中国の新戦略「大湾区構想」が受けた「新型コロナ」の衝撃(中)

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 香港貿易発展局(HKTDC)によると、大湾区の経済規模は「1.6兆米ドル」であり、すでに東京湾区(東京湾を中心に構成された経済圏)の「1.8兆米ドル」と近接してきている。

 もっとも、東京湾区と大湾区では性格や体制が大きく異なっている。東京湾区は東京に本社機能が集中しているが、大湾区はハイテク産業の開発製造を中心にした広州や深圳、コンビナートや大量生産を基本とする恵州や佛山、レジャー産業に重きを置くマカオや珠海、金融やリーガルサービスの中心地である香港などのように、地域ごとに特色がある。

 しかも現地の大企業は、その地域の各地に本社を置く分散体制になっており、各地域がそれぞれ有機的に製造網やサプライチェーン、サービスチェーンを構成している。

 つまり大湾区の地域経済は個別にみていく必要があり、今回の「新型コロナウイルス」騒動による経済的な打撃も、地域ごと分野ごとに分析する必要がある。

中小企業の連鎖倒産も

 製造業の拠点の多くは、広東省側に集中している。そのなかには「広州汽車集団」や「HUAWEI」、さらには日本の自動車や電子産業も多く、中国における拠点的機能を構えている。

 広東省統計局などの公式情報によると、大半の製造拠点では、中国の旧正月が明けた後でも操業再開することができなかったという。これは交通網の遮断による影響と、行政が工場内での防疫処理の基準を設けたためである。

 その結果、多くの企業の生産機能が回復したのは、3月半ば以降になってからであった。筆者(加藤)も所属する「FIND ASIA」が行った独自調査によれば、製造能力は2月は例年の20%、3月は60%、4月に80%という予測も出ている。

 現在のサプライチェーンは複雑に絡み合っており、例えば自動車では、1車両を構成する部品は10万点を超えている。そのために、サプライチェーンのどこか1つが復旧できないだけで、完成品の納入に甚大な影響を与えかねない。

 その意味では、本年1~2月の大湾区の工業付加価値(製造業の生産総額)は、昨年度比較で23%の減額であったが、在庫がなくなる3~4月期の影響はさらに大きくなるであろうと想定される。

 韓国や日本企業も、現地販売用の生産以外の、中国国外への輸出用拠点を設けており、サプライチェーンにおいて、その影響はすでに目に見えて出てきている。

 自動車産業以外で影響が懸念されるのが、特に通信機器産業である。倪雨晴による2月18日の『中国財経レポート』の記事「大湾区制造业有序复工“进行时” 高效保卫全球产业链运转(大湾区の製造業の再開と『世界規模の産業網の転換』)」によると、現在、「世界のスマートフォンの70%が中国国内で製造されており、広東省は中国国内の43.9%、つまり世界のスマートフォンのうち約30%が大湾区および周辺で製造されている」という。

 この地域には「HUAWEI」「OPPO」「vivo」「アップル」などの有名企業のみならず、代理工場が無数に存在しており、それらの企業のネットワークが、近年の中国ハードウェアイノベーションを支えてきた。広東省においては、無数の中小企業が製造業の活力の源泉なのである。

『中国青年報』をはじめとする各種民間調査によると、

「1~2月の間に中国全土で約24万社が倒産廃業を強いられており、多くは広東省の中小企業である」

 という。

 多くの中小企業は、今回の新型コロナ騒動がさらに長引けば、運転資金が枯渇し、大幅な連鎖倒産の可能性が高い。

 しかも「広東省へ最大の投資企業は香港企業であり、全体の60%の投資は香港発または経由といえる」なかでは、その結果として、香港経済もこのモノづくりの連鎖倒産に巻き込まれざるを得ないと考えられる。

 このようななか、『中国青年報』4月3日の記事「格力“智能工厂”动工(グリー・エレクトリックのスマート工場の始動)」によれば、新型コロナ騒動を受けてサプライチェーンの見直しなどが検討されているわけではいないが、人員の無人化や省力化を発表する企業がすでに現れてきており、そこには大湾区の製造業が今後も高度化していく兆しがみてとれる。

深刻なインバウンド産業への打撃

 大湾区構想は、当該地域に1つの生活圏を作り上げるという構想でもあるが、その意味では観光業・レジャー産業の発展も必要となる。

 この分野では、これまでの歴史的経緯や発展状況からも、当然香港・マカオという両地域が重要だ。

 香港・マカオは、それぞれイギリス・ポルトガルという異国の文化背景を内包していた。加えて高速鉄道による日帰り旅行が簡単可能になり、さらにビザの緩和などのインバウンド政策もあって、この産業は発展を続けてきた。

 マカオ政府統計局、香港政府統計局、中国投資動向などの各種統計を総合すると、2019年度の中国大陸全土からの香港への旅客者数は約4300万人であり、全旅客者の78%を占めていた。

 2018年度と比較すると14.4%の減少だが、それは香港における抗議デモへの回避などが主要要因だと考えることができよう。

 もっとも2019年12月ごろには、香港の抗議デモも収束への雰囲気が生まれてきており、2020年には観光業は復活するのではないかと考えられていた。

 ところが、今年に入ってからの新型コロナ騒動は、香港来訪者数の大幅な減少ばかりではなく、別な側面にも影響を与えている。

 というのも、観光はそれ単体で成り立つものではなく、交通、宿泊、ショッピング、飲食など多岐にわたるからだ。特に香港は、高級ブランドの集積地であり、さらに免税対応もあって、多くの観光客が様々なショッピングを楽しんでいた。

 香港には驚くほどの数の宝石店や高級ブランド店が林立しているが、こういった店舗の多くは、実は大湾区の広東省側あるいは中国全土からの観光客消費を当て込んだものなのである。

 もともと春節休暇は、中国人の一大消費時期である。ところが中国投資動向によれば、今回の新型コロナ騒動で、

「2020年の香港における小売業の消費額は約40%の落ち込みをみせており、観光客への依存度の高い宝石・高級服飾業界においては約80%の前年低下となった」

 という。2月、3月もさらなる深刻化のために、依然改善がみられていない。

 また3月末からは感染拡大防止のために、飲食店での着席制限令が施行されているうえ、香港住民の消費活動にも制限がかかっている。

 日本の京都市をはじめとする世界中の主な観光地では、観光客の急増による「オーバーツーリズム」という公害が生まれていた。香港も、観光客による市民生活の不便さや、一部物価の高騰などの課題が取り沙汰されてきたが、雇用の吸収や地元経済への多大な貢献などがあるために、その問題は容認されてきていた。そのようななかで起きているのが、今の状況である。

 今後は香港においても、100万人にも及ぶ小売り就業者を別の産業に切り替えるべきか、あるいは今起きている嵐が過ぎ去るのを単に待つべきなのか、その決断が問われていくことになるだろう。

 一方マカオは、金融・国際貿易センターという基盤があったうえでの観光やインバウンドサービスが成立している香港とは、その立ち位置が大きく異なっている。

 マカオは、当初からレジャー産業の集約地として考えられており、観光業の占めるウェイトはより大きくなっている。マカオ政府統計局によれば、

「マカオのGDP(国内総生産)構成は50%がカジノ産業」

「2019年の香港訪問客が減少しているのに対し、マカオは19年度も10%訪問客が増加」

 だという。このためにマカオは、大湾区のみならず中国中央政府からも、この分野で高い評価を受けている。そのことは、2019年のマカオ返還記念20周年の折、習近平中国国家主席がマカオを1国2制度の模範例として述べていることからもわかる。

 そのマカオも、現在の新型コロナ騒動で中国国外や大湾区との連結が制限されているなかでは、観光レジャー産業としての機能が大幅に制限されている。このためにマカオ政府統計局は、2020年第1四半期のGDPは前年度同時期と比較して6~8%のマイナス成長と予測している。

 なお、マカオに隣接する横琴開発区では、近年国際的な金融センターの開発が進んでおり、将来的に香港への対抗馬になるだろうという意見も広がっていた。

 しかしこれまでの実績を勘案すれば、マカオのレジャー産業としての重要性は現在も変わっていないといえよう。

 長い歴史を持つマカオのカジノが閉鎖されたのは、台風災害による1度のみであった。だが、新型コロナ騒動による今回の閉鎖からの回復には、まだまだ時間が必要となるだろう。

現在は医療用品輸送に集中

 大湾区は、中国国家統計局によると、

「2019年度は全国輸出額の22%が大湾区を中心とする、広東省からの輸出」

 であり、中国における最大の輸出地域であることは間違いない。

 さらに中国最大級の国際貿易展示会である「広州交易会」や「香港展覧中心」など、対外貿易の顔といえる仕組みも多数集中している。

 しかし、大湾区の2020年第1四半期の輸出額は約5~6%減少すると見込まれている。

 2018年の米中貿易戦争開始時は、中国国家統計局によれば、

「約20%の減少がみられたが、次月には14%の回復がみられた」

 という。

 しかし今回、2020年1~3月に関していえば、米中貿易戦争以上の大きな影響になるであろうと懸念されている。

 それは製造現場の混乱はもちろん、それ以上に物流現場の混乱や制限があるなど、対外貿易における様々な問題や課題が絡み合っているからである。

 大湾区内の香港・広州・深圳は世界規模の港湾と空港設備を備えており、海運能力に関していえば東京湾区の9倍の輸出実績を誇っている。

 だが現在、大湾区の各地域政府は医療用品の輸送を最優先にする政策をとっている。これによって都市間を移動する人やモノの流通・移動自体を規制したため、医療用品以外の物流が大きく阻害されているのである。一方でこれをきっかけに、物流人員の無人化や省力化が加速しつつある。

 また、医療品に関する税関の優先措置といった、一体化経済の利点を生かした対策もされている。(つづく)

加藤勇樹
中国名は「余樹」。香港を拠点に日系企業向け人材・ビジネスコンサルティングを行う「FIND ASIA」華南地区責任者 、およびスタートアップを資金・ノウハウで短期支援する「Startup Salad(スタートアップ・サラダ)」日本市場オーガナイザー。2015年より「FIND ASIA」にて広州・深圳・香港で活動。2017年より現職。

鈴木崇弘
城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科研究科長・教授、および『教育新聞』特任解説委員。宇都宮市生。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター及びハワイ大学などに留学。設立に関わり東京財団・研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の理事・事務局長も歴任。法政大学大学院兼任講師、中央大学大学院公共政策研究科客員教授、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)事務局長付、厚生労働省総合政策参与などを経て現職。1991~93年まで アーバン・インスティテュート(米国)アジャンクト・フェロー。PHP総研客員研究員、『Yahoo!ニュース』のオーサー、一般財団法人未来を創る財団アドバイザーなども務める。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。主な著書・訳書に『日本に「民主主義」を起業する…自伝的シンクタンク論』(単著、第一書林)、『学校「裏」サイト対策Q&A』(東京書籍)、『世界のシンク・タンク』(共に共編著、サイマル出版会)、『シチズン・リテラシー』(編著、教育出版)、『アメリカに学ぶ市民が政治を動かす方法』(監共訳、日本評論社)、『Policy Analysis in Japan』(分担執筆)など。専門は公共政策。

Foresight 2020年5月13日掲載

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