台風15号で大活躍の「ブルーシート」 最初はオレンジ色でブルーに変えた特別な事情

企業・業界 2019年9月25日掲載

  • ブックマーク

 台風15号による被害は、千葉県を中心にまだまだ治まりそうにない。電気、水道はようやく復旧の見通しが立ってきたが、破壊された家屋にまでは業者の手が回らない。吹き飛ばされた屋根には、いわゆる“ブルーシート”が張られているが、これもまた、国からの支給品では薄すぎて雨漏りがするといった問題が生じている。

 ブルーシートに薄い、厚いがあったなんて……。いまや全国各地、地震や台風、ゲリラ豪雨による災害が頻発する日本で、なくてはならない存在となったブルーシート。ところで、これっていつからあるの? そもそも素材は? 難問は尽きない。

 ***

 そこでブルーシートの国内トップ企業、岡山県倉敷市に本社を構える萩原(はぎはら)工業に話を聞いた。

――ブルーシートって何を原料に出来ているんですか?

萩原工業:ポリエチレンの合成樹脂です。分かりやすく言いますと、それを切って、伸ばして、巻いて、織るとシートになるわけです。まず樹脂を溶かしてフィルム状にし、短冊型に細長く切ります。そのままでは引っ張るだけで切れてしまうほど弱いものですが、熱板とロールを使って伸ばすことで分子が揃い、強度が増して、細くて強い平たい糸となります。これが弊社の開発した「フラットヤーン」です。完成した糸を1本ずつ巻き取り、織物にすると、白いシートが出来ます。それを青くコーティング(防水加工)することでブルーシートになります。

――萩原工業がブルーシートを開発することになったきっかけは?

萩原工業:そもそも弊社の親会社は、1892年に創業した畳表やゴザを扱う会社でした。その技術を元に花ゴザの縦糸をポリエチレンで代替するため、1962年に分社化したのが始まりです。その後、それまで綿で織られた帆布を使っていたトラックの幌を、軽くて低コストのポリエチレン織布に防水加工を施すことで代用できないかと取り組んだ結果、これが後々のブルーシートになります。2年後の64年、先ほどの「フラットヤーン」の開発に成功するのですが、幌を作って長距離試験を行った結果、風圧とはためきで破れてしまいました。結局、幌は諦めました。ただその間に、このシートの様々な利用価値に気付き、翌65年に「万能シート」を発売しました。

――いわゆるブルーシートの原型である。しかし、色はブルーではなかった?

萩原工業:私どもは当時、日通さんの輸送トラックの幌を作ろうと考えていたので、日通さんに合わせたオレンジ色のコーティング剤でシートを作っていました。それで「万能シート」もオレンジだったんです。ですから、当時は“オレンジシート”とも呼ばれていたようですね。

――それがなぜブルーに?

萩原工業:オレンジ色のコーティング剤に重金属(カドミウム)が含まれていると問題になったのです。もちろん、そんなものは初めから使用していませんが、噂が広まるとどうしようもない。それで業界団体で話し合いを持ち、青色に変えることを決定したのが74年でした。清々しい色ということもあったのでしょうが、最大の理由は、当時、バケツやホースなど、青色が多く使用されており、安価になっていた。さらに耐候性も優れていたからと聞きます。もっとも、青色が定着するのに3年ほどかかったようです。

次ページ:輸入品に押されるブルーシート

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]