新型コロナを生物兵器として使い始めた「イスラム過激派」 チュニジアでは2人逮捕

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 トランプ米政権はこのところ「新型コロナウイルスの発生源が中国・武漢にある中国科学院武漢ウイルス研究所だった可能性がある」との疑惑を強めている。

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 武漢ウイルス研究所は2015年、病原体レベル4(P4、エボラなど毒性が非常に高いウイルス)を扱える最高水準の安全性を確保した実験室を完成させ、2018年から生物兵器の研究を開始したとされている。「コウモリのコロナウイルスの研究を行っていた同研究所からそのウイルスが誤って流出してしまった」という説は今年2月上旬にはネット上で話題になっていたが、米国政府が本格的に調査に乗り出したことで再び注目を集めるようになった。

 この説の真義はともかくとして、本稿では新型コロナウイルスは生物兵器になりうるのかどうかについて考えてみたい。

 専門家の間で以前から 生物兵器として警戒されているのは、2001年の同時多発テロ直後に米国で使用された炭疽菌や天然痘など致死率が50%を超える毒性が極めて強い病原体(細菌やウイルスなど)である。新型コロナウイルスの現時点の致死率は7% 程度である。WHOは「2009年に流行した新型インフルエンザの致死率の10倍である」と警告を発しているが、生物兵器が必要とする致死率には達していない。

 しかし、戦争のあり方が変わるにつれて、生物兵器の発想も変わる。例えば、現在の戦闘では、敵兵を銃撃して死亡させてしまうよりも、負傷に留め、応急治療や搬送に手間をかけさせることで敵の戦力を効率的に低下させるやり方が主力になりつつある。

 この発想を生物兵器に適用すれば、致死率が高い病原体を用いるよりも、致死率が必ずしも高くない病原体の方が、長期にわたって大量の患者を発生させ敵側の医療資源を食いつぶさせることで大きな負荷をかけることができる。

 このように考えれば、致死率はそれほど高くないものの感染力が強いとされる新型コロナウイルスは、新しいタイプの生物兵器と言えるだろう。

 ただし最大の欠点はコントロールの困難さにある。新型コロナウイルスは感染力が高いことから、敵ばかりか味方までもが被害を受けてしまう可能性が高いからである。

 このため正規軍の兵力としては成立しないが、テロリストにとってはどうだろうか。

 新型コロナウイルスをテロの手段として考えると、まず第1に思い浮かぶのは、攻撃対象に接近することが極めて容易であるということである。ウイルスはX線検査にも金属探知機にも引っかからないからである。

 発症前でも感染力を持つとされる新型コロナウイルスの特質は、実行犯が生きて帰ってくるということさえ放棄すれば、非常に強力な武器となる。新型コロナウイルスに感染した実行犯が敵側に侵入して動き回ることで、感染を一気に広めることが可能だからである。「新型コロナウイルスに感染したテロリストを送り込むぞ」と警告するだけでも敵側に大きなプレッシャーを与えることができる。

 このように考えると、自爆テロを厭わないテロリストにとっては、新型コロナウイルスは非常に有力な生物兵器となるのではないだろうか。

 チュニジア政府は16日、治安部隊の隊員を新型コロナウイルスに感染させる「テロ」を企図したとして、イスラム過激派の構成員とされる男2人を逮捕したと発表した。犯人のうち1人は「新型コロナウイルスを感染させるために故意にせきをするよう命じられていた」と語っており、保健上の隔離措置を採られているという。

 チュニジアのイスラム過激派は「イスラム国」の配下にあり、2015年に博物館などを襲撃し、日本人を含む外国人観光客ら数十人を死亡させる事件などを起こしている。

 イスラム国は2014年にイラクとシリアにまたがる地域を支配し「国家樹立」を宣言したが、その後多くの地域から追い払われ、現在はイラクの山地やシリアの砂漠地域で隠れ住んでいる。だが各国政府が新型コロナウイルスの感染拡大防止に躍起になっている中、混乱に乗じて勢力を盛り返す恐れが高まっている。トランプ米大統領は今年3月、「イスラム国は100%敗北した」と勝利宣言をしたが、米軍幹部は「イスラム国の戦闘員は2~3万人潜伏している」と警戒を強めている。

 イスラム国が新型コロナウイルスの感染者を多数テロリストに仕立て、反転攻勢に出れば、中東地域のパワーバランスは大きく変わってしまうだろう。

 筆者が最も懸念するのは、イラク(OPEC第2位の産油国、日量約480万バレル)でのイスラム国の勢力拡大である。イスラム国の拠点の一つだったイラクは、昨年10月から無政府状態が続いており、直近の原油価格急落で最も大きな打撃を蒙った国の一つである。公衆衛生レベルは悪化の一途を辿っており、イスラム国の新型コロナウイルスを用いたテロ攻撃の最適の地と言っても過言ではない。

 イラクでの治安悪化で原油生産に大きな支障が生ずれば、低迷している原油価格が一気に急騰する可能性がある。そうなれば世界経済にスタグフレーション(不景気の物価高)というさらなるリスクが生じることになる 。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班

2020年4月25日掲載

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