コロナ危機で日本は「技術敗戦」の様相:安倍政権の「官邸主導」で露呈 インテリジェンス・ナウ

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 ドナルド・トランプ米大統領は、「新型コロナウイルス」に対して「疫学的対策より経済・PRを重視するアプローチ」で、安倍晋三首相がそれに追随している。『ワシントン・ポスト』オピニオン欄で知日派コラムニスト、ウィリアム・ペセク氏がそう指摘している。

 トランプ大統領は3月18日、

「私は戦時大統領だ」

 と記者会見で胸を張った。5月6日には、新型コロナの攻撃は、

「真珠湾や世界貿易センターへの攻撃よりひどい」

 と発生源の中国を非難。さらにその翌週、中国との「すべての関係を断つ」こともあり得ると述べ、米中冷戦の激化を自ら演出した。

 大統領は世界最多の160万人超の感染者と10万人超の死者を出した深刻な問題を避け、中国の責任を問うため「新型コロナが武漢の研究所から漏れ出た証拠」を探るよう、米中央情報局(CIA)に圧力をかけている。

 安倍首相は4月7日の「緊急事態宣言」発令の日、

「最も恐れるべきは恐怖それ自体だ」

 と、フランクリン・ルーズベルト米大統領の1933年就任演説から一節を借用した。そして緊急事態を「全面解除」した5月25日には、「今回の流行をほぼ収束させ」「成果を挙げ」た、と手柄を独り占めにした。そもそも緊急事態の宣言は東京と大阪の知事が求め、医療崩壊への危機感が強まる中で発令した。だが「解除」では知事らの貢献に全く言及しなかった。

 その裏で、理に適った科学技術を駆使した新型コロナ対策はなおざりにされていた。日本は第2次世界大戦後、バブル崩壊後の「経済敗戦」、そして21世紀の新型コロナ危機では「科学技術敗戦」の様相を呈した。戦後日本の発展の礎を築いた科学技術を生かせなかった安倍流の「官邸主導」が問われている。

司令塔もなくて「戦時の発想」か

 トランプ、安倍両首脳に共通するのは、理に適った新型コロナとの戦いをリードしてこなかったことだ。

 安倍首相は4月10日、

「コロナウイルス拡大こそ、第3次世界大戦であると認識している」

 と、官邸を訪れたジャーナリストの田原総一朗氏に語ったと大手紙が「囲み記事」で報じた。首相はニュースになることを見越して、田原氏にサービスしたのだろう。おかげで田原氏は「総理との近さ」を宣伝できた。

 だが、なぜ新型コロナ禍が「第3次世界大戦」になるのか、意味が分からない。米中冷戦が激化して、それが世界に拡大するという認識ならそう言うべきだ。

 田原氏はブログで、首相は「平時の発想」から「戦時の発想」に切り替えて「緊急事態」を発令した、と彼なりの分析をしている。

 安倍首相が今「戦時の発想」をしているとは信じ難い。戦時なら、まず「司令塔」なり「司令官」を据えなければならない。しかし、新型コロナと戦うためのリーダーがいない。

 日本対がん協会会長の垣添忠生氏は、「感染対策 司令塔強化を」と『読売新聞』に寄稿した。その中で、

「わが国は、あまりにも危機管理体制が不十分」

 と指摘している。

 新型コロナとの戦いは科学と技術力の勝負であり、台湾、香港、韓国はその点で世界の注目を集めた。日本も同様に実力を発揮していたら、すでに無観客でもプロ野球などを再開できていたかもしれない。

PCR検査は「索敵」工作

 感染症対策では、装備も専門知識も備えた自衛隊を政策・戦略に組み込むべきだ。しかし「河野太郎防衛相が首相と近くない」(在京情報筋)などの理由から、補助的な任務しか与えられていないというのだ。

 自衛隊は1月末以降、29都道府県に「災害派遣」の形で動員された。集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の船内消毒や乗客支援にのべ約2700人の隊員を派遣、4月からは無症状・軽症の感染者の輸送、生活支援、防疫指導に当たった。

 自衛隊中央病院は、乗客の重症者の治療にあたり、優れた対応が評判になった。

 実際、陸上自衛隊には「中央特殊武器防護隊」という組織があり、生物兵器攻撃に対応する訓練もしている。人の体内に潜む新型コロナとの戦いで、この防護隊ももっと活用すべきだが、現状では科学技術も専門部隊もオールジャパンで動員しているわけではない。

 新型コロナとの戦いは、かつての中国の「人民戦争」との戦闘と似た面がある。毛沢東は抗日戦争や革命戦争を人民戦争で戦った。

 革命戦士を「人民の海」に潜り込ませ、「陣地戦」ではなく「運動戦」や「ゲリラ戦」を繰り返し、敵を消耗させるのが人民戦争だ。

 これと対峙するにはまず、存在が見えない革命戦士の居場所を「索敵」によって探し出すことが重要となる。

 新型コロナ対策でも、ウイルスは感染者の体内に存在し、外から見えない。だから索敵によって発見し、感染者を隔離して、現時点で可能な治療を駆使して攻撃しなければならない。索敵が戦いのスタートになる。

 その索敵に必要なのが、PCR検査や抗原検査、抗体検査である。しかし、日本はPCR検査の回数が先進国で最も少なく、正確な感染者数を掴んでいない、と海外の研究者から揶揄された。

 国会でも野党が「PCR検査を増やせ」と繰り返し要求し、安倍首相は「保険が適用された」とか、「1日2万件の能力」などと回答したが、検査数は一向に増えない。そのため全体的な感染者数が掴めていない。なぜか。

危機管理監も機能せず

 メディアの韓国報道などで分かったことは、第1に韓国はとっくにPCR検査を自動化・機械化して、多くの陽性者を発見してきたことだ。日本の技術で自動化など難しくないはずだが、現実には遅れていて、PCR検査の実施が滞り、数がさばけない。

 実は、日本のベンチャー企業がPCR自動検査装置の技術を開発していて、すでにフランスなどでは利用されている。しかし、厚生労働省で未認証のため日本では使われていない。

 第2に、検査技師が不足しており、徹夜作業に追われ、疲弊していることだ。実は厚生労働省は、4月3日から30日までの「期間業務職員」として、成田空港検疫所など4カ所で働く検査技師を募集していた。

 わずか1カ月足らずの安全ではない仕事にどれだけの応募者があっただろうか。

 最悪だったのは、患者が「PCR検査をしてほしい」と頼もうとしても、まず保健所や医療機関への電話がかからない。電話がつながっても検査を断られ、手遅れになって死亡した人が多数いたと推定されている。まさに「技術敗戦」の状況を呈した。

 こんな時のため、官邸の「内閣危機管理監」がいる。しかし、政府の「新型コロナウイルス感染症対策本部幹事会」の議長を務める警察庁出身の内閣危機管理監は効果的な危機管理対策ができていない、と情報筋は指摘する。

 日本は索敵ではなく、「3密」や「自粛」を国民に求めてきたが、これらの策はいずれも国民が「敵」に近づかないようにするための「防衛策」である。

 可能な限りの索敵で可能な限り多くの「敵」を隔離した上で、防衛策を取れば、効果はそれだけ大きくなる。しかし、索敵をしていないので、敵の全体像が掴めない。今後の2波、3波で多数の感染者が出ると多くの専門家が予想する背景に検査不足がある。

遅れた医療体制の整備

 PCR検査態勢の不備は、2月中旬から指摘されていた。3月に入って、テレビの討論などで、

「PCR検査を本格的にやれば、感染者が大量に増えて、医療体制が追い付かない。医療体制を整備する時間を稼ぐ必要がある」

 という主張が語られていた。

 しかし、医療従事者用の装備や医療機器も含めて、大量の新型コロナ感染者を収容する医療施設の整備が3月中に進められた形跡はなかった。

 それが証拠に、4月7日の「緊急事態宣言」以降、感染者数が急カーブを描いて増加し始めると、東京都や神奈川県、大阪府などの都道府県は急きょ、隔離用ベッド、集中治療室、軽症者用ホテルの確保に奔走する事態となり、「医療崩壊寸前の地域もあった」と専門家会議のメンバーも述べている。

 この期間中に、PCR検査の自動化・機械化を進めることも一定程度可能だったのではないか。しかし、現実には今も相変わらず検査技師が手作業で、徹夜で検査結果の分析に当たっているようだ。

官邸主導で堕落する科学技術政策

 第2次安倍政権の官邸主導は科学技術にまで及んでいるが、科学技術の健全な発展を図るどころか、むしろ歪めていると言っても過言ではない。官邸で科学技術担当の事務方の最高責任者は首相補佐官の和泉洋人氏だ。

 彼の職責は1行で書けない。官邸HPによると「国土強靱化及び復興等の社会資本整備、地方創生、健康・医療に関する成長戦略並びに科学技術イノベーション政策担当」とある。ひと言で言えば、iPS細胞から官民ファンドまで担当している。新型コロナも関係する。

 1976年に東京大学工学部を出て、当時の建設省に入省、住宅局長を最後に国土交通省を離れ、2012年公務員を退官、内閣官房参与を経て補佐官となり、健康・医療戦略室長、さらに成長戦略の柱である「官民ファンド」の運営状況を検証する「官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議幹事会」の副議長も務めている。彼の上司は菅義偉官房長官だ。

 彼はいずれの立場でも問題が表面化した。

 2017年には、安倍首相の友人が経営する加計学園の獣医学部新設問題に関与していたことが表面化した。衆院予算委員会で、前川喜平・元文部科学事務次官が、同補佐官が「総理の代わりに言う」と発言して同学部新設手続きを急ぐよう前川氏に促したことを明らかにした。和泉氏はこれに対して「そう言った記憶は全くない」と否定し、首相を守った。

 昨年末には、同補佐官と部下の大坪寛子厚労省大臣官房審議官(当時、健康・医療戦略室次長を兼務)が夏に京都へ不倫旅行していた、と「文春砲」がすっぱ抜いた。

 この時、2人は京都大学を訪れ、山中伸弥教授に「iPS細胞研究所」の事業予算13億円の打ち切りを突然通告していたと国会でも問題になった。自民・公明両党が調整して、最終的に削減は見送られたが、再生医療発展への支援打ち切りを勝手に言い出す横暴ぶりだった。その後2人は海外への「不倫出張」も問題になった。

 大坪氏はクルーズ船の現場にいたという情報があるが、新型コロナへの関与は具体的に明らかではない。

 また、経済産業省や農林水産省、財務省など各省庁から発案される、総資金4兆円の「官民ファンド」は新技術開発の成果に乏しく、各省庁に資金をプールしたり、天下りの受け皿になったりしている、と批判が絶えない。

高い医療機器の海外依存度

 新型コロナ対策に必要な機器は海外依存度が非常に高いことが分かった。厚生労働省の調査ではなく、『日本経済新聞』が国内業界団体の資料や関連企業への聞き取り調査で判明した事実だ。

 それによると、人工呼吸器は90%超が欧米からの輸入、医療用サージカルマスクは70~80%、高機能のマスクN95は30%がいずれも中国からの輸入に依存している。全身防護服はほぼ100%、医療用ガウンは大部分が中国、東南アジアに依存といった調子だ。政府はそんな状況も把握していなかったようだ。

 また安倍首相が度々言及した、抗インフルエンザ薬「アビガン」も、その原料は中国に依存しており、原料を製造する国内メーカーへの転換が急がれている。

 重症患者者の治療に必要な人工肺装置「ECMO(エクモ)」も状況は同じと伝えられている。政府から国会への答弁書によると、人工呼吸器は使用可能なものが全国で1万3000台以上、エクモが900台以上、としている。医療機器大手のテルモはエクモの生産台数を現在の年間百数十台の生産能力に約100台を上乗せする計画という。エクモは、使いこなせる高度な医療技術を持つ医師の訓練も同時に必要で、秋に予想される感染増に向けた時間との争いとなる。

政府が知らない日本の技術

 日本自身が保有する高度技術の現状を十分把握していなかった政府の怠慢も明らかになった。

 第2次安倍政権が2014年度に発足させた国家安全保障局(NSS)でナンバー2の次長を務めた兼原信克同志社大学特別客員教授が『日経新聞』の「経済教室」欄への寄稿で驚くべき事実を明らかにしている。

 兼原氏によると、日本政府が第1に克服すべき課題は、政府がそもそも「日本が保有する軍事転用可能な『機微技術』の全体像を知らない」ことだという。逆に、米国や中国の方が「日本の機微技術の全体像に詳しい」とも指摘している。

 兼原氏が指摘したのは軍事転用可能な技術だが、医療技術の分野でも恐らく同じことが起きているのだろう。

 米中冷戦の激化で、米国は対中技術輸出管理を厳格化しており、日本も対応を求められている。だが、このままでは日本が知らない間に日本の高度技術が盗まれていても気が付かないという事態すらあり得る。日本政府は日本の「宝」であるハイテク技術を守る政策を怠ってきたのだ。

 こうした状況を踏まえて、政府は4月1日、NSSに経済班を新設した。人工知能(AI)や第5世代移動通信システム(5G)を巡る米中両国の技術覇権争いを踏まえて、経済、技術分野での安全保障上の課題に迅速に対応。新型コロナ対策にも取り組むという。

 しかしAIも5Gも日本は出遅れが否定できない。そもそもNSS発足時に経済担当を含めないシステム設計が不十分だった。

 また、突然の「全国一斉休校」の発表では、小中高生へのパソコン・タブレット普及率の低さを露呈する結果となった。香港など他のアジア諸国・地域はオンライン授業で児童生徒の学習不足を最低限に抑えた。

 政治が科学技術の発展に全く追い付いていないのだ。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2020年5月29日掲載

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