【特別編】「おうちにいよう」そして「マンガを読もう」後編:大人のファンタジー10選 独選「大人の必読マンガ」案内(23)

Foresight Foresight 2020年4月26日掲載

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 新型コロナウイルスの影響で、極力「おうちにいる」ことが使命となった私たち。
遊び盛り、学び盛りの子どもたちが友だちに会えないのは胸が痛みますが、我々大人も自宅待機はかなりストレスフルです。

 慣れないテレワークで仕事の効率が上がらず、運動や外食、ショッピングで発散もできない。巣ごもりの副作用で「コロナ離婚」が増えているという不穏なニュースも耳に入ってきます。

優先度が高い「現実逃避」

 私は今、多くの大人にとって優先度の高いアクティビティは「現実逃避」だと思います。

 (伝染病と経済的打撃のさなかに、何を呑気な!?)

 もし、今、反射的にこんな思いが浮かんだのなら、それは危険な徴候かもしれません。

 少し前にネットで欧米の医師の職業観について、こんな印象的フレーズを見かけました。

 「もし帰宅後も患者のことが頭から離れないようだったら、医師であるあなた自身がメンタルヘルスのケアを受けるべきだ」

 四六時中、患者のことを考えてくれるのは素晴らしい医師のように思えます。しかし、そんな精神状態は多くの人間にとってサスティナブルではない。

 新型コロナの脅威は逃れられない現実です。

 ニュースを見れば感染者や死者の増加が伝えられ、企業業績の急激な悪化や中小・零細企業の倒産、「町のお店」の閉店・休業を直接目にすることも増えています。

 本来、こうした厳しい現実から逃げられる安全地帯が自宅のはずです。

 しかし現状、その安全地帯そのものが「戦場」の一部になってしまっています。しかも、この籠城戦は、どうやら相当の長期戦になりそうです。

 人間には現実から離れて、心を休める場所が必要です。意識的に「現実逃避」を取り入れないと、長期戦は乗り切れません。

 「積極的現実逃避」のツールとしてマンガほど良いメディアはそうそうありません。前編でも述べた通り、ほどよい受け身感で、つまみ食い的に時間もコントロールできます。

 後編では「大人の現実逃避」に向いているマンガを独断と偏見でご紹介します。

没頭できる「別世界」

 オジサンの私が逃げ込めるファンタジーワールドを選んでいるので、ラインナップが男性向けに偏っているのはご容赦願います。

幸村誠『ヴィンランド・サガ』
 私見では今一番アツいマンガです。バイキングが席巻した11世紀初頭の欧州を舞台に、ストーリー展開、キャラクターの魅力、作画、テーマ性などあらゆる角度から、当代で最高峰の作品でしょう。どっぷりと没入できます。既刊23巻一気買いで間違いなし。私はトルケル殿と「蛇」のファンです。
 マンガにハマったら、『NHK』で放送されたアニメも必見レベルの出色の出来です。「円盤」以外に、Amazon Prime Videoで視聴可能です。
 幸村誠作品は以前、当コラムでとりあげたSFマンガ『プラネテス』も文句なしで面白い。描かれる時代は違っても、両作品は「愛と自由とフロンティア」というテーマでつながっています。こちらもぜひ。

石塚真一『BLUE GIANT』
 高校生で初めてジャズに触れ、天啓を受けたように「世界一のサックス奏者」を目指す若者の成長物語。音楽の力と自身を信じ、真っすぐに進む主人公・宮本大の生き方が眩しい。スターダムへと駆け上がるプロセスの目撃者として作品世界に浸れます。
 「無音のメディア」のマンガは、不思議と音楽というテーマと相性が良く、秀作が多い。本作もページから音が響いてくるような迫力があります。
 石塚真一は代表作『岳』も素晴らしい作品です。両作品のちょっとした共通点は主人公のブロークンな英語がリアルなこと。実にうまく「崩して」います。
 国内編10巻だけでなく、海外編『BLUE GIANT SUPREME』の既刊10巻も同時に一気買いしないと、届くまでに続きが気になって悶絶する羽目になるでしょう。

谷口ジロー『遥かな町へ』
 大林宣彦氏が亡くなり、映画『時をかける少女』をなつかしく思いだした方も多いでしょう。谷口ジローの『遥かな町へ』は、さながら「時をかける中年」。
 ある日、働き盛りのくたびれたオジサンが意識を失い、目覚めたら中学2年生の時代にタイムスリップしてしまう。「心は中年、体は少年」の状態で中学時代をやり直し、長年の謎だった父親の失踪の真相に迫る。
 文章にしてしまうとありがちな設定で、実際、お約束のような展開が多いのですが、そこは谷口作品。クオリティーは折り紙付きです。安心して身を委ねて、わが身を振り返って「ああ、こんな風に『生き直し』ができたらな」と空想に浸れます。余韻のあるラストも素晴らしく、「オジサン向けファンタジー」の理想形のような1冊です。
 余談ですが、私はこの手のタイムスリップものが好きで、長年の愛読書『リテイク・シックスティーン』(豊島ミホ)のマンガ化を熱望しています。

逢坂みえこ『永遠の野原』
 さらに一歩、甘酸っぱい方向に踏み込んで現実逃避するなら、恋愛マンガの力も借りたいところ。正直、この方面はあまり「手持ちのカード」が豊富ではないのですが、我が家のコレクションで自信をもって推せるのがこちら。
 二太郎という少年の視点が中心で、その親友・太との関係が恋愛要素よりも「グッとくる」こと、大人の登場人物のエピソードも魅力的なことなど、大人の男性読者でも世界に入り込みやすい条件が整っています。
 作品としてのクオリティーも文句無し。美しい描線と余白が多めの構成に目から癒されます。少女マンガ特有のポエムも抑制が利いた良いさじ加減です。
 逢坂みえこ作品では、『ベル・エポック』と並んで2~3年に1度は一気読みしたくなるAll Time My Favoritesです。

髙橋ヒロシ『QP』
 180度趣向を変えまして、「男のファンタジー」の一大ジャンル、不良マンガから。ストレートに『湘南爆走族』『BE-BOP-HIGHSCHOOL(ビー・バップ・ハイスクール)』といった古典を再読すればオジサンは鉄板で楽しめそうですが、未読なら少し新しい世代の作家にトライしてみては。
 髙橋ヒロシといえば代表作は『クローズ』ですが、巻数がそこそこあるうえ、スピンオフ的な作品が増殖して手を出しにくいのが難点。
 『QP』は単行本8巻とコンパクトで入門に最適。主人公のキューピーこと石田小鳥や他の不良少年たちの造作は髙橋ワールドの魅力十分です。「不良少年たちは、どう『大人』になっていくか」がテーマで、モラトリアム期間の冒険譚が中心の通常の不良マンガより大人も共感しやすいでしょう。

立原あゆみ『本気(マジ)!』
 『仁義なき戦い』シリーズや『ゴッドファーザー』3部作を挙げるまでもなく、ヤクザ・マフィアモノも男のファンタジーの類型です。弱肉強食の抗争やアウトローのサクセスストーリーも悪くないですが、現実逃避が狙いなら『本気!』がお誂え向きでしょう。
 主人公・白銀本気は仁義を重んじ、縄張り(シマ)の平和を守るため命をかけ、無欲なのにそのカリスマ性で図らずも日本屈指の侠客への道を歩みます。さらに物語の軸になるのは、薄幸の少女・本城久美子とのプラトニックラブです。
 どこからツッコむか迷うほど非現実的な世界観とストーリー展開ですが、なぜかハマります。脇役も魅力的。私のお気に入りのキャラは、本気の相棒の次郎ちゃんと久美子の母親です。

しげの秀一『頭文字(イニシャル)D』
 名作『機動警察パトレイバー』の作中で「後藤さん」が喝破するように、子どもの夢は「基本的に『運転手さん』になること」です。カーレースものも『サーキットの狼』『F』『capeta(カペタ)』と傑作が多い。「ハチロク(AE86)」という車種に思い入れのある世代なら、外せないのがこちら。
 主要キャラは若き走り屋たちですが、主人公・藤原拓海の父など適度にオジサンキャラが絡んでくるので、新旧両世代の視点で楽しめるオジサンには、一粒で二度おいしい。
 ネックは単行本48巻という分量でしょう。試し読みラインは主人公と「ハチロク」が転機を迎える10巻まで。ここまで読んでお気に召せば、17巻の第1部終了までは青春モノとして楽しめるでしょう。私の定番の「再読ゾーン」はプロレーサー舘智幸とのバトルをおさめた21巻までです。忍者アタック、最高。

曽田正人『め組の大吾』
 「運転手さん」と同じように憧れの職業であり、市井のヒーローでもあるのが消防士。その派手な活躍を濃縮還元1000%で詰め込んだのが本作です。単行本で20巻、文庫版なら11巻と一気買いにピッタリの分量かと。
 主人公・朝比奈大吾の「天性のレスキュー野郎」という造形と、次から次へと起きるトラブルの舞台設定が秀逸で、息つく間もないスリルと温かみのあるヒューマンストーリーがたっぷり味わえます。周囲を振り回す大吾の奔放さに引き込まれ、時間を忘れてページをめくることになるでしょう。こちらはお子さんと一緒でも楽しめる一作。
 私の推しは、もちろん「五味さん」です。

安彦良和・作画 矢立肇、富野由悠季・原案『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』
 こちらは説明不要かと存じます。私は今年で48歳ですが、同世代の男性が全巻買い揃えていないとは想像しがたい。万が一、未入手でしたら単行本24巻、愛蔵版12巻、どちらでも良いので即刻大人買いしましょう。

谷口ジロー・作画 夢枕獏・原作『神々の山嶺(いただき)』
 「10選」で同じ漫画家を2本入れるのはどうかと迷いましたが、やはり挙げておきたい。谷口ジローは「原作付き」で数々の良い仕事を残した作家なのでご容赦を。
 この作品の凄さは原作の再現度の高さ、いや、マンガという表現手段の力で「原作超え」を果たした偉業です。原作者自身がマンガ化するなら「描き手は谷口ジロー以外にはない」と熱望し、「山の描写は圧倒的だ。高度感があって、怖い」と認める傑作を見逃す手はない。登山という、過酷ではあるけれど、日常生活からはるか離れた別世界に連れ去ってくれます。
 羽生丈二と長谷常雄という2人の男の歩みは常人離れしたものですが、よく知られているように、実在の著名クライマーをモデルとしています。ノンフィクションを読む「体力」が戻ってきたら、羽生のモデルであるクライマー森田勝の生涯を描いた珠玉のノンフィクション『狼は帰らず』や長谷川恒男の一連の著書も一読をお勧めします。

無数の「逃げ場」が日本の武器

 無理矢理10作に絞ってみましたが、これらの作品は、私自身がいますぐ逃げ込めるシェルターのようなものです。

 これ以外にも、手塚治虫や鳥山明の作品群、マンガ版『風の谷のナウシカ』『AKIRA』『釣りキチ三平』など「逃げ場」はいくらでも思いつきます。枚挙にいとまがないスポーツマンガはあえてラインナップから外していますし、好みのギャグマンガで馬鹿笑いするのも免疫力向上に役立ちそうです。

 繰り返しになりますが、我々は嫌でも新型コロナという現実に直面せざるを得ません。厄介な敵との戦いでスキを見せないためにも、「心の疲れ」の蓄積は禁物です。

 マンガという、ハードルが低く、胃にもたれないコンテンツを大量に持っているのは、日本の大きな武器です。紆余曲折の末、給付金の一律支給も決まったようですし、一部はこの頼りになる籠城戦の備えに回すことを検討してみてはいかがでしょうか。
 

高井浩章
1972年生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験があり、金融市場や国際ニュースなどお堅い分野が専門だが、実は自宅の本棚14本の約半分をマンガが占める。インプレス・ミシマ社の共同レーベル「しごとのわ」から出した経済青春小説『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』がヒット中。
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