『水道崩壊』世界の「いま」日本の「これから」(8・了)水道管「可視化」が変える社会構造 『水道崩壊』世界の「いま」日本の「これから」

国内 政治 Foresight 2020年2月22日掲載

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 かつて共同創業したヒト型ロボットベンチャーをシリコンバレーの巨人「Google」にM&A(合併・買収)で売却したときにも、僕は交渉の最前線に立った。1日4時間の睡眠時間で4カ月間休みなく交渉し、最終的に望むべき交渉成果を手にしたのだった。

 M&Aなどの交渉の世界では、実際の価値よりも、買い手にとっては安く、売り手にとっては高く、ということがまま起こる。そんな時に交渉のプロが自らのテコとして使うのが、「情報の非対称性」の現象だ。売り手と買い手それぞれの情報のズレが、「価値判断のズレ」に繋がると、取引価格が大きく揺さぶられるのだ。

 売り手はできる限り、取引価格の引き下げに繋がる情報を開示しない。買い手の買収監査(デューデリジェンスと呼ばれる)に対しても時間を制限し、不利な情報が発見されぬよう、悪い意味で最善を尽くす。

 たとえばある家(土地・建物)を買ったら、地下に爆弾が埋まっていれば、買い手は、いつその家が吹き飛ぶかというリスクを抱えた状態で住むことになる。

 買い手は買い手で、現時点で売り手が気づいていない本質的な、ないしは長期的な価値について、無知な売り手が現時点で求める価格(つまり割安な価格)で早期に取引をまとめようとする。

 僕もビジネスマンとして、こうした悪意あるゲームが積極的に展開されるのをこの目で見てきた。法律的には違反しておらず、道徳的に悪意があったとしても、残念ながらどんな場合も時間を巻き戻すことは叶わなかった。

 こうした現象は、騙し騙されの経済ゲームを是とすれば、また競争で範囲の拡大が見込めるとされる資本主義経済を是とすれば、  ある意味では消極的に看過されるべきものであるかもしれない。

 しかし、国家や地方行政の運営にそれを当てはめていいのだろうか。

水道料金の使われ方に目を光らせる利点

 国家や地方自治体を「行政サービス」の売り手、また国民・市民を「行政サービス」の買い手とみなした際、この両者の間には、経済ゲームとは違った関係があるべきだ。

 けれど実際には、この「情報の非対称性」が利用されているケースが多い。

 行政運営に関する各種活動のベースには地方自治法や地方公営企業法があるが、これだけを根拠にしていては、本当に必要な情報が手に入らない。

「知る権利」すなわち情報の監査(デューデリジェンス)権を行政サービスの「買い手」として行使したくとも、肝心な「売り手」が法律ギリギリのところで「そんな資料はない(破棄してしまった)」と言い張れば、行政サービスの価値を正確に捕捉するのは無理だ。

 意図的にシュレッダーにかけたとしても、「資料」は存在している。担当者はその事実を知りながらも隠せると判断し、情報を物理的に引っ張り出せない国民・市民の立ち位置を逆手に取って、できるだけ「行政サービス」を高く売ろうとする。

 現政権における「桜を見る会」の例をあげずとも、類似の例、ともすれば「雰囲気」に気づいた国民・市民は多いことだろう。

 水道事業の経済と技術を行き来してきた人間として、本連載ではこれまでその問題点(漏水が頻発しても、水道配管自体の現状把握が追いついていないこと)とその特徴(他社との競争なき行政サービスとしての独占性。設備集約型産業)、公営と民営の比較、各国(日本、アメリカ、イギリス)についての比較を行ってきた。日本で水道のことが話題になる際に、得てして見落としがちになる側面で見ようとしてきたつもりだ。

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 設備集約型産業である水道事業を適切かつ効率的に運営していくためには、適切な資産管理を行わなければならず、その中心となるのは、水道配管の状態(余寿命)に関する適切な監査だ。その結果は、ある意味で、水道料金を支払い続ける国民・市民の「知る権利」の範疇に置かれるべきものだ。

 その上で、国民・市民はその権利を行使しながら、水道料金がどのように使われているのかについて目を光らせるべきなのだ。何しろ、2人以上の1世帯で月額平均5000円以上を支払っているのだ。

 情報の非対称性を利用した歪んだ市場でさや抜き行為を行うことを、ファイナンスの世界では「アービトラージを取る」と呼ぶ。

 売り手と買い手が交換する価値(モノやサービス)の間に、何らかの歪み、隙間(ポケット)が現れれば、そこには「強欲」が入り込む余地が生まれる。

 行政サービスに「談合」や「癒着」といった行為が行われる隙間が生まれることは、歴史が証明している。最近では、東京都水道局OBが関連業者に対して金品と引き換えに内部情報をリークした事件が記憶に新しい。残念ながら、世界も同じだ  。

水道の「不都合な真実」を知る

 日本の水道関連資産は約40兆円にも上る。

 このうち、28兆円程度が水道配管の資産だ。そうした事実、情報を知るのは当然の権利だ。

 手前味噌だが、僕の会社「フラクタ」が開発した上水道配管の状態監視ソフトウェアは、サンフランシスコ市やオークランド市のほか、アメリカの主要な都市に導入されつつある。

 それらの都市にある水道会社は、土壌や天候などのデータから導かれる水道配管の漏水リスクを知るソフトウェア、ひいては水道配管の余寿命を推定できるソフトウェアを使って、数カ月先、また来年の水道配管更新投資の計画を立てる。人間が推定するよりもコンピューターが予測する方が精度が高いため、同じ金額を使って配管を更新したとしても、漏水が減る。

 そして、翌年になり、その年に起こった漏水事故のデータをソフトウェアに組み入れることによって、さらに予測精度が上がるということを経験している。

 現時点で、世界中の水道会社が行っている上水道配管の状態監視方法と比較してもはるかに優れた精度で、地中に埋まる水道配管の状態を推定できるのだ。

 結果、劣化の程度を推し量った上での漏水リスクと、それ込みの水道配管の資産価値がわかる。

 そして、土壌や天候などの環境情報をもとに、AI(人工知能)を駆使したソフトウェアを使うことで、水道配管の資産価値に関する透明化、可視化を実現しつつある。

 このように、テクノロジーは、これまで見えなかったものをたちどころに可視化してしまうのだ。

 ただし、それは都合の悪い真実を明るみに出してしまうことも意味する。

 たとえば、イギリスのロンドン市街では高性能のサーベイランス・カメラ(監視カメラ)がいたるところに設置され、撮影された動画データが、AIを利用した顔認識ソフトウェアによって高度に解析され、犯人を特定することが可能になった。DNA鑑定やドライブレコーダーが果たした役割も同様だ。

 テクノロジーは、より透明度の高い客観的事実をもたらす。

 情報の透明化、可視化によってもたらされるもの、それは修辞の巧みさではなく、本質的価値が認められる可能性が高い社会だとも言える。

 新しいテクノロジーは、「知る権利」を行使しても決して知ることができなかった事実を明らかにする力がある。国家や地方自治体から、国民・市民にパワーバランスを引き戻し、国民・市民を「消極的受益者」から、「積極的評価者」にする力を持っているのだ。

 ちなみに、経済産業省でも、「ガバナンス・イノベーション」なる概念(上記のように、テクノロジーなどを使って、国民・市民が国家や地方行政を監視するための立ち位置を抜本的に変えること)を検討しているようだが、何をやりたいかを表明しても、実現のための方法論がなければ、それは絵に描いた餅で終わってしまう。

 少なくとも水道行政では、「フラクタ」の技術はこうしたガバナンス・イノベーション実現の大きな方法論となるはずだ。

可視化技術の計り知れないインパクト

 この、コンピューターの能力を使った可視化技術が水道産業に与えるインパクトは計りしれない。

 現在、上水道配管として主流となっている「ダクタイル鋳鉄管」、また「PVC(Polyvinyl Chlorideの略)」と呼ばれるプラスチック配管は、日米双方で熾烈な市場シェア争いを繰り広げているところだが、僕たちのようなソフトウェア企業がこうした配管の特性、(ある条件下での)寿命をシミュレートできるようになってしまうと、かなり明確に「この環境ではこちらの管種のほうが性能が良い」と言い切れてしまう(性能とは、同条件下における推定寿命の長さと言い換えられるだろう)。

 すると、この情報自体が、ある製品群、果てはそれを主力商品とする企業群の存亡にも影響を与えてしまうのだ。

 各種の商品マーケティング、またロビー活動が功を奏する前提、すなわち、「こちらの管種が良いと思われる」という言葉の「思われる」という部分が、白黒はっきりしてしまう影響は甚大だ。

 とは言え、こうした破壊的インパクトは、広く歓迎されるべきだ。水道料金がより効率的に使われることを確認できるのだから。

水道産業にブレーキをする仕組み

 水道産業の構造の中で、もう1点指摘しておきたいことがある。それは、日本というよりもアメリカにおいて顕著で、水道産業全体のイノベーションの取り込みスピードを遅らせるシステムが随所にあることだ。

 まず、競争入札手続きを経ないとモノやサービスの購入ができない(意思決定プロセスが民間企業への製品・サービス販売と比較して極端に長いこと)。

 さらに、「Sole Source Opinion」(競争相手が見つからないような新商品に対して、特別なラベルをつけて、競争入札を回避しながら購買に進むプロセスのこと)の利用が限定的で、しかも現場の管理者がその権限で購入を決定できる金額にも限界がある。

 これは、前回述べた設備集約型産業としての特性から、そもそもコモディティとしての製品・サービスしか期待しない市場で存続してきた時期が長かったためだろう。

 たとえば、教育だ。

 実際に渡米し、アメリカ流の優れた教育の内訳を私もまざまざと見せつけられている。

「良い学校」と呼ばれるところでは、教員の給与水準が日本と比較して比べものにならないほど高い。教師の質への投資が回収されていくのだ。このサイクルシステムを水道でもつくるべきだろう。

 今年から「フラクタ」は日本市場に参入する。

 神奈川県営水道、神奈川県川崎市、兵庫県神戸市の水道局の上水道管路を対象に、実証実験を行い、アメリカで培ったアルゴリズムが日本でも適用できることを確認した上で、日本の水道局の資産管理のあり方に一石を投じるつもりだ。

 なにが自分たちの水道に必要なのか、見極めたうえで、国民・市民も意見すべきだと思う。

 コンピューター、とりわけAIテクノロジーは、水道産業のみならず、これまで地味であまり工夫のしようがないと言われてきたインフラ産業に革命をもたらすだろう。同時に、これまでたかをくくってきたお金の使い方についても、それが可視化されてしまう時代がやってくる。パンドラの箱が開くのかもしれない。

おしまいに

 さて、この連載も最終回となった。

 短いエッセンスを書かせていただいたが、まだまだやるべきことは山積みだ。

 来年度のうちには、書籍化も考えているので、ぜひ楽しみにお待ちいただきたい。

 ありがとうございました!

加藤崇
早稲田大学理工学部(応用物理学科)卒業。元スタンフォード大学客員研究員。東京三菱銀行を経て、ヒト型ロボットベンチャー「SCHAFT」の共同創業者(兼取締役CFO)。2013年、同社を米国Google本社に売却し、世界の注目を集めた。2015年、人工知能により水道配管の更新投資を最適化するソフトウェア開発会社「Fracta」を米国シリコンバレーで創業し、CEOに就任。著書に『未来を切り拓くための5ステップ』(新潮社:2014年)、『無敵の仕事術』(文春新書:2016年)、『クレイジーで行こう!』(日経BP:2019年)がある。2019年2月には『日経ビジネス』「世界を動かす日本人50」に、2019年4月には、『Newsweek日本版』「世界で尊敬される日本人100」に選出された。カリフォルニア州メンローパーク在住。