日本の理系(エンジニア)は文系(コンサルタント)に搾取されている

社会 2019年10月11日掲載

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 ITテクノロジーへの適応が官民挙げて叫ばれるなか、エンジニアという職業はなぜか日本では人気がいまひとつだ。人気企業ランキングでは理系でもコンサルティングファームが上位を占めるのはなぜなのか、東京大学最年少の准教授で、『AI救国論』の著者であるテクノロジストの大澤昇平氏に聞いてみた。

「IT業界に多少くわしい方なら、『IT土方』という言葉を聞いたことがあると思います。要するに、口を動かす文系コンサルタントが立場も報酬も上で、実際に手を動かしてITシステムを構築する理系エンジニアが、単純労働者のような立場に置かれる状況を指しています。なぜ、こうした状況が生まれるのでしょうか。

 ここには、発注側のIT音痴という問題があります。

 日本では、ユーザーとなる会社は、NECやNTTなどシステムインテグレーターに、自社のITシステム開発を『丸投げ』します。ユーザー側にITテクノロジーをきちんと理解できる管理職がほとんどいないため、ユーザーとの折衝やプロジェクト管理にあたるコンサルタントにお金が集中します。その結果、タイトな日程をクリアしながら作業にあたるエンジニアの多くが、取り換えのきくコモディティ(専門性の低い商品)化してしまうわけです。

 アメリカにもシステムインテグレーターはありますが、日本のような『丸投げ』はまず見られません。ユーザー側にもテクノロジーを理解してビジネス活用できる管理職がいて、システムインテグレーターに外注するのは必要なパッケージに限定して、細かいカスタマイズは社内で内製化することが多いからです。

 もともと年功序列でなく、雇用流動性の高いアメリカでは、日本のように新卒採用から叩き上げるより、優秀なエンジニアを外部から高給で抱えこもうとします。そのため、エンジニアの75%がユーザー企業やプラットフォーマーに分布しているのに対して、日本では75%がシステムインテグレーターに所属するという逆の構造になっています」

 本来、エンジニアが存在しなければどんなシステムも構築できない。しかし、エンジニアのほとんどは取引先へのプレゼン、セールスが上手いわけではない(むしろ苦手だ)。言い方は悪いが、口の上手い文系コンサルタントに頼らないと仕事が得られないというのが実情だ。そのため、結果的に社内でも文系の方が立場が上になる構図になっている、というのが大澤さんの分析である。

 しかし、これでは人材が海外に流出するリスクが高まってしまう。

「現在、日本の若きテクノロジストがより高い報酬を求めるなら、ボストンコンサルティンググループやIBMなど大手コンサルファームで経験を積んで自らシステムインテグレーターを創業するか、米GAFAや中国BATはじめ外資に流出するか、ほぼ2択に限られます。

 技術大国と呼ばれた日本が、エンジニアにとってディストピア化している最大の原因は、日本の教育にあります。

 東大卒であっても英語は読めても話せない、自由に英語を使える若手エンジニアとなると、全体の1%にも満たない――これでは起業がうまくいって一時的に国内を制しても、その後は言語の壁を越えられず、やがて海外大手に規模の経済で敗北してしまいます。30年以上にわたって続く、日本勢の『タイムマシン敗北』です。

 対GAFAで見ても、ヤフーがグーグルに、ガラケーがアップル (iPhone) に、ミクシィがフェイスブックに、楽天がアマゾンに駆逐されたことからも明らかなように、米国GAFAや中国BATという2強プラットフォーマー群から見たら、日本はそもそも市場として相手にされていないのです。

 グローバル資本主義の時代にあって、労働力が国境を越えて最高待遇の企業へ流れるのは当然で、日本も例外ではありません。すでに日本の優秀なエンジニアたちが、好待遇を求めてアメリカや中国の外資企業に流出しています」

 聞くほどに絶望的になりそうな話だが、見方を変えればまだ希望もあるという。

「日本のIT市場は軒並み絶望的かというと、そうでもありません。先述のように、政府から金融や製造業まで、あらゆる組織で慢性的にテクノロジストが不足しているため、ITシステム関連のバリューチェーンがシステムインテグレーターに集中しています。

 つまり、日本は『プラットフォーマー後進国』ではあっても、独自に進化を遂げた『システムインテグレーター先進国』という見方ができます。

 実際に、特に、ここ数年は日本でAI技術を中核とするシステムインテグレーターが順調に業績を伸ばしています。例えば私がいた東大松尾豊研究室から生まれたAI系システムインテグレーター、PKSHA Technologyは2017年の上場後、一気に時価総額を伸ばし、2018年にはピークの2千億円に達しました。

 AI系システムインテグレーターの市場規模が急拡大している理由の一つは、政府がAIによる生産性向上に多額の予算を計上していること。二つ目は、ITシステムへの理解が進み、AIという未来への投資が増えていること。三つ目は、製造業のファクトリーオートメーション、自動運転、医療分野の画像診断など、深層学習によって新たな市場が続々と創出されていることが挙げられます」

 もちろん、これは楽観的な見通しであって、最初に述べたような「IT土方」的な状況が続くのは日本の経済にとっても健全ではない。

「残念ながら現状では、日本のエンジニアはいくら技術を磨いてもそのスキルを正当に評価されず、AIコンサルティング企業に飼い殺しにされ、低い賃金で働かざるを得なくなります。事実、年功序列が適用される国内では20代エンジニアの平均年収400万円程度に対して、外資ではゆうに1千万円を超えます。

 ディープラーニングのような高い専門性を備えたエンジニアになると、数千万円もの年俸をもらう人もいて、『エンジニア=勝ち組』といわれる中国では他業種の年収の約7倍、インドでは約9倍ですから開発へのモチベーションがまるで違います。

 ところが日本では依然として、コンサルタントがエンジニアより資金獲得力を持っていて、それが立場と報酬の差にはっきり表れています。つまり、コンサルタントによるエンジニア搾取という構図は、もとをただせば文系と理系の代理戦争でもあるのです。これは根の深い問題ですが、打開策はあると私は思います。『AI救国論』では、教育システムから思考法まで、なるべく具体的に提示しています」

デイリー新潮編集部