今や「一億テラスハウス症候群」? 木村花の悲劇が示した現代の病理

エンタメ 2020年6月5日掲載

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 外出自粛期間中に増えたのは、体重とテレビを見る時間だった。特に見たい番組があるわけではないけれど、ついリモコンを押してしまう。テレビばっかり見ているとバカになる。昔はそう言われたが、バカになる「毒」というより、孤独に効く「薬」なのかもな、と思ったものだ。

 木村花の死去という痛ましい報道を受けて、打ち切りが決まった「テラスハウス」。あってはならない事態が起きたとはいえ、この番組もまた、多くの孤独な視聴者を救っていた側面はあるのではないか。

 台本は一切なし、番組が用意したのは素敵なお家と車だけ。淡いフォーカスとおしゃれな洋楽が散りばめられた画面を彩る、美男美女たち。でも美しくデコレーションされた番組は、中身は相当に下世話で泥臭い人間模様に満ちていたように思う。次から次へと女の尻を追っかけるやつ、家事をろくにしないくせに態度がデカいやつ。夢があると語るわりに全然行動しないノーテンキや、色仕掛けにぶりっこ、メンヘラ気質まで、様々な「ヤバい人間」たちのエピソードに満ちていた。今となってはどこからどこまでが演出かはわからない。けれども、キラキラした絵面とは真逆の、「残念」な生き様こそ多くの人の共感を呼び、大きな魅力だったのだとも感じる。恋や人生に悩める人々を、癒やしてくれる一面があった。

 一方でその「残念」さに飛びついて、うっぷんを晴らそうとする者も増えてしまった。おそらくそういう事態を見越して、視聴者のガス抜きを担っていたのがスタジオメンバー陣だったはずだ。出演者の言動に感じるモヤモヤを、ぶった切る役割。特に山ちゃんの、キレあるコメントは人気があったように思う。嫉妬をバネに成り上がった、元祖ブサイク芸人ならではの視点は実に鋭かった。けれども今や、その山ちゃんたちにも怒りの矛先が向いている。

 出演者を中傷し、番組を批判し、進行役の芸能人をつるし上げる。ふと連想するのは、ハロウィンの夜に繁華街で大騒ぎする若者や、スポーツバーでW杯観戦にはしゃぐにわかスポーツファンだ。何かにかこつけて、普段のストレスを晴らしたい。誰かと何かで盛り上がれれば、多少周囲に眉をひそめられても構わない。そんな気分の奥にあるのは、言い知れない孤独感ではないだろうか。

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