグローバル性が感じられるところが「タイガー的」と言われている。

 8歳からゴルフを始め、ジュニア時代から国際大会で活躍。2018年にはアジア大会でゴールドメダル獲得、2019年には「オーガスタ女子アマチュア」で3位タイに食い込み、同年、JLPGAのプロテストに合格。そして今年、デビューわずか2戦目にして、1打差で臨んだ最終日に63で猛追をかけ、2位に4打差で圧勝。初優勝を挙げた。

 赤いシャツと黒いパンツ。他選手を圧倒する飛距離とダイナミックなゴルフ。そんな諸々が「タイガーっぽい」と報じられている。

 期待の新人の見事な勝ちっぷりは、日本のゴルフ界にとって、とてもうれしい出来事だ。黄金世代、プラチナ世代に続く新たなスターの誕生は、コロナ禍の不安を吹き飛ばしてくれそうな朗報だ。

 しかし、プロ1勝目を挙げたばかりの新人選手をいきなりウッズになぞらえるのは、「さすがにやりすぎでは? ウッズに失礼?」と私は首を傾げてしまった。

 笹生と同組で回り、2位タイになった藤田さいき(34)は、笹生のプレーを間近に見た感想を、

「タイガー・ウッズと回ってるんじゃないかっていうぐらい……」

 と語っていたが、それはウッズと実際に回ったことがあるはずもない藤田が、笹生に対する新鮮な驚きや感動、さらには敬意を表現しようとして、思わず口にしたフレーズにすぎない。

 コロナ禍のスポーツ界、ゴルフ界を盛り上げるべく、日本のみならず世界中のメディアがあの手この手で奮闘しているのだが、何事も「過度」は往々にしてマイナス効果をもたらす。

 そして、これと似た傾向は、実を言えば、米ゴルフ界でも少なからず見られる。

ウッズにはまったく及ばず

 ウッズがプロゴルフ界にデビューしたのは1996年の秋のこと。以来、米メディアは有望な新人や若者が登場するたびに、「これぞネクスト・タイガーの誕生だ」と持て囃すようになった。

 スペインのセルジオ・ガルシア(40)が1999年に19歳にして米ツアーにデビューし、早々に「全米プロ」でウッズと優勝争いを演じた際は、ガルシアは敗北したにもかかわらず「ネクスト・タイガー」と呼ばれ、ビッグスター化した。が、以後のガルシアはなかなかメジャーを制覇できず、悪態をついてゴルフ界の悪童と化していった。

 オーストラリアのアダム・スコット(40)が米ツアーにデビューしたとき、チャールズ・ハウエル(41)がアマチュア時代の数々のタイトルを引っ提げて米ツアーに挑み始めたとき、どちらも「ネクスト・タイガーの誕生」と書き立てられた。

 しかし、そうやって、かつて「ネクスト・タイガー」と持て囃された選手が、その後に本当にウッズのような存在になった例は、いまなお1つもない。

 スコットとガルシアは、その後、「マスターズ」を制してメジャーチャンプになったが、メジャー勝利数、通算勝利数はもちろんのこと、人気や影響力といった存在感も含めて、ウッズにはまったく及ばない。

 比較的近年では、ローリー・マキロイ(31)が19歳で米ツアーにデビューした際に「ネクスト・タイガー」と呼ばれた。その後、マキロイはメジャー4勝、米ツアー通算18勝の大物へと成長し、現在も世界のトップ3を保ち続けており、「ネクスト・タイガー」と呼ばれた中では、戦績においては数少ない成功例ではある。だが、カリスマ性や圧倒性に関して言えば、やっぱりウッズにはまったく及ばない。

 もっと近年では、ジョーダン・スピース(27)もデビューした初期のころに「ネクスト・タイガー」と呼ばれ、メジャー3勝、米ツアー通算11勝を挙げて成功例の1人になってはいるが、ここ数年は不調続きで勝利からはすっかり遠ざかっている。

 結局、米ゴルフ界、いや世界のゴルフ界においても、「ネクスト・タイガー」と騒がれながら、ウッズのごとく大成した選手は皆無である。それは果たして偶然か、必然か。

 その問答を頭の中で反芻し始めると、私自身、メディアの端くれとして、少々考えさせられる。

2位に5打差で圧勝した「息子」

 ところで、DNAという意味でも文字通り「彼こそはネクスト・タイガー」と言える存在は、ウッズの長男チャーリーだ。

 8月9日、米フロリダ州パームシティの「ハンモック・クリークGC」で開催された「USキッズ・ゴルフ」の11歳以下の部で、チャーリーが快勝したことが、米国でも世界でも大きな話題になった。

 この大会は、本来は18ホールの1日大会だったが、荒天により9ホールに短縮された。しかしチャーリーは悪天候にもめげず、全長2522ヤードの9ホール(パー36)を3バーディー、ノーボギーという立派な内容で回り切り、3アンダーの33をマークして勝利した。

 今年に入ってからというもの、ウッズ父子が一緒にラウンドしたり、ジュニア大会でウッズがチャーリーのキャディを務める姿が幾度となくSNS上で拡散されていた。

 そのせいか、当初は「キャディを務めた父親の適切なアドバイスと導きのおかげで息子が圧勝」と報じたメディアが多々見受けられた。米国のジュニア大会はメディアを完全シャットアウトしており、そこにコロナ禍も加わって入場が厳しく制限されていたため、現場の情報があれこれ交錯したのだろう。

 しかし、9日といえば、全米プロの最終日であり、ウッズもプレーしていたことを考えると、この日にウッズがチャーリーのバッグを担いで優勝させたというのは誤報と考えられる。

 しかし、チャーリーが優勝した会場に「ウッズの姿があった」とも一部では報じられており、それが真実だとすれば、ウッズはサンフランシスコ郊外のTPCハーディング・パークで37位タイに終わった後、大急ぎで西海岸から東海岸へと大陸を横断し、息子が勝利したフロリダ州内の会場へ駆け付けたことになる。

 そうだとすれば、ウッズのホールアウトの時間や米国の東西間の距離や時差などから考えると、その移動はワープに近い離れ技のはずであり、取るものも取り敢えず必死の大急ぎで移動をしたであろうウッズの親ばかぶりが想像され、ちょっぴり苦笑させられた。

「父親ウッズは全米プロで優勝したコリン・モリカワから12打差で終わったが、ウッズの長男チャーリーは2位に5打差を付けて圧勝した」

 ユーモアと皮肉を込めて、そう報じた英国のタブロイド紙の記事にも、これまた苦笑させられた。

見守ることも大事な応援

 振り返れば、ウッズが4度目の腰の手術を受けてリハビリに励んでいた2017年ごろ、当時9歳だったチャーリーは父親が偉大なるプロゴルファーであることをほとんど理解できていなかった。友だちや周囲から父親のことを尋ねられると「ダッド(父)はレジェンド」「ダッドはユーチューバー」などと答えていた。

 しかし、なんとか戦線復帰したウッズは2018年の「全英オープン」に長女のサムと長男チャーリーを連れていき、子どもたちに優勝争いする父親の姿を初めて間近で見せることができた。

「今回、子どもたちは僕の仕事のことや僕のゴルフに対する思い入れを、少しはわかってくれたんだと思う」

 チャーリーがゴルフに目覚めたのは、それ以降ということになる。もちろん、それ以前にも、ゴルフクラブを握ったり触れたり、コースに出て遊び程度にラウンドした経験はあったはずだが、本格的にゴルフに取り組み始めたのは、あの全英オープンで優勝争いを演じた父親、そして翌年のマスターズで優勝した父親を見て、心の底から「格好いい」と感じたからだ。

 以後、この2年足らずでチャーリーは急速にゴルフの腕を上げている。もちろん、それは父親ウッズの適切な指導と助言、父親から受け継いだDNA、そして何よりチャーリー自身のやる気と努力の賜物である。

「チャーリーのスイングを僕は常に分析している。チャーリーのあの動きができたらいいな、あんなふうに頭や体をターンさせられたらいいな、あのポジションが取れたらいいなと思うけど、もはや僕には無理。でも、チャーリーは今、そういう段階にさしかかり始め、ゴルフを理解し始めている。抱くべき疑問を抱き、正しい質問もしてくる」

 嬉しそうにそう語る父親ウッズの頬は緩みっぱなしだ。

 ちなみに、ウッズの昨今のスケジュールは以前にも増して多忙をきわめている。9日に全米プロ最終ラウンドを終えて大急ぎで大陸を横断してチャーリーの試合会場へ駆けつけたかどうかは定かではないが、翌週16日の日曜日は、チャーリーの試合会場へ同行し、息子のバッグを担いだ。

 その翌日17日に東海岸を北上してニューヨーク近郊の「ウイングドフット」に赴き、ジャスティン・トーマス(27)とともに全米オープンに備えた練習ラウンドを行い、その後、2時間ほど車のハンドルを握り、プレーオフ第1戦の会場「TPCボストン」へ。

 なんとなく、息子のジュニア大会の合間に父親が試合に出ているような感覚さえ覚えるが、それで「ネクスト・タイガー」が育ってくれたら、ウッズも本望というものだ。

 これまでウッズは家族のプライバシーを頑なに守り、メディアやパパラッチからの「猛追」からも子どもたちをしっかりと守り抜いてきた。焦らせず、急がせず、無理をさせず、本人が興味とやる気を抱くのを待って、伸び伸び育てたからこそ、チャーリーはすくすく育ち、急速な成長を見せ始めている。

 これぞ、「ネクスト・タイガー」の理想的な育て方なのではないか。見守ることも大事な応援。今、そう思えてならない。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年8月21日掲載

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