「社会のために」動き始めている米ゴルフ界の「工夫と努力」 風の向こう側(71)

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 米国では5月11日、全50州で一般ゴルファー向けにゴルフが解禁となった。とは言え、新型コロナウイルス感染拡大がいまなお激しいニューヨークやワシントンD.C.、シカゴなど一部の都市部では、依然、ゴルフ場の営業を許可していないところもある。

 ゴルフ界ではなく一般社会に目をやれば、ビジネスが再開できず経営困難に陥っている人々や失業状態に陥って経済的に困窮している人々が多数見受けられる。さまざまな我慢を強いられている人々、さらなる貧困や暴力に苦しむ子どもたちも多い。

 そんな中、ゴルフが解禁となった途端に大手を振りながらゴルフ場へまっしぐらに向かうゴルファーたちの姿を冷ややかに見つめる人々が多数いることは、想像に難くない。

 もちろん、ゴルファーだって都市封鎖やゴルフ禁止令が発令されていた間はゴルフクラブを振りたい衝動を一生懸命に抑えてきたに違いない。

 ゴルファーだって我慢を強いられてきたのだから、「解禁となったあかつきに堂々とゴルフをして何が悪い?」と言いたくなるのだと思う。

 さらに言えば、屋外でプレーするゴルフは感染リスクが低いと言われ、「だからゴルフはOKなんだ!」と主張したくなるのだろう。

 だが、たとえそうだとしても、社会全体がコロナ禍の出口にも至っていない今、「ゴルフだけが」「ゴルファーだけが」というアンチ・ゴルフの声が上がることは不可避である。

 その「アンチ・ゴルフ」に対して、当のゴルフ界はどう対処していくべきなのか。

 米国の3大メジャーゴルフ団体の1つ「NGF」(米国ゴルフ財団)は、アンチ派に向かって「ゴルフを否定、批判しないでほしい」と呼びかけるのではなく、実際にゴルフをしているゴルファーに向かって、こんな呼びかけを行っている。

「今、このコロナ禍において、ゴルフはセレブリティ・ステイタス(恵まれた特別な存在)と言われ、その在り方には賛否両論があります。厳しい視線も向けられている中、ゴルフが否定、批判されるかどうかはゴルファーの行動次第であることを、どうか、しっかり心に留めてください」

「特権階級」ではなく

 米ゴルフ界、そして世界のゴルフ界の最高峰である米男子ツアー(PGAツアー)は、6月11日の「チャールズ・シュワブ・チャレンジ」からの再開を目指し、次々に感染拡大防止のための施策を考案している。

 ツアー再開後、少なくとも最初の4試合は無観客での開催が予定されており、試合会場への入場者全員に「必要があれば毎日でも」PCR検査を行うとされている。

「そのための簡易検査キットを100万セット用意する」

 PGAツアーのジェイ・モナハン会長がそう明かした際は、

「ゴルフの大会のためだけに不足している検査キットを100万セットも備えるなど、とんでもない」

 と批判の声が上がった。

 選手とキャディを試合から試合へチャーター機で移動させるプランが検討されていることを一部の選手が明かしているが、それに対しても、

「そんなことまでやるなんて、プロゴルファーはブルジョワのつもりか?」

 と首を傾げる人々もいる。

 だが、再開後の5試合目以降の大会は、たとえ少数限定になるとしても観客を入れた上での開催を目指しており、密集状態を即座に解消するための施策として、「RFID」(無線ID)なるものをギャラリーバッジに付けて人々の動線をリアルタイムでチェックするなど、細かい工夫や努力を積み上げようとしている。

 そうした工夫や努力は、ゴルフを「特権階級」として社会の上方へ引き上げるためではなく、できる限り大勢の人々と一緒にゴルフを楽しみ、ゴルフという財産を共有してもらうためのものである。いわば、特別化しているゴルフと混乱・困窮している社会との距離を縮めるための施策である。

 そういう姿勢の根源にあるのは、社会全体から理解されるためには自ら積極的にアクションを起こすことを惜しまないという、米ゴルフ界に身を置く人々の強い意志なのだと思う。

「尊敬すべき伝統」

「ゴルフと社会の距離を縮める」とは、具体的には、ゴルファーが社会の役に立つような行動を起こし、ゴルフを好きになってもらうことである。

「ゴルフっていいね」「ゴルファーは素晴らしいね」「ゴルフがこの社会に存在してくれていて良かった」と思ってもらうことである。

 ゴルフのメジャー4大会の1つ「マスターズ・トーナメント」は、今年4月の開催が11月へ延期されている。

 同大会を主催する「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」は、従来通り4月に開催していた場合は会場内のコンセッション・スタンド(飲食物の売店)で販売するはずだった同クラブのロゴ入りオリジナル・ポテトチップス5万袋などスナック類や保存のきく食材など合計2000ポンド(約900キロ)分を、地元のフードバンク「ゴールデン・ハーベスト」へ寄贈。それらはオーガスタ市内のホームレスや貧困家庭などへ提供されたそうだ。

「オーガスタ・ナショナルの人々の柔軟性とクリエイティビティは素晴らしい。食べ物を廃棄することなく、困窮している人々のために役立てる発想とギブ(授ける)の精神は、マスターズを通じてゴルフの世界に継承されている尊敬すべき伝統です」

 そう語ったゴールデン・ハーベストのエグゼクティブ・ディレクター、エイミー・ブライトマン氏は、ゴルフの存在に心から感謝しているという。

日本のゴルフ界も

 オーガスタ・ナショナルのような超名門ゴルフクラブのみならず、草の根のゴルフ場も社会の役に立ちたいと願って、アクションを起こしている。

 フロリダ州南部では、ゴルフ場が病院と個々に「縁組」をしてパートナーシップを結び、コロナ禍の最前線で戦う医療従事者たちを少しでも助けようと動いている。

 食事をする余裕もないほど多忙をきわめ、疲弊しているドクターや看護師たちのため、ランチを何百食も運んだり、ギフトカードを贈ったり、シンプルに支援金だけを贈るケースもある。

 ゴルフ場が病院と縁組して支援するこの活動は、そもそもは米北東部のニュージャージー州などで行われていたものをフロリダ州南部が採用し、広まったそうだ。

 そうした草の根レベルの縁組活動を、メジャー4勝の南アフリカ出身米ツアー選手アーニー・エルス(50)は、全米あるいは世界レベルへ拡大させるべく動き始めている。

 一方で、「AJGA」(全米ジュニアゴルフ協会)に所属する香港出身の16歳の少女は、医療従事者を支援しようとSNSで呼びかけ、あっという間に目標額の1000ドルを超えて3000ドル集め、寄付を行った。支援額はその後も増え続けているという。

 AJGAでは日頃から社会貢献やチャリティの大切さをジュニアゴルファーたちに教えており、2009年以来、延べ3000人のジュニアゴルファーが総計3万時間のボランティアワークを行い、300万ドル(3億円超)の寄付金を集めた実績がある。

 そういう教育を施す環境や土壌があるからこそ、米ゴルフ界に身を置く人々は、社会に尽くそう、尽くしたいと願い、すぐさまアクションを起こす。

 そうやってゴルファーやゴルフ場、いわば「ゴルフ界の総力」が社会の助け、社会の味方となり、ゴルファーの存在やゴルフの存在そのものが人々から感謝される。

 そうできるかどうか、ゴルフが否定や批判を受けるのではなく「素晴らしい」「ありがたい」と受け入れられかどうかは、

「ゴルファーの行動次第。だから頑張りましょう」

 そんなNGFの呼びかけと米ゴルフ界の社会貢献の姿勢を、日本のゴルフ界も真摯に受け止め、採り入れられるものは採り入れて、是非とも後に続いてほしいと願う。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年5月18日掲載

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