急逝した瀧本哲史さんが遺した「2030年を生きる人たちへのメッセージ」

ビジネス 2019年8月16日掲載

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 京都大学客員准教授で、『僕は君たちに武器を配りたい』などのベストセラーで知られる瀧本哲史さんが亡くなった。年齢非公表とはいえ、早すぎる死は衝撃を持って受け止められている。

 瀧本さんの一連の著作や言論活動は、若い人たちに向けてのメッセージという性格があった。これからを生きる「君たち」に語りかける、それらの言葉は、ファンにとって一種の生きる指針ともなっていたようだ。

 追悼の意味を込めて、2015年発行の著書『戦略がすべて』から、変化を担う若い世代に向けて書かれた項を全文採録してみよう(以下、『戦略がすべて』の「8.二束三文の人材とならない――2030年の方程式」より)

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 未来予測は難しい。ビジネスの世界一つとっても、たしかに言えるのはほんの十数年後には、ビジネスモデル・技術面が劇的に変化しているだろうということだけだ。たとえば今から15年後の2030年、日本は、世界はどうなっているだろう。

 2030年がどれくらい先のことなのかを理解するには、今から15年前の頃を思い返してみると、その時間的な距離感がつかめるのではないか。その頃と言えば、インターネットバブルの前夜か、あるいはその入り口にあった時期だろう。

 私自身の経験を言えば、1998年(iモードもまだない)、コンサルの仕事で業界研究を行った際、「無線LANは伸びない」と予想した。ところが、その後の情報量の増え方があまりにも激しく、光ファイバー+無線LANが普及していった。

 今、SFのように語られているアイディアも、2030年には現実になっているかもしれない。ビジネスモデルにしても、テクノロジーにしても、15年もあれば相当の変化が起こりうるのだ。

 そしてその過程においては、テクノロジーが人間の仕事に置き換わっていく、新しい仕組みを考えた企業が古い大企業に置き換わっていくといったことが、頻繁に起こるはずだ。

「社内」というマーケットに評価されておく

 私は、2030年の日本において、リンダ・グラットンが『ワーク・シフト』で提唱したような「自由な働き方」が大きく広がっているとは思わない。たいていの人にとって、企業を離れて個人で働くというのは零細な個人事業主になるようなものであり、とりわけグローバル資本主義の下では労働がコモディティ化し、買い叩かれるリスクが増すだけだろう。

 だからこそ、不確実で厳しい未来においては、「自分の労働をコモディティ化させないこと」が重要になる。

 企業で働く人は、まず、「自分がいる会社を時代の変化に即して変えていくこと」に努力すべきだと思う。

「会社ではなく、市場に評価される人材を目指せ」といった考え方も最近多いようだが、そもそも、企業自身が市場から評価されようと懸命に努力しているのだ。ならば、「市場からの評価」というリスクは会社にとらせ、自分は社内という狭い世界で評価されることを目指し、イニシアティブをとって会社の変化を主導する。そのほうが、一般の労働市場に打って出ていくよりも、個人にとってのリスクははるかに小さいはずだ。

 先程、「新しい仕組みを考えた企業が古い大企業に置き換わる」ということを言ったが、既存の企業の中で新しい担い手が新しい仕組みを立ち上げてもよいのである。多数のホワイトカラーにとっては、この方策を狙うのが最もローリスクで、リアリティがあるのではないかと思う。

今いる分野にこそビジネスチャンスはある

 社内でうまく変化を起こせなかったら、そのときはその会社を出よう。そして、“新しい仕組みを生み出せない古い会社”ではなく、新しい側の立場に立つことを考えるべきだ。

 たとえば、IBMのセールスマンだったロス・ペローは、コンピューターを使いこなせない顧客のために経理業務を受託する提案を会社に出した。ところが、会社側はマシーンを売る従前の仕事にこだわり、彼の提案を受け付けなかった。そこでペローはIBMを退職し、EDS(Electronic Data Systems)という会社を興し、ITアウトソーシングサービスの先駆者として大成功を収めている。

 これも米国の事例だが、マーケット情報を提供するブルームバーグという会社は、創業者のマイケル・ブルームバーグがトレーダー時代に感じていた、ロイターやダウ・ジョーンズのデータ提供サービスに対する不満を解消しようと考え、興した会社だ。現在はほぼ全ての金融業の会社が契約を結んでいる。

 これらの事例が教えてくれることは、自分が属する業界のことを知りつくし、かつ、新しい仕組みについてのアイディアを持てば、起業は成功する確率が高いということだ(逆に言うと、そうした下地がないところで起業しても成功する確率は極めて低いということだ)。

 不確実性のリスクを下げるためには、(ペローやブルームバーグのように)自分のいる場所を徹底的に再点検すべきだ。その上で、自分の労働をコモディティ化させないために、新しい仕組みのアイディアを持つことを目指すべきなのだ。この条件が整えば、あなたが“置き換えられてしまう側”に立つリスクは大きく減るだろう。

 勘違いしないでほしいのだが、私は起業をすすめているのではない。真に大切なのは、自分のポジショニングの点検と、新しい仕組みというイノベーティブな発想ができるかという点だと理解してほしい。

変化を担うのは若い世代である

 本章の最後に、特に若い世代の働く人たちに向けて、「パラダイムシフト」についての話をしたい。

 2030年の社会はきっと大きく変化しているだろう。その大きな変化は、高度成長を担ったような、それまでの延長線上でものごとを考えていれば済んだ時代の発想しかできない人には、理解できないと思う。

 世の中の常識が「天動説」から「地動説」へとパラダイムシフトしたのは、ガリレオ・ガリレイをはじめとする科学者たちが地動説の正しさを証明したからではない。天動説を信じる人がほとんど死に絶え、地動説を信じる人たちへと世代交代したからだったのだ。

 いつの時代も、世の中のパラダイムシフトは世代交代によって引き起こされてきた。不確実性が高まるこれからの社会、これから起きるパラダイムシフト的な大きな変化に向けて、20代、30代前後の世代が担うべき役割は極めて大きい。

 高齢化が進む社会において、若い世代の人たちは、年上の世代の人たちが多くいるため、現在十分に力を出せていないかもしれない。特に企業社会においては顕著にそうだろう。けれども、若い世代の人たちは自分の出番が回ってくるのを待っていてはいけない。それでは、変化に取り残されるだけだ。

 ぜひ、年長の責任ある役職の人を取り込んで、その人を立てつつも、実質は自分たちが主導しているくらいの“技”を身につけてほしいと思う。

 若い世代の人たちには、とにかくアクションを起こしてほしい。新しいアイディアを会社に提案してみる、社内外の人的ネットワークを広げていく、新しい役割を引き受けてみる……。人によって方法は違うだろうが、目的意識を持って行動を起こすことが大事だ。その経験は、自分のポジショニングを考える戦略的思考や新しい仕組みを生み出すイノベーティブな発想の源泉となる。

 若い世代の人たちの戦略的思考とイノベーティブな発想で、2030年の日本がよりよい社会になっていることを願っている。

 また、彼らの上に立つ立場、世代の人たちはどうか若い人たちに上手に利用されてほしい。自分が彼らを活用するのではなく、彼らが自分を利用している、というくらいでいい。明治維新をリードした薩長土肥各藩の藩主は、やや過激な若手にチャンスを与え、その結果、歴史に名を残した。アップルも、スティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアックという2人の若い創業者の裏には、インテルのベテラン、マイク・マークラがいたのである。

 シニアの仕事は若手をうまく泳がせることである。若者が脚光を浴びるとき、裏にはベテランのパトロンがいるというのが歴史の真実である。

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 瀧本さんが願っていたような「よい社会」を2030年に実現できるかどうか。若い世代のみならず、すべての日本人に課せられた課題である。瀧本さんはそのために戦略的思考をする日本人が多く生まれることを期待していた。

デイリー新潮編集部