トヨタ・NTT「スマートシティ」資本業務提携に感じる「違和感」

ビジネス Foresight 2020年3月26日掲載

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 新型コロナウイルス感染拡大による東京オリンピック・パラリンピックの延期決定の公表に数時間先だって発表された、トヨタ自動車とNTT(日本電信電話)の資本提携。

 大変革期にあるモビリティと通信の両分野の巨大企業が手を結ぶインパクトのあるものだった。

 だが、スマートシティ構築での協力と言われても、一体、何をするのか、両社がそこからどのような協業の成果をあげるのか、まったく実感が湧かない。

 トヨタの計画する東富士(静岡県裾野市)のスマートシティ「Woven City(ウーブン・シティ)」のイメージ動画は美しいが、巨大企業が組めば成功するはず、という根拠なき楽観だけが漂う印象だった。厳しい表現を使えば、「令和の大艦巨砲主義」だろう。

中国自動車メーカーの経営判断

 いきなりスマートシティと無関係な話に思われるかもしれないが、豊田章男社長の提携に関する明快な説明を聞きながら浮かんだのは、トヨタは新型コロナウイルス対策のためにマスク生産に乗り出す発想はなかったのか、という疑問だった。

 国内では深刻なマスク不足が続き、医療現場は悲鳴をあげ、一般の人たちも毎日、ドラッグストアをはしごして血眼になってマスクを求めている。

 経済産業省は日本企業にマスク生産に乗り出すよう要請し、「マスク生産設備導入支援事業費補助金」も用意した。これまでに11社が名乗りを上げたが、上場企業はシャープのみ。トヨタの名前はそこにはない。

 シャープは、すでに中国でマスク生産に乗り出した台湾の親会社「鴻海精密工業」(ホンハイ)の技術支援を受けるが、トヨタほどの生産技術を持つ企業なら誰の手も借りずに、マスクの量産くらい簡単にできただろう。

 この場面で、マスクのことが頭に浮かんだのは、中国では多数の製造業が新型コロナウイルス感染拡大で需要が急増したマスク生産に急遽、乗り出し、とりわけ大手自動車メーカーがマスクの需給逼迫の解消に大きく貢献したからだ。

 中国三大自動車メーカーの一角「上海汽車集団」傘下の「上汽通用五菱汽車」は、2月6日に生産を開始し、同月末には1日200万枚のマスクを量産するまでになった。

「広州汽車集団」なども参入したが、圧巻は、電気自動車(EV)で米「テスラ」と世界トップを競う「比亜迪汽車(BYD)」。マスク生産の意思決定から1カ月足らずで1日500万枚を生産する体制を整え、今や世界最大のマスク・メーカーに早変わりした。

 もともと製造業は工場の作業者向けに大量のマスクの手当てが必要という事情があり、政府の増産要請、設備投資への補助金があったことも確かだが、国民の健康、安全のために未経験のマスク生産を始めようという企業家精神と迅速な経営判断、たくましい行動力と言っていい。

 マスク生産の設備投資は、決して大きなものではない。中国製なら日産18万枚規模のサージカル(医療用)マスクの量産設備は、1500万円で購入できるという。

 中国では、こうした製造業数百社のマスク生産参入によって、3月上旬にはマスク不足はほぼ解消され、中旬からは「ファーウェイ」、「アリババ」などの中国企業や地方政府が日本の病院、老人ホーム、地方自治体などへ大量のマスクの寄付を開始した。感染拡大当初は日本が中国にマスクを送ったが、今はその数倍の規模で中国が日本にマスクを支援している。

 スマートシティや自動運転車などに比べれば、マスクは些細な商品にすぎない。だが、「神は細部に宿る」――。

 特に、経営の神様は経営者、企業のひとつひとつの行動の積み重ねのうえに結果を出す。社会が困っている真の問題の解決にまったく向き合わず、向き合おうにしても時間ばかりを浪費する企業が世界をリードし、人類に貢献するような新しい何かを成し遂げられるかといえば、答えは明らかだ。

 国民が不安なままマスクを求めて彷徨い、在宅勤務のストレスにさいなまれる日々に、日本を代表する企業2社のトップが満面の笑みを浮かべ、今である必然性のない提携を発表し、社会にどんな意味や貢献があるのか、具体性のない抽象的な未来を語る姿には、大半の国民は違和感を覚えたのではないだろうか。

現実逃避の「試験管のなかの実験」

 さて、本題のスマートシティである。

 両社のコンセプトは、「新しい街づくり」に集中している。

 2020年末に閉鎖を予定しているトヨタの静岡県裾野市「東富士工場」跡地に東京ドーム約15個分相当の175エーカー(約70.8万平米)の「街」を建設し、2000人が住むという「Woven City」は、確かに新しい技術とサービスに満ちあふれ、希望のある計画ではある。それは実験都市として大きな意味があるだろう。

 だが、スマートシティの目的は何かと言えば、更地に新しい都市を莫大な資金を投じて建設することだけではない。

 人口過密で交通は渋滞し、住宅は狭隘、衛生状態は悪く、大気や河川は汚染され、台風がくれば洪水で多数が犠牲になり、犯罪が跋扈し、教育を受けられない多数の子供たちがおり、働きたくても仕事は見つからず、貧富の格差だけがどんどん拡大していく。

 そんな現実の街をいかに限られた予算と人員を用いて、より安全・安心で便利な住みやすい街にするか、貧しい人たちが豊かになる機会をつくるか、ということこそスマートシティの本来の目的であるべきで、そのためにICT(情報通信技術)やモビリティ(移動性)、ファイナンス、環境改善などの技術や知見を投入しようということである。

 世界の80%以上の大都市は多くの問題を抱えており、スマートシティ化による改善を必要としている。それがスマートシティの切実な需要だろう。単に新しい都市を建設し、アッパーミドル以上の高い購買力を持つ人たちに新しい自動車、新しい住宅、新しいエレクトロニクス製品やサービスを売ることだけが、スマートシティの目的ではないはずだ。

 もちろん、何事にも実証や実験は必要だ。そのために新たに都市をつくることも必要かもしれないが、それには時間ばかりがかかり、現実の「今」の問題に向き合って解決することにはならない。現実逃避の「試験管のなかの実験」に終わる可能性がある。

 むしろ、今問題を抱えているアジアの多くの大都市、たとえばジャカルタやマニラ、バンコク、ホーチミン、ヤンゴンなど現実の街で、トヨタとNTTの技術者が汗と泥にまみれて都市の問題解決に取り組む方が、はるかに実りあるICTやモビリティ、サービスの開発、要素技術の獲得につながるだろう。

 そしてスマートシティでもう1つの重要な要素が、雇用の創出である。

 貧困はすべての問題の根本にあり、社会福祉では根源的な解決はできない。いかに雇用を創出するかが肝要なのである。

 その意味で本当のスマートシティとは、企業や人材、資金が集まり、イノベーションを生み出す街であり、それは、美しく機能性の高い道路、二酸化炭素を排出しない新エネ車や自動運転車、犯罪抑止のため監視カメラを張り巡らせた街路を揃えたからといってできるものではない。ビジネスにとって望ましい都市とは、人がネットワークを作りやすく、相互刺激を得られ、新しい知見を獲得できる、きわめて人間的で、場合によっては非合理な要素も盛り込んだ環境なのである。

 巨大企業同士の資本提携は、ややもすれば目的のピントが甘い、具体性に欠けた提携になってしまい、最終的には政策的な株式持ち合いで終わりがちだ。お互いに相手のブランドや技術に寄りかかればいいことがあるだろう、提携目的以外の分野で新規の受注機会になるかもしれない、といった発想や邪心にかられるからだ。

 最先端の技術であればあるほど、複雑で混乱した現実の“泥”のなかに放り込まなければ、磨かれず、真の力はつかない。人や技術を磨くのは、実験都市ではない。

 今であれば、新型コロナウイルス感染の拡大を防ぐためのタクシーや公共交通機関の改良、短期間に実現できる交通システムの改善こそ、泥臭くてもスマートシティの名にふさわしいテーマとなる。

 延期された1年後の東京オリンピック・パラリンピックで、トヨタ・NTT連合が、感染症に強い都市・東京の姿を具体的に世界に示せば、両社の提携発表とオリンピック・パラリンピック延期発表が同日に重なった偶然を必然に変えたことになるだろう。

後藤康浩
亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』ナビゲーター、ラジオ日経『マーケットトレンド』などテレビ、ラジオに出演。講演や執筆活動も行っている。著書に『ネクスト・アジア』『アジア力』『資源・食糧・エネルギーが変える世界』『強い工場』『勝つ工場』などがある。