ボルトン「回顧本」で暴露されたトランプ大統領「恥ずべき資質」

国内 政治 Foresight 2020年7月2日掲載

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 ジョン・ボルトン前国家安全保障問題担当大統領補佐官の回顧録『THE ROOM WHERE IT HAPPENED(それが起きた部屋)』が出版され、反響を呼んでいる。

 同書に対する米国民と世界の関心は、11月の大統領選挙に向けて、ドナルド・トランプ大統領の指導者としての資質が適正かどうかという点で、ライバルの民主党陣営に、多くのネガティブキャンペーンの材料を与えることだろう。

 とりわけ、トランプ大統領が自身の再選のために中国の習近平国家主席に協力を依頼していたとの証言は、世界に衝撃を与えた。

 また、中国との交渉で通商関係のディールを優先し、香港の民主化運動や新疆ウイグル自治区での人権問題に無関心であったという生々しい証言は、まがりなりにも自由と人権の理念をもとに建国された米国の大統領選挙に一石を投じることは間違いない。この点はさらに、「Black Lives Matter」(=BLM=黒人の生命は大切)運動によって自国の人権問題も大きな争点となる中で、トランプ大統領の資質が大きく問われる内容であることも確かだ。

 加えて、米中関係は日本の大きな関心だが、2度の米朝首脳会談も重要だ。この間、韓国の文在寅大統領の存在が、北朝鮮への歩み寄りを嫌うボルトン氏からだけではなくトランプ大統領からもあまり重視されておらず、むしろボルトン氏と連携した安倍晋三首相の影響力が大きかったことは、現在、北朝鮮からも厳しい拒否姿勢を示されている文在寅政権への政治的なダメージとなる衝撃的な内容だ。

 他にも、シリア、イラン、アフガニスタン政策においても、トランプ大統領が国益や同盟国より自身のディールを優先していたことが描かれており、大統領選挙で民主党候補指名が事実上確定しているジョー・バイデン前副大統領からの批判の対象になるだろう。

 本稿では、こうした様々な問題のうち、日本の安全保障政策においても最重要な「米中関係」の章に絞って論じる。

「余計なことはしたくない」

 回顧録では、トランプ大統領が、習近平国家主席との個人的な関係をテコに、あくまでも通商上、米国にとって有利な成果を得ることを最優先し、ボルトン氏や他の政権関係者が問題とする安全保障の課題や、民主化や人権の問題が先送りされている様子が描かれている。

 最も衝撃的なものは、2019年6月9日の香港「逃亡犯条例改正案」反対デモにおいて、150万人規模の香港市民が集結したことをボルトン氏が3日後の12日にトランプ大統領に報告した際、「それは大ごとだ」と言いながらも、

「私は関わり合いになりたくない」

「我々も人権問題を抱えている」

 と語ったことだ。

 さらに、同月29日に大阪市で開催されたG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)で習主席と首脳会談した際、ボルトン氏はあくまでも通訳を通じてトランプ大統領の発言を聞いたとしているが(この厳密さがリアルだ)、新疆ウイグル自治区で中国政府が住民を収容所に収監している人権侵害について、習主席に「収容所建設を続けるべき」で、それは「正しいことだ」と話したという内容も極めてショッキングだ。

 また、2019年6月4日の天安門事件30年記念の談話について、トランプ大統領は、習主席との通商交渉を優先するので自分は出さないとし、

「それは15年前のことだろう(事実は30年前)。誰が気にする? 俺はディールをしようとしているんだ。余計なことはしたくない」

 と話したという。

 結局、マイク・ポンペオ国務長官が、

「民主主義と人権、汚職の終わりを求めた平和的なデモを暴力的に抑圧した」

 という談話を発表したが、大統領の談話はなかった。

 ほかにも、2018年10月4日には、保守系シンクタンクの「ハドソン研究所」でマイク・ペンス副大統領が対中強硬スピーチを行い、世界が「米中新冷戦」の宣戦布告として衝撃を受けた。この内容についても、トランプ大統領が習主席との個人的な関係を損うことを懸念していたため、ペンス演説の一字一句を、トランプ、ペンス、ボルトン、ニック・エアーズ副大統領首席補佐官の4人で、ホワイトハウスのダイニングルームでチェックした逸話が描かれている。

 現在、トランプ政権は、新型コロナウイルス感染対策の失敗を中国に責任転嫁することで、国民の批判をかわしてきている。実際、共和党支持者は、新型コロナ感染の第一の責任は中国にあると考えている(民主党支持者は、第一の責任は大統領にあると考えているが)。

 しかも、大統領選挙の対抗馬となるバイデン前副大統領に対し、中国に甘く、息子が中国企業と癒着しているという疑惑を煽り(根拠のない話ではないが)、ネガティブキャンペーンで反中感情を反バイデンに結び付けようとしている。

 このような中で、回顧録の内容はバイデン陣営に恰好の反撃材料を与えてしまった(ボルトンは、トランプにもバイデンにも投票しないと公言している)。

 また、6月30日、中国政府は香港に対する「国家安全維持法」を成立させ、香港市民の人権保護に懸念を持たせている。これに対してトランプ政権は事前に昨年11月、香港の人権と自治を擁護するために「香港人権・民主主義法」を成立させ、圧力を強めていた。同法は、香港における中国の「一国二制度」が守られているかを米国務省に毎年検証させることを義務付けるもので、人権侵害が確認されれば香港政府関係者に制裁を科すことも明記されている。

 しかし、トランプ政権が、黒人差別への抗議活動「BLM運動」に強硬な姿勢で臨んでいることに対し、中国外務省の報道官は、

「(香港のデモ参加者を)英雄や闘士などと美化する一方、人種差別に反対する自国民を暴徒と呼んでいるのはどういう理由か」

 として、「ダブルスタンダード」と批判している。

 ボルトン回顧録におけるトランプ大統領のこれらの行動は、中国側にさらなる弱みを見せることになった。

通じなかった「周恩来の教訓」

 ボルトン氏は、中国通信企業「ファーウェイ」の、次世代通信システム5Gにおける世界的なコントロールを防ぐことが重要な国家安全保障政策であることを、トランプ大統領自身と経済スタッフが理解していないことに懸念を抱き、度重なる警告をホワイトハウスの会議で発したことも述べている。

 その警告とは、我々は「第2次世界大戦当時の周恩来の教訓」から学ぶべきだというものだった。

 毛沢東の右腕だった中国共産党の周恩来(後に首相)は、日本軍との戦闘を優先するための国共合作、すなわち共産党軍と国民党軍の共闘を進めた。だがその際にも、国民党軍への対抗は忘れずに、日本の降伏後、国共内戦で国民党軍を放逐したという例を挙げ、「交渉しながら戦う」(fighting while talking)という周恩来の教訓を、中国と通商交渉をする一方で安全保障面での妥協をするべきではない、という米国の姿勢とすべきだと主張していた。

 ボルトン氏によれば、スティーブ・ムニューチン財務長官からの反応はなく、トランプ大統領も生煮えの返事しかしなかったという。

 結局、トランプ大統領とムニューチン財務長官らの経済チーム(ピーター・ナヴァロ通商製造業政策局長)は、ファーウェイ問題を単なる産業競争力の問題としてしか見ておらず、安全保障チームの抱く脅威認識を共有していないことに、ボルトン氏は不満を持っている。

 そしてボルトン氏が、まぎれもなく第一級の知識人であることが実感できるのが次の部分だ。

 ここまで解説してきた米中関係を扱う章のタイトルは、「Thunder out of China(中国からの雷鳴)」である。これは実は1946年当時、米国でベストセラーになったジャーナリストのセオドア・ホワイトとアナリー・ジャコビーによる中国情勢を分析したベストセラーのタイトルだ。

 この本は、蒋介石の国民党の腐敗ぶりと無能ぶり、そして対照的に毛沢東の共産党が民衆の支持を得て機能している状況を描き出し、当時の米国政府の判断に影響を与えた問題作である。

 結果的に、1947年の国共内戦時において、トルーマン政権内は共産党支持派と国民党支持派に割れて対中政策が中途半端になり、1949年の共産主義政権の成立を招いてしまい、米国民は中国を「失う」ことになったのである。

 つまり、対中政策のゴールが一致しないトランプ政権の内情は、親国民党と親共産党勢力が割れて結局は米国の利益を損ねてしまったトルーマン政権を彷彿とさせるという皮肉が、この「中国からの雷鳴」というタイトルに込められているような気がするのである。

 同時に、ボルトン氏が政権内で浮いてしまった理由もわかる。本を読まないトランプ大統領はともかく、米中の歴史などを知らないムニューチン財務長官にいくら周恩来の教訓を説いても、どれだけ説得力を持ったのであろうか。例が高尚すぎたのだろう。

次に見捨てる可能性の最上位は「台湾」

 また回顧録を通して確認されたことは、トランプ大統領が安全保障上の国益や同盟国の重要性を理解しておらず、通商についても、企業の業績のバランスシートのように、貿易黒字を善、赤字を悪と捉える発想しか持っていないことである。そして、それについて、ボルトン氏はもちろんそれ以外のスタッフも問題だと感じながら、大統領を説得してコントロールすることに失敗してきた、という事実だろう。

 このあたりは、2018年に出版されたボブ・ウッドワードの著書『FEAR 恐怖の男』(日本経済新聞出版社)において、ゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長(当時)が、自由貿易や同盟の重要さをあらゆる手段で説こうと試みながら失敗した状況が詳しく描かれているが、その後のボルトン氏の苦闘に通ずる。そして実際、コーン氏、ジョン・ケリー首席補佐官、ジェームズ・マティス国防長官(ともに当時)らが相次いで失敗した後に、ボルトン氏が国家安全保障担当補佐官に就任するのだ。

 ボルトン氏によれば、こうした「高潔(High-Minded)」な「大人たちの企み(Axis of Adults)」は、成功するどころか、それ以前からトランプ大統領が政府について抱いていた「陰謀論」としての「政府内政府(Deep State)」を確信させることに終わり、事態を悪化させただけだった、ということになる。

 ただしボルトン氏は、自身も含めた「大人たち」にすべての責任があるわけではなく、結局はトランプ大統領自身が、スタッフを尊重せずに自身の直感に基づき、テレビでの視聴者受けだけを狙った行動をすることが、そもそもの問題だということも指摘している。

 皮肉なことに、ボルトン氏がトランプ大統領のお眼鏡にかなったのも、大統領お気に入りの『FOXニュース』での一連のコメントだったことも、書かれている。

 回顧録では、ほかにもシリア、イランなど中東政策についても多くが割かれているが、1点だけ、中国との関係で興味深い部分があることを指摘しておこう。

 それは、ボルトン氏が辞任した後、トランプ大統領がシリアからの米軍の撤退を命令し、それまで過激組織「イスラーム国」掃討で共闘してきた同盟相手のクルド人武装勢力を見捨てる決定をしたことだ。これは、トルコのレジェップ・エルドアン大統領との個人的関係と、自身の「アメリカファースト」の実績づくりを優先した結果だが、ボルトン氏はそのくだりで、習近平主席とのディールを優先するトランプ大統領が、次に見捨てる可能性がある最上位が台湾であることを示唆している。日本にとっても深刻な話だ。

 最後に、北朝鮮政策やイラン政策において、安倍首相が主役級で登場するが、ボルトン氏のカウンターパートであった谷内正太郎前国家安全保障局長も、頻繁にボルトン氏との意思疎通を行っていたことが明かされている。国家安全保障局は、安倍政権になってから、米国の国家安全保障担当補佐官のカウンターパートとなる職を日本も作るべきだ、という発想で作られたものだが、見事に機能し、米国に影響力を与えていたことがわかる。

渡部恒雄
わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員。1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』など。