イタリア・ワインの聖地で異彩を放つ「クラフトビール」のパイオニア

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 イタリア北西部のピエモンテ州といえば、ワイン好きならジュリアス・シーザーが愛した「バローロ」などを思い浮かべる銘醸の里である。

 アルプスを遠望する丘陵地に、ブドウ畑と森がパッチワークのように広がる風景は、四季折々の美しさがあり、ワイン観光のディスティネーションとしても一級。そんな「イタリアワインの聖地」のような土地に、イタリア・クラフトビール界のパイオニア「バラデン」の醸造所があるのは、ちょっと意外な感じがする。

イタリア初のクラフトビール

 筆者が同地を訪れたのは、イタリアが新型コロナの危機に見舞われる4カ月前の2019年10月だった。

 クラフトビールと言えば、日本でもここ数年は「第3次ブーム」であるという。コロナ前の話だが、売り上げが伸び悩む大手ビールメーカーを尻目に、400社余りある小規模ブルワリーの売れ行きは堅調。民間信用調査会社「帝国データバンク」が実施した調査では、6割のメーカーが増収だったという数字もある。

 日本での「第1次ブーム」は1994年、規制緩和によって全国にいわゆる「地ビール」を造る小規模ブルワリーが乱立したことを指すが、イタリアでもほぼ同じ時期に同様の規制緩和によってクラフトビールの起業が始まっている。

 最初の5社のうちの1つが「バラデン」だった。

 創業者テオ・ムッソ氏は、ピエモンテの小さな町で農家の4人きょうだいの末っ子として生まれた。青年に育つと、父親からワイン造りに従事することを勧められるが、父に逆らってビールを飲み始める。そこには、パティシエとしてモンテカルロの高級ホテルで働いていた叔父の影響があった。

「叔父が飲ませてくれたのがベルギービールでね」と、ムッソ氏は言う。

 その味は、彼の知っていた「労働者の喉を潤すためのビール」とは全く違っていた。

 やがてフランス人ダンサーと出会って恋に落ちたムッソ氏は、ピオッツォという町に2人で居を構え、ビアパブを開く。1986年のことだ。当時、この町に滞在していたフランス人でサーカス団の一員だったフランソワ・ビドン氏がムッソ氏にインスピレーションを与え、店の内装にはサーカスのモチーフがふんだんに取り入れられた。料理はエキゾチックなメニュー。

 店はフランス語で「さまよえるエンターテイナー」といった意味合いの「ル・バラデン」と名付けられた。この名が後に、ムッソ氏が自ら手がけるクラフトビールの名前になる。

 店では200種類以上の、主に外国産のビールを出した。ムッソ氏が感銘を受けたベルギービールが中心の座を占めていた。

 人口900人ほどの、カボチャ祭りだけが自慢の小さな町ビオッツォで、この店は際立って異端だったに違いない。それでもミラノなどからの客で店は賑わった。

日本の木桶で熟成

 先述の規制緩和を機にムッソ氏は自ら醸造を行うことを決意し、ベルギーの複数の醸造所での研修を経て、1996年に自家醸造(生ビール2種)を開始。翌97年にはクラフトビールとしてはイタリアで最初のボトル詰めビールをリリースした。以降、着々とアイテムを増やし、内外で高い評価を受け続けている。

 ムッソ氏のビールにはユニークな造りのものが多い。瓶内2次発酵、ワイン樽熟成、エジプトの古代ビールを模したスパイスの使用等々。

 例えば「シャウユ・キオケ」は、2015年のミラノ万博の時に展示された、日本の醤油メーカーが作った木桶を譲り受け、これで熟成をかけて造ったものだ。

「私のビールはレストランでワインと並べてリストされるべきもの」との自負がムッソ氏にはある。

 ワイン産地の只中で生まれ育った彼にとって、それは自然に浮かんだ発想だったかもしれない。重厚感のあるボトル形状、アーティスティックなラベルデザイン、コルク栓、独自に開発した専用グラス‥‥すべては銘醸ワインと伍するための工夫だ。

「バラディン・メトド・クラッシコ」はシャンパーニュと同様の製法で造られた特別アイテムだが、これを飲むと、その繊細無比の泡立ち、精妙で深い味わいに圧倒され、もはやワインとビールを分けて考えることが愚かなことのように思える。

「ちゃんとした食事と合わせるものとしてビールを扱ってほしい」というムッソ氏の思いが昇華したプロダクツである。

 ムッソ氏のビール哲学をよく表すビールが「バラデン・ナチオナーレ」だ。

 ブロンドエールというスタイルのこのビールは、原材料の全てがイタリア産である。ムッソ氏は、ワイン造りにおける「ドメーヌ方式」と同じように農業から手がける「ファーム・ブルワリー」を理想とし、2006年以来、大麦やホップの自社栽培に取り組んできた。

 グローバリゼーションが進んだ結果、逆に見直されるようになっているローカリズム。それは元々イタリアの人々が大切にしてきたものだ。

クラフトビール観光というビジネスモデル

 そしてもう1つ、ムッソ氏が取り組んでいるのが、醸造とツーリズムとの融合である。

 その代表例であるワイン観光は、ヨーロッパでは非常にポピュラーなレジャー・スタイルで、日本でも次第に認知度を高めてきた。

 ムッソ氏はビールもレジャーになると考え、醸造所にレストランやビアバーを併設し、ガーデンでは定期的にライブなどを行っている。ピオッツァの古い瀟洒なヴィラを改装し、宿泊できるビアレストランとなっている。2008年にはモロッコにもビール・リゾートを建てた。

 また、「発祥の地」である「ラ・バラディン」は、オリジナルの内装はそのままにミュージアムにした。大手のビール会社が行う工場見学などのアプローチとは一線を画す、「クラフトビール観光」と呼ぶべき新たなビジネスモデルを構築したと言える。

 現在イタリア国内の小規模ブルワリーの数は1000軒以上に上ると言われる。その多くはピエモンテ州とミラノのある隣のロンバルディア州にある。ムッソ氏の指導を受けてこの世界に入った人も多い。パイオニアは今も業界のトップに立ち、牽引車としての役割を果たす。

 ピエモンテ州は、イタリアの新型コロナ危機の中心地となったロンバルディア州に続いて感染者の多い地域だ。バラデンに再び観光客がやってくる日々が少しで早く戻ること願わずにはいられない。

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浮田泰幸
ワイン&トラベル・ジャーナリスト、ライター。月刊誌編集者を経てフリーに。旅行、人物、食文化、ワイン、コーヒー、歴史などをテーマに、広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行っている。

Foresight 2020年5月4日掲載

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