中国「小粒」ばかりの経済対策で「V字回復」に疑問符

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 新型コロナウイルス感染症収束後の中国経済はV字回復するのか、世界が注視している。

 中国政府は「コロナ戦勝利」宣言とともに経済活動再開をアピールし、「景気は3月には上向き始めた」と主張する。4月17日に発表した今年1-3月期の「マイナス6.8%」成長も、最悪の状況を率直に示し、反転上昇を強調する狙いだろう。

 だが経済対策は、企業向け融資拡大や利下げなどの金融政策と、企業の社会保障費や税の減免といった救済対応中心で、2008年のリーマンショック直後の4兆元(当時約57兆円)投資のような迫力ある需要拡大策はない。

 製造業は生産を再開しているが、消費が凍り付いたままでは在庫の山を築くだけになる。

 現金給付など大胆な家計支援と消費振興に軸足を置く日米欧と比べ、中国の対策はかけ声ばかりで力強さが感じられない。

組み合わさった「政府演出」と「企業思惑」

 5月1日の労働節休暇の初日、上海の繁華街「南京西路」にある「ユニクロ」の旗艦店は、開店10周年の記念セールもあって「三密」そのものの大混雑だった。「コロナは終わった」というのが大半の市民の受け止め方で、店に賑わいは戻りつつある。

 中国の工業・情報化部によると、4月21日までに全国の一定規模以上の工業企業の99.1%が業務を再開し、労働者の職場への復帰率も95.1%に達した。数字上は、製造業も勢いを取り戻しつつある。

 北京、上海など大都市のオフィスにも人は戻り、

「中国は急速に平常に復帰している」

 と現地の日本人駐在員は評価する。

 景気の先行きを見る「製造業購買担当者指数」(PMI)は、2月の35.7から3月には52.0と、大きく改善した。

 電力消費量や、ガソリンなどを生産するための原油処理量も上向き、高炉や石油化学プラントなどの稼働率も上がり、V字回復が達成されつつあるようにも見える。

 問題は、こうした産業活動の反転上昇が本格復帰で、持続力を持つのかという点だ。

 1月下旬から3月初旬まで生産活動がほとんど止まったなかで、消費も凍り付いたが、それでも最低限の需要はあり、在庫が取り崩される形で消費をカバーしてきた。

 中国の今年の春節(旧正月)は1月25日で、製造業は例年通り、春節休暇前後の需要期に向け商品在庫を積み上げており、1月23日の武漢封鎖に始まった生産活動の停止とうまくかみ合った。2カ月近い生産停止でも市場からモノが消えなかった理由の1つは、春節向け在庫の存在にある。

 逆に言えば、3月下旬からの生産活動の本格再開時には多くの製品で在庫がなくなっており、企業はとりあえず生産のアクセルを踏み込んでも、不良在庫となる懸念はなかった。多くの企業にとっては、政府の様々な経済対策で景気が上向くだろうという期待も強く、需要拡大の波に乗り損なわないようにいきなりフル稼働に突き進んだ面がある。

 海外から見てやや意外感のある急発車は、ある意味で政府の演出と企業の思惑が組み合わさった一幕だったのではないか。

力不足感が否めない

 コロナ後に中国政府がどんな経済復興策を打ち出すか、世界は注視していた。リーマン後が4兆元なら、今回はその数倍規模のインフラ建設など大胆な投資策が打ち出されるだろうという期待感があった。

 だが、出てきたものは、中小・中堅企業の資金繰り支援、債務の返済猶予、貸出拡大のための預金準備率引き下げや利下げなど。

 もちろん5G(第5世代移動通信システム)のネットワーク整備や新エネルギー車普及のためのインフラ整備など、先端分野での投資拡大も打ち出されたが、予定されていたものを前倒ししただけという印象は拭えない。

 企業向けの減税は1兆6000億元(約24兆円)とそれなりの規模だが、あくまで負担軽減で、企業の新規設備投資や雇用拡大を促すには力不足感が否めない。

 需要喚起策としては、700万戸の老朽住宅の改造、西部大開発における奨励分野への投資企業に対する軽減税率適用拡大など、会席料理のように小粒の政策が延々と並ぶ。

 ちょっと人目を引いたのは、浙江省政府が4月17日に発表した、リニア鉄道など交通網整備への3兆6000億元(約54兆円)投資計画だ。上海―杭州―寧波の400キロにリニア鉄道を新たに建設する、という。

 ただ、既存の高速鉄道があるなかで、リニア鉄道を追加するほどの旅客需要があるかは疑問であるうえ、投資額の詳細も開通時期もまったく不透明。実現性に疑問符のつく打ち上げ花火という印象しかない。

地方レベルでわずかに現金給付

 言い古された話だが、中国の公的部門の債務残高は、国内総生産(GDP)の280%前後に達しており、財政で大盤振る舞いができる状況ではない。中央銀行である中国人民銀行は、日米などが進める中央銀行による国債引き受け、いわば財政ファイナンスに、頑なに抵抗している、と伝えられる。

 それを象徴するかのように、消費喚起策としての現金または金券の給付は地方レベルでわずかにある程度で、中央政府の政策の柱に据えられていない。

 中央レベルでは、新エネルギー車への購入補助金が打ち出されている程度。

 一方、地方では、広東省仏山市三水区が域内消費に使える金券を総額3000万元(約4億5000万円)、同省深圳市宝安区が金券を2億元(約31億円)、浙江省寧波市が旅行や文化活動に使える金券1億元(約15億円)を発行しているが、中国全体で見れば芥子粒のようなレベルの給付しか実施されていない。

 米国では、年収7万5000ドル(約800万円)以下の大人に1人あたり1200ドル(約13万円)、子供に1人あたり500ドルが支給される。さらに、雇用を維持し、給料を払い続ける中小企業には総額3500億ドル(約40兆円)の支援金が与えられる。

 日本では、所得や年齢に関係なく1人につき10万円が一律で支給される。ドイツ、フランス、英国なども収入が激減した中小企業、個人のために様々な現金支給が実施されている。

 先進各国が莫大な赤字を積み上げてでも、現金給付による家計の支援、ひいては消費の喚起策を実施しているのに対し、中国の政策は消費刺激の面で明らかに見劣りがする。

消費沸騰は「困難」

 製造業で回復が始まっているとはいえ、中小、零細の部品メーカーなどは経営破綻や廃業に至るところも多く、回復の足取りは重い。

 製造業PMIは2月の35.7から3月の52.0に回復したと前述したが、4月には3月比で1.2下落し、50.8に低下した。依然、拡大基調だが、噴き上げるような強さはない。 

 大都市のサービス業の多くは「巣籠もり消費」の影響を脱することができていない。

 3月時点では2億人の失業者が出ているとの試算もあったほどで、雇用情勢も厳しい。

 経済の輸出依存度は低下しているとはいえ、外資の輸出型工場が撤退し、他の国への移転が着実に進んでいることも、雇用には重しとなっている。

 雇用と収入に不安がある時、人は消費を極力抑えようとするだろう。今年1-3月期の商品分野別売上高の前年同期比は示唆的だ。

 落ち込み幅の大きい分野から並べれば、宝飾品40.8%減、家具40.1%減、衣料品・靴34.2%減、電子音響製品31.5%減、自動車30.9%減など。

 生活必需品である飲料は2.9%減、日用品は6.5%減と小幅の落ち込みで、食品は買いだめの影響もあって逆に6.3%増となった。 

 中国の一般的な消費者の心理はこの時期からさほど変化はしていないだろう。巣籠もりからの開放感から繁華街にどっと繰り出しても、買い物は抑制する。収入の先行きに不安があり、新型コロナ再拡大のリスクも感じているなかで、消費が沸騰するのは難しい。

1115社も逃げ出した外資製造業

 消費抑制の反動としてのいわゆる「リベンジ消費」を期待する企業も多いが、政府の現金給付など直接支援もない中国で、一般の国民が財布のひもを緩めると根拠なく考えるのは、甘いだろう。

 加えて、2018年春に始まった米中貿易戦争によって外資企業の中国撤退、いわゆる「去中国化(脱中国)」が着実に進んできたなかで、新型コロナがその背中を押している。

 国家統計局の発表では、今年1~2月だけで一定規模以上の外資製造業が1115社減少し、4万3513社となった。

 中国は、米中対立という構造的困難に感染症という不確実性の高い別の問題も加わり、負の相乗効果を生んでいるように見える。

 5月22日からの開催が発表された全国人民代表大会(全人代)で、インパクトのある経済対策が打ち出されるのか。中国経済は上昇のための浮力を得ようともがいている。

後藤康浩
亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』ナビゲーター、ラジオ日経『マーケットトレンド』などテレビ、ラジオに出演。講演や執筆活動も行っている。著書に『ネクスト・アジア』『アジア力』『資源・食糧・エネルギーが変える世界』『強い工場』『勝つ工場』などがある。

Foresight 2020年5月12日掲載

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