新型コロナ第2波対策の決め手 死者数抑制に有効な治療薬とは?

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サイトカインストームを引き起こすメカニズム

 それではなぜ新型コロナウイルスはサイトカインストームを引き起こすのだろうか。

 平野氏らの研究によれば、ARDSとなった患者の血液ではサイトカインの一種であるインターロイキン6(IL6)の濃度が上昇している。IL6は生体の恒常性維持に必要なサイトカインだが、炎症性を有することから、サイトカインストームを引き起こす際に中心的な役割を果たす。体内にはIL6を大量に分泌するための増幅回路(IL6アンプ)があり、新型コロナウイルスが増殖する気管支や肺胞上皮にもIL6アンプが存在することがわかっている。平野氏らは「気管支や肺胞上皮に侵入した新型コロナウイルスがIL6アンプのスイッチをオンにすることでサイトカインストームが起きる」というメカニズムを解明したのである。

 このことからわかるのは、サイトカインストームの原因となるIL6の暴走を抑えれば、新型コロナウイルスの致死性は格段に低下するということだが、これを実現する薬は既に存在する。薬の名前は「アクテムラ(トシリズマブ)」である。重症化したテレビ朝日「報道ステーション」のスタッフを急激に回復させたことで一時期話題となったが、日本国内ではほとんどこの薬の存在が知られていない。

 世界初のIL6阻害剤として大阪大学と中外製薬によって共同開発されたアクテムラは、国内では2005年に関節リウマチ(免疫の異常により手足の関節が腫れる病気)用として承認されており、治療費は1ヶ月当たり2~4万円程度と高価ではない。

 アクテムラの新型コロナウイルスの重症者向け治療薬としての有効性についての臨床試験は既に始まっている。中外製薬の提携先であるスイス・ロシュは3月から米国・カナダ・欧州でなどで臨床試験を開始し、有効性が確認されつつあり、まもなく治験が終了する見通しである(7月2日付化学工業日報)。中外製薬も4月から臨床試験を始め、国内での早期承認を目指している。

 10年にわたり500人のリウマチ患者にアクテムラを投与してきた篠原佳年医師は、自らの臨床経験から「アクテムラは非常に副作用が少ない薬である。重症になってからではなく軽症のうちに投与すれば、医療現場の負担を大幅に減少できる」と提言している。

 このように、病気の原因などを研究する「基礎医学」や患者の治療にあたる「臨床医学」の専門家の知見が重要になってきているが、7月1日に設立された政府の新型コロナウイルス対策の効果を検証する有識者会議の委員長に、黒川清政策研究大学院大学名誉教授が就任し、永井良三自治医科大学長(日本医師会COVID-19有識者会議座長)が委員に加わったことは朗報である。

 黒川氏は2011年、国会が設けた東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員長に任命されたことで有名になったが、学位は医学博士である。日本の「サイトカイン」研究が世界トップレベルであることを知悉している。

 アクテムラが新型コロナウイルス用に承認され、医療現場で広く投与されるようになれば、私たちは新型コロナウイルスの脅威に怯えることはなくなる。私たちが新型コロナウイルスと共存できる日は近いのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月21日掲載

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