ホワイトハウスの「練習グリーン」物語 風の向こう側(66)

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 米大統領選の民主党候補者選びが白熱している今だからこそ、妙に気になるのは、果たして彼らはゴルフ好きなのかどうか、ということである。

 米国チームと世界選抜チームの対抗戦「プレジデンツカップ」が創設されたのは、米国の「プレジデンツ」たちがゴルフ好きという背景があればこそだった。米国の歴代大統領がどうしてだか大のゴルフ好きばかりであることは、もはや周知の事実である。

 しかし、あのホワイトハウスに練習グリーンが備えられていることは、知る人ぞ知る話だ。

 歴代大統領の中でも、とりわけ熱狂的なゴルフ好きで知られる共和党のドワイト・アイゼンハワーが大統領を務めていた(1953~61年)当時の新聞記事に、こう記されている。

〈アイゼンハワー大統領は、もうすぐホワイトハウスの南側の小さなグリーンの上でパットの練習ができるようになる〉

 これは、1954年5月、「USGA」(全米ゴルフ協会)がホワイトハウスへ練習グリーンを寄贈したことを報じた当時の『ニューヨーク・タイムズ』の記事の一文だ。

 そしてこの記事には、

〈練習グリーン建設に庶民が納めた税金は一切、使われていません〉

 と、わざわざ断り書きがされていて、思わず苦笑してしまった。

 しかし、同記事をさらに読み進めていくと、

〈大統領はホワイトハウスの芝の上からアイアンやウッドの練習はできても、パット練習はゴルフコースに行くまでできなかった〉

 と記されていて、さらに驚かされた。

 つまり、ホワイトハウスにはショット練習ができる「設備」が以前から備わっていたが、パット練習はできなかったため、そんな「不便」を強いられていた大統領のために、USGAが練習グリーンを寄贈したということになる。

 しかも、それは単なる練習グリーンだというのに、名匠ロバート・トレント・ジョーンズ・シニア(父)がわざわざ設計したものだというから、これまた驚きである。

 ホワイトハウスに創設された史上初の練習グリーン。アイゼンハワー大統領は「我がグリーン」をこよなく愛し、リスなどに芝や土を荒らされそうになるたびにシークレットサービスに「リスを退治しろ!」と命じていたそうだ。

「アイゼンハワー大統領はゴルフばっかりやっている!」

 米国民の間でそんな批判が高まったとき、大統領の主治医は「健康維持のためにはゴルフをすることが望ましい」と言って弁護したという。今の世の中なら、この主治医の発言は「忖度発言」などと批判されてしまいそうだが、やっぱり1950年代後半から60年代にかけての米国は、「古き良き時代」だったのだろう。

「移設」後にまた「復活」

 その後、この練習グリーンは、ジョン・F・ケネディ大統領(民主党)らに引き継がれ、愛されていたが、1970年代序盤に就任したリチャード・ニクソン大統領(共和党)によって別の場所へ「移設」され、以後、ホワイトハウスの練習グリーンは実質的には消滅してしまっていた。

 それを1991年に復活させたのは、共和党のジョージ・H・W・ブッシュ(父)大統領。移設先から練習グリーンを再び運び込んだのだが、世間の目をはばかり、テニスコートの裏の大木の陰に据えて、ひっそりとパターを握っていたという。

 それを、今度はみんなから見える「陽の当たる場所」に移したのは、民主党のビル・クリントン大統領だ。1995年、ホワイトハウスのあの白い円筒形の建物から歩いて数分の現在の位置へ練習グリーンを移す際、クリントン大統領はこちらも父とともに名匠の誉れを得ていたロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニアに「再設計」を依頼し、1500スクエアフィート、ベント芝の立派な練習グリーンに仕上げた。

 クリントン以後も、そこでパット練習に勤しんできたのは、ジョージ・W・ブッシュ(子)、バラク・オバマ、そしてドナルド・トランプといった大統領たち。それほど恵まれた練習環境にあるのだから、近年の大統領たちは、さぞかしパットが上手いはずである。

大統領の命令を拒否

 それにしても、米国の歴代大統領たちのゴルフへの熱意は驚異的だ。

『ワシントン・タイムズ』の調べによれば、大統領在任中のラウンド数で最多はウッドロー・ウィルソン大統領(民主党、1913~21年)の1200ラウンドだそうだが、それは1910年代の話ゆえ、現代とはあらゆる事情が異なっていたはずで、おそらく当時は大統領にも時間的余裕があったのだろう。

 その次にラウンド数が多かったのは、アイゼンハワー大統領の800ラウンド。

 アイゼンハワー大統領と聞いてゴルフ好きの誰もが思い浮かべるのは、「アイゼンハワー・ツリー」であろう。

「マスターズ」の舞台「オーガスタ・ナショナルGC」の17番のフェアウェイ左側にそびえていたオークツリーは、アイゼンハワー大統領がティーショットを打つたびに行方を阻む邪魔な存在だった。悔しさのあまり大統領は「この木を切れ」と要求したが、オーガスタ・ナショナルが忖度することなく毅然と要望を突っぱねた話はあまりにも有名。

「アイゼンハワー・ツリー」と呼ばれるようになったこの大木は、以後、大統領のみならず、クラブメンバーたちやマスターズで戦った大勢の一流選手たちを惑わせ、数々の歴史が刻まれてきた。

 しかし、長い歳月が流れる中で老朽化し、嵐にも耐え忍んできたこの木は、2014年2月、惜しまれながら撤去され、大きなニュースとして報じられた。

 こうして「アイゼンハワー・ツリー」は消滅してしまったが、彼の時代に生まれたホワイトハウスの練習グリーンは、いまなお健在なわけである。

 話を在任中のラウンド数に戻すと、歴代で3番目に多いのはオバマ大統領で、300ラウンドまわっている。

 だが、この記録も、まだ1期4年が満了していないものの、そろそろ現職のトランプ大統領が抜いているのではないかと推測されている。

「バイデン」「サンダース」は?

 トランプ大統領のゴルフ熱狂ぶりについては、以前、この連載でも何度か紹介させてもらったが、改めてざっと振り帰ってみよう。

 まだ大統領でも政治家でもなく、単なる不動産王として名を馳せていた時代から、トランプはゴルフに目がなく、米ツアーのプロアマ戦などにたびたび顔を出していた。そして、財力に任せ、世界中の名コースを次々に買収していった。

 当時のトランプの夢は、「自分が所有するゴルフコースで男子のメジャー大会を開催すること」だった。そして、その夢は2020年、そう今年の「全英オープン」で叶うだろうとされていた。

 今年の全英オープンはスコットランドの「ターンベリー」が舞台。トランプは2014年に同コースを買収して「トランプ・ターンベリー」に変えていた。

 しかし、大統領選に出馬したころからの度重なる人種差別的、あるいは女性蔑視的な問題発言を重く見たゴルフ界の世界的総本山「R&A」が「トランプのコースで全英オープンはやらない」として、ターンベリーをローテーションから外した。

 同様に米「PGA」ツアーも「トランプ・ナショナル・ドラル・マイアミ」で開催されていた「キャデラック選手権」を「メキシコ選手権」に変えるなどして、トランプは世界のゴルフ界から疎外されていった。

 しかし、大統領に就任してからは、トランプ自身がビジネスマンとしてゴルフ界に絡んではいないことも手伝って、トランプとゴルフ界の関係性はすっかり改善されている。

 日本の安倍晋三首相とのゴルフ外交が最初は米国側で、2度目3度目は日本側で賑やかに繰り広げられたことは、みなさんの記憶に新しいことと思う。

 そんなことを思い出しながら、今、民主党の候補者たちを眺めてみると、そういえば前副大統領のジョー・バイデンはホワイトハウスの練習グリーンでオバマ大統領とパット練習に励んだに違いないとか、もう1人の有力候補者バーニー・サンダースはゴルフが好きなのだろうかなどと、ついつい「ゴルフ」のアングルから探りたくなる。

 次期大統領が民主党から出るのか、それとも共和党のトランプ大統領が再選されるのかは、これからの展開次第だが、いずれにしても、ホワイトハウスの練習グリーンは大切に管理・維持してほしいと願っている。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年3月12日掲載

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