シンガポール「リー首相」が総選挙中に兄弟ゲンカ 弟が野党入党、兄の独裁を大批判

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シンガポールが抱える問題

 シンガポールは“アジアの優等生”と言われるものの、野党陣営が批判する一党独裁の歪みは、様々な点に現れている。例えば、少子高齢化。昨年7月に発表された2018年の合計特殊出生率は「1・14」と、同年の日本の発表値「1・42」より低いものだった。出生数が8年連続の過去最低を更新してもいる。

 少子化と共に、高齢化でもシンガポールは日本の上を行く。国連統計によれば、65歳以上の人口が2016年の12%から2030年には24%に、2050年には約47%に達すると見込まれている。これは日本より10年近く早いスピードで超高齢化に突き進んでいる計算になる。

 2017年末、世界銀行は「1日21・7米ドル」を高所得国の貧困ラインにすることを推奨したが、この評価に照らせば、シンガポールは「国民の約2割が貧困層」に相当するという。そもそもシンガポールは、先進国では数少ない、政府が貧困ラインを設定していない国だ。このシェンヤン氏が参加する野党も、この点を強く問題視している。

 一方で、リー首相の年収は約1億7000万円で、先述した夫人の年収は約75億円ともいわれる。野党などが「オープン・コラプション(政府公認の腐敗政治)」と批判し、格差社会の是正を訴えるのはこのためだ(デイリー新潮「シンガポールは日本に次ぐ感染者数 アジアの優等生が被害を拡大させた3つの誤り」4月28日配信を参照)。

 シンガポール統計局によると、2017年の世帯1人当たりの平均月収は、上位10%が約1万3200ドル(約100万円)に対して、下位20%は約1100ドル(約8万5000円)、最下位の10%では約555ドル(約43000円)。この格差はさらに広がると見られ、国民の平均所得上位20%と下位20%の差は、日本が約3・4倍に対して、シンガポールは約10倍以上。貧富の格差は先進国の中でトップレベルであるといえる。

 2019年11月には、初のホームレスに関する全国調査が行われた。シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院の発表によれば、人口570万人のうち、じつに約1000人が路上生活者だった。人口約1400万人の東京都で、ホームレスが1037人だというから(昨年8月の調査時点、東京都回答)シンガポールの多さがお分かりいただけるだろう。

 シンガポールの場合は、高齢になっても生活苦にあえぐ割合が少なくない。約8万人いる65歳から69歳の就労率は約40%。また、80代の母親の面倒を見ている30代の知人は「今、一番生活が困窮しているのは、CPF(1955年に設立された政府が管理する強制積立基金)制度がない時代から働いていた、年金を受け取れない高齢者だ」と嘆いている。シンガポールの発展に貢献したパイオニア世代(1949年以前の生まれ)を直撃しているというのも皮肉である。

 こうした生活不安は若い世代も直撃している。2005年、リー首相の肝煎りで低所得者に向けた生活支援プログラムのコムケア(ComCare)が創設された。一世帯あたり月収1900ドル(約15万円)、単身者は月収650ドル(約5万円)未満がその対象だが、実際に恩恵を受けたのは、2012年に2万572世帯・個人、2016年には2万8409世帯・個人だった。16年で対象になったのは 「5人に1人」が35歳以下の若い世代だったのだ。

 職のない若者はマクドナルドやスターバックスでたむろする“マック難民”“スタバ難民”となり、さらには「大卒貧困層(Graduate Poor)」と称される、高学歴層の若年層での不完全雇用の問題も浮上している。タクシーアプリのドライバーや配達人で困窮する“シンガポールエリート”も増加している。

 シンガポール人の雇用や賃金上昇を妨げる外国人労働者の問題もある。2011年の総選挙でも争点となり、与党の得票率は過去最低の60%へ下落する最大要因となった。

 こうした問題を抱え行われる総選挙。2015年の前回選挙は、同年に亡くなった“国父”リー・クアンユー氏の弔い合戦となり、与党の得票率は約70%と高かった。現政権は一定の支持を集めてはいるが、これは国父のレガシー頼りの部分は大きい。そのためリー首相は「綱渡りの独裁状態」とも言えよう。今回の選挙に勝利したとして、今後もリー王朝を維持していくためには、先に挙げた諸問題を解決しなければ、いよいよ危うい。そんな中での兄弟喧嘩である。

 リー・クアンユーを良く知るさる財界人は、こう言っている。「父のクアンユー氏が生きていたら、激怒しただろう。醜い争いでリー家の恥だ、と」――。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月8日掲載

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