習近平「経済政策」は「計画経済への逆戻り」か

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 中国政府の公式統計によると、中国経済は6%台の成長を続けているといわれている。

 しかし、裾野のもっとも広い自動車産業を例にとっても、2018年はマイナス2.8%(実績)、 2019年はマイナス10%に落ち込む見込みである。中国国内の専門家は、2020年、自動車産業はさらにマイナス6%の成長になるとみている。 3年連続のマイナス成長となる公算が高くなり、自動車産業は計1000万台分の過剰設備を抱えている計算になる。

 北京で企業経営者にインタビューしたが、製造業もサービス業も、業績が前年割れの企業が増えているようである。

 この現実を踏まえれば、中国経済は、政府の公式統計が示す6%台の成長を続けていることの、経済学的論理が成り立たないのである。

 中国の自動車産業の内実は輸出が少なく、主に国内市場向けだ。自動車の生産販売台数が大きく落ち込んでいることから、自動車メーカーおよび部品メーカーはコスト削減と余剰人員の削減を余儀なくされている。

 個別企業の経営合理化努力は、各々の企業にとって生き残るために必要な措置だが、マクロ的にみた場合、経済成長率を大きく押し下げる効果がある。

 名目賃金が下がる一方、豚肉など食品価格が上昇している。その結果、実質賃金が大きく下落している。また雇用情勢が悪化しているため、家計の購買力は大きく縮小している。

 そもそも、中国経済の成長モデルは「外向型」だとされている。「外向型」とは、輸出依存と外資依存を意味するが、米中貿易戦争の長期化は、この「外向型」発展モデルを無力化させている。今後は内需依存の経済発展モデルに切り替えていく必要があるが、実際にモデルチェンジするには相当の時間がかかるだろう。

 さらに、不動産バブルが中国経済に重くのしかかっている。日本がそうであったように、不動産バブルが崩壊すると、中国経済は日本の“失われた20年”と同じ轍を踏む可能性が高い。中国にとってはバブルを崩壊させず、当面はこのままキープして、時間をかけて徐々に解消していくことがベストだろうが、実際に政策を実施するのは至難の業となる。

 振り返れば数年前まで、中国経済は順調に成長していた。とくに、2008年の北京五輪と2010年の上海万博のとき、インフラ整備の公共工事に加え、都市再開発にともなう不動産投資ブームも景気を大きく押し上げた。

 むろん、中国はいつまでも世界の工場としての役割を果たしていくことはできない。1人当たりGDP(国内総生産)が拡大するにつれ、中国はいずれ世界の市場になると期待されている。習近平政権が誕生したのは2013年3月だが、それから中国経済をけん引するエンジンの歯車は急に狂いはじめた。

外需頼りの粗放型成長

 ここで、中国経済の変化を少し詳しくみておこう。

 経済発展に比例して勤労者の名目賃金が上方修正される構造になっているため、廉価な労働力を頼りに安い製品と商品を大量に生産・輸出する「外向型」発展モデルは、そもそも持続不可能である。かつての日本、韓国、台湾の例をみればわかるように、経済発展とともに、経済構造と産業構造は徐々に高度化、すなわち、高付加価値化していくことになる。

 多くの中国企業はイノベーションに積極的に取り組む代わりに、廉価な製品の製造に終始している。なぜならば、技術開発に取り組む場合、多額の資本を投入する必要があり、企業にとり大きな負担になるからだ。そのうえ、新しく開発された技術が商品化できる保証はない。なによりも中国では、特許などの知的財産権が法的に十分に保護されていないため、企業は研究・開発について積極的ではないのである。

 自動車産業を例にとれば、中国市場では6万~8万元以下(100万円前後)の車が多く売れるため、民族系メーカーは安い車種の生産を徹底し、ハイスペックの車の生産台数は少ない。その結果、技術レベルの向上は大きく立ち遅れている。

 こういう現象は、自動車産業に限らず、通信や半導体などのハイテク産業についても同じように観察される。たとえば、5G(第5世代移動通信システム)を得意とする「ファーウェイ」でも、携帯端末の生産販売で大半の売り上げを稼いでいる。最近、創業者の任正非CEO(最高経営責任者)は外国記者のインタビューに対して、「ファーウェイの特許申請の件数が多いが、人類に対するオリジナル技術の貢献は皆無に近い」と述べた。要するに、ファーウェイの特許のほとんどはオリジナルのものではないということである。

 1990年代の後半、朱鎔基首相(当時)は「粗放型」成長方式から「集約型」成長方式への切り替えが必要であると繰り返し強調した。粗放型成長とは資源を大量に消費して低付加価値の製品と商品を大量に作ることで、集約型成長とは経済効率の高い経済成長のことだ。それから20年以上経過したが、中国経済はいまだに集約型成長を実現していない。

 胡錦濤政権(2003~12年)は粗放型成長が持続不可能と自覚して、「科学的発展観」を提唱した。科学的発展観の問題意識は正しいが、それから10年以上経過しても、中国の産業構造はいまだに科学的になっていない。

 さまざまな構造問題を受け継いだ習近平政権だが、どのような経済成長を目指すかについて明確な理念を示していない。ただ目下、習近平政権は国家主導の経済成長を目指しているようだ。経済の自由化は市場メカニズム、すなわち見えざる手による資源配分を頼りに経済成長を目指すものだが、習近平政権は、政府の見える手によって資源配分を行っている。

5%成長に落ち込む可能性

 大手EC(電子商取引)「アリババ」グループの創業者馬雲(ジャック・マー)は、ビッグデータとAI(人口知能)の時代において、かつて失敗に終わった計画経済が成功する可能性がある、と習政権に迎合する発言をしている。

 計画経済が失敗した理由の1つは、政府が情報の非対称性を克服することができなかったことにある、といわれている。しかし、政府がありとあらゆる情報を手に入れ、効率的な資源配分を行うことができるのだろうか。その保証はどこにもない。

 馬雲にとって「アリババ」は自らが創業した企業だからこそ、最善の資源配分を行おうとした。政府による資源配分の場合、政府の役人では最適な資源配分を行うインセンティブが強く働かないはずである。

 一方、習政権はビッグデータとAIの技術を駆使して、経済統制を強化している。果たして統制された経済は持続的に成長していけるのだろうか。

 習政権の目指す経済成長のもう1つの特徴は、国有企業を優遇するものである。習主席の言葉を援用すれば、「国有企業をより大きくより強くしていく」ということである。

 しかし、40年前に始まった「改革・開放」政策は国有企業を徐々に小さくして奇跡的な成長を実現した。40年後の今、国有企業を大きく強くすることは「改革・開放」を逆戻りさせるやり方といわざるを得ない。

 こうしたなかで、米中対立は予想以上に長期化する様相を呈している。そのうえ、香港の抗議デモも出口が見えてこない。まさに内憂外患の中国情勢を考えれば、習近平政権は計画経済への逆戻りではなく、自由化とグローバル化へ針路変更を求められている。来る2020年、習近平政権は自由化とグローバル化へ針路変更できれば、中国経済はさらに成長していくと思われるが、さもなければ、中国経済は5%成長に落ち込むことになるだろう。習主席の大英断が求められている。

柯隆
公益財団法人東京財団政策研究所主席研究員、静岡県立大学グローバル地域センター特任教授、株式会社富士通総研経済研究所客員研究員。1963年、中国南京市生まれ。88年留学のため来日し、92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院修士取得(経済学)。同年 長銀総合研究所国際調査部研究員、98年富士通総研経済研究所主任研究員、2006年富士通総研経済研究所主席研究員を経て、2018年より現職。主な著書に『中国「強国復権」の条件:「一帯一路」の大望とリスク』(慶応大学出版会、2018年)、『爆買いと反日、中国人の行動原理』(時事通信出版、2015年)、『チャイナクライシスへの警鐘』(日本実業出版社、2010年)、『中国の不良債権問題』(日本経済出版社、2007年)などがある。

Foresight 2019年12月17日掲載

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