危機管理のプロが伝授 企業が注意を払うべき新入社員との「4つのギャップ」

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 新型コロナウイルスの影響で、各企業が業績悪化に神経を尖らせるなか、緊張を強いられているのは4月から社会人となる学生も同じだろう。危機管理のプロで、株式会社リスク・ヘッジ代表の田中優介氏は、こうした時にこそ企業は新入社員の置かれた状況や気持ちを理解し、お互いの「ギャップ」に目を向けるべきと唱える。

 新入社員を迎え入れるにあたって、企業側が注意すべきことに4つの「ギャップ」があります。これを知っておかないと「地雷」のように突然、爆発します。

 そのひとつである「モードの違い」というギャップについて、入社直後の対応を例に説明しましょう。新人研修に際して、次のような認識を抱いている企業は少なくありません。それは、「鉄は熱いうちに打て」。そのため、入社早々から新人に厳しい研修を課してしまうわけです。しかし、いまの新入社員は少子化と核家族化が進んだ時代に、大切に育てられ、学生時代には同級生をはじめ生育環境や年齢が近い水平な人間関係しか経験していません。しかも、売り手市場の就職戦線において、それこそ三顧の礼で企業に迎え入れられています。

 にもかかわらず、「今日から君は社会人なのだから甘えは通用しない。早く学生気分を抜くように」と檄を飛ばせば、彼らはどう感じるでしょうか。まるで、憧れの女性を拝み倒して結婚に漕ぎつけた男が、「今日から君は妻なんだ。家事をしっかりやるように」と新妻に命じるようなものです。「祝賀ムード」が冷めやらない新入社員に対して、「教育モード」で厳しく迫れば、突然の手の平返しに不信感を抱かれても仕方がない。その結果、早期に退職されては会社にとっても大きな損失です。

 では、こう伝えてはどうでしょうか。「君たちが仕事を始めると、大小さまざまなトラブルに巻き込まれる可能性がある。だからこそ、君たちの身を守るために危機管理という名の“防具”を授けたいと思っている」。言い方ひとつですが、かなり印象は変わると思います。新入社員も、「この会社は自分を守り育ててくれる存在なんだ」と感じるでしょう。重要なのはお互いの「モード」の違いを理解して、ギャップを埋めていく作業です。

 次に挙げるのは「パーソナリティによるギャップ」。ここで言うパーソナリティとは先天的な気質や人格障害のことではなく、いわば様々な経験から受けた感性への影響のことです。

 同じ言葉を耳にしても、パーソナリティによって捉え方は千差万別。たとえば、こんな事例があります。ある企業に体育会系の部長がいて、彼には部下を怒鳴る癖がありました。ある時、この部長を部下の女性社員がパワハラで人事部に訴えたのです。しかし、人事部のヒアリングに対して、この部長は意外な返答をします。「確かに、怒鳴る癖がないとは言いません。ただ、彼女だけは怒鳴ったことがないんです。気が弱いことを知っていましたから」。そこで改めて彼女に聞き取りをしたところ、部長本人から怒鳴られたことはありませんでした。彼女の弁によれば、亡くなった父親が怒鳴って母親に暴力を振るっていた、と。そのため、「怒鳴っている」部長に亡き父の姿を重ねて強迫観念を抱くようになった。結果、部長の何でもない言葉にも過敏に反応して、パワハラと受け止めてしまったのです。

 この部長に直接的な罪はありません。とはいえ、社内の人間関係を良好に保つには、部下の「パーソナリティ」にも注意を払うべきだと思います。

 続けて、「岸」による見え方のギャップです。ある製品に不具合が生じたとしましょう。この時、立っている「岸」が異なる企業と顧客では見え方も違ってきます。企業側は「一定の割合で製品不良が発生するのは避けられない」と考える一方、顧客側には「有り得ない出来事」と映ってしまう。顧客の「岸」に立てば「無理をして高額を支払ったのに不良品を売りつけるなんて」「大切な相手へのプレゼントが台無しじゃないか」という尤もなクレームもあるわけです。企業にとっては「商品」であっても、顧客にとっては「一世一代の買い物」であったり、「人生を左右する贈り物」かもしれません。

 ベテラン社員ならばともかく、まだ社会経験の少ない新入社員にはこうしたギャップを理解しづらいものです。そのせいで、「上司の指示に従って会社の利益のために動いているのに、なぜ文句を言われるのか」「下請け業者のミスのせいで自分が謝るのは理不尽」などと考えてしまうこともしばしば。もちろん、顧客はそんな事情を知りませんから、クレーム対応に当たる人間が「被害者面」をしたと捉えられたら、トラブルが拡大する危険性もある。「岸」による認識の違いを踏まえて、地雷の場所を正確に把握する。その上で人間関係を構築することは社会人にとって大変重要です。

 最後に「世代間」のギャップを取り上げましょう。

 企業が全社員を対象に慰安旅行を計画することもあると思います。この時、上司の側が「親睦を深めるためにぜひ参加してほしい」と説明したとして、若手はどう考えるか。おそらく、「高級ホテルじゃなくて、温泉旅館なんて……」「土日に宿泊するのに休日手当は出ないのか」といったところでしょう。

 歓送迎会や忘年会についても同じことが言えます。若手から「どうして勤務時間外にまで上司に付き合わないといけないのか」「会社の都合で開くのだから残業代を出してほしい」という苦情が飛び出すことも珍しくありません。上司の世代には「当然」と考えられてきた事柄が、若手には理解されず衝突を起こしてしまう。とはいえ、育ってきた環境が異なる新入社員が、「そんな無駄なことをして意味があるのか」と感じるのは致し方ないこと。彼らの事情を考慮しつつ、「こうすることが君たちにとってプラスに働くのだ」と、意義や必要性を説いていく他ないと思います。

 基本的に、どのような人間関係においても「ギャップ」は常に存在します。社会経験に乏しい新入社員を相手にするのであればなおさらでしょう。上司の側が彼らとのギャップを認識しながら、適切な人間関係をデザインし、丁寧に教え導いていく。そうした姿勢こそが、新入社員が「地雷」を踏むことを未然に防ぎ、同時に、感謝や報恩の大切さに気付くことにもつながります。

田中優介(たなか・ゆうすけ)
1987年、東京生まれ。明治大学法学部卒業後、セイコーウオッチ株式会社を経て、2014年、株式会社リスク・ヘッジ入社。企業の危機管理コンサルティングに従事、現在は同社代表取締役社長。岐阜女子大学特任准教授も務める。著書に『スキャンダル除染請負人』(プレジデント社)、『地雷を踏むな』(新潮新書)。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月14日掲載

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