日本にも影響「バングラデシュ」感染激増「デング熱」の深刻度

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「デング熱」が猛威を奮っている。日本ではなく、バングラデシュでの話だ。

 2018年には例年の2倍以上の感染者が発生し、私達の関係者の日本人にも2人感染者が出た。

 現地の新聞『The Daily Star』の報道によると、今年の5月、6月での感染者は1864名と、2018年の347名のすでに5倍以上である。7月に入っても、7月9日時点での感染者が1182名と、すでに2018年の7月全体の感染者946名を上回っている(同紙は8月13日にも「3 die of dengue in Dhaka, Rajshahi」との記事を掲載している)。米『CNN』では、5、6月合計で2004名、7月に入って8348名、1月以来7月末までで感染者は1万3600名、うち死者8名とも報じている。

 そして7月3日には、現地の女性医師が死亡した。今年に入ってから3人目の死亡者だ。昨年以上の感染拡大が予想され、注意が必要だ。

 デング熱は蚊によって媒介されるウイルス感染症だ。ほとんどが自然軽快し、特段に怖い疾患というわけではない。

 しかし、5%程度がデング出血熱へ進行し、入院が必要なレベルとなる。適切な医療ケアを受けていれば死亡率は1%未満だとされているが、治療法はない。

 上述の亡くなった女性医師は、バングラデシュの有名病院に入院していたが、状態を回復することはできなかった。

 さらに注意すべきなのが、デング熱は再感染した際に重症化しやすいという点だ。たとえば、デング熱ワクチン研究者である米国のスコット・ハルステッド医師の2018年の報告によると、デング熱初感染での重症例(出血熱またはデング熱によるショック)は1000人あたり11から12例であったのに対して、2回目の感染者では、1000人あたり118から208人と10倍以上の確率で重症例が発生していた。今後デング熱の流行が広まるほどに重症例が増える可能性がある。

「気候変動」と「都市部人口増」で

 しかし、バングラデシュ現地での危機意識は低い。医療関係者では話題になるものの、非医療者では話題にもならない。デング熱を他の風邪などの発熱と区別していない人も多い。

 確かに現時点では死者数が少なく、感染者数が例年の2倍と言われた昨年でも報告されている死者数は26人だ。しかし、報告されていない死者数も多いと考えられる上に、感染者数が増加すると再感染者数も増加するため、重症例は増加するだろう。

 バングラデシュでのデング熱感染拡大は、気候変動と都市化による影響が大きいと言われている。

 もともと6月から10月にかけてのモンスーン時期(雨季)、その後の12月までにかけて蚊が発生するため、過去のデング熱患者の99%がこの時期に報告されていた。しかし、バングラデシュの感染症対策機関担当者の報告によると、2014年から2017年までの、1月から5月までに報告された患者数は、2000年から2013年までの同時期平均と比較すると約7倍へと増加していた。

 バングラデシュ政府の発表によれば、1958年から2007年にかけてモンスーン時期の期間が短くなり、降雨量が減っている一方で、乾季の降雨量が増えているという。こうした気候変動により、蚊の発生期間が増えることが、デング熱の患者数増加につながっている可能性がある。

 さらに、都市化により人口密度が高くなっていることも感染症拡大の下地となる。国連が毎年公表している「世界人口推計(World Urbanization Prospects)2019年版」によると、バングラデシュの都市部人口の割合は2000年に24%、2020年には38%と増加し、より都市部へ人口が集中することが予想されている。特に首都ダッカの人口は、2020年には2000年の2倍以上となる2000万人を超えるとみられている。

最重要課題は「昼の蚊」対策

 気候の変化や都市部への人口集中に伴う患者数増加という現象は世界中で起きており、WHO(世界保健機関)の報告書によると、世界中のデング熱感染者数は、2010年には2200万人だったのが、2015年には3200万人に増加したと言われている。

 デング熱に感染したことがない人に対して有効なワクチンはまだ開発されておらず、デング熱の予防は蚊の対策をするしかない。

 蚊の対策としては途上国では蚊帳が普及している。これは、マラリア対策のためNGOや政府系機関による啓蒙が進んだためだ。

 しかし、マラリアを媒介する「ハマダラカ」(蚊の一種)は夜に人を刺す蚊であるのに対して、デング熱を媒介する「ヒトスジシマカ」(一般にヤブカとも呼ばれる)は昼から夕方にかけて人を刺す蚊である。したがって、デング熱を防ぐためには日中に虫除け剤をしっかり塗布することが重要だ。特に、「ディート」と呼ばれる虫よけ成分が有効で、長時間効果を持続させるためには30%以上含有された製品がおすすめだ。子供や、大人でもディートで肌荒れが起きてしまう人には、「イカリジン」と呼ばれる成分のものが良い。

 友人のバングラデシュ人医師によると、寝るときに蚊帳を使う人は多いが、日本のような虫除け薬品を使う人はほとんど見たことがないという。

 ドイツ最古の大学である「ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク」と、1972年にバングラデシュ復興のために設立された世界最大のNGO(非政府組織)「BRAC(ブラック)」が設立したブラック大学と共同で2019年に発表された研究によると、寝るときに蚊帳を使うかという質問に対しては98.5%が「いつも」または「ときどき」と答えていたのに対して、自身に虫除け薬品を使うかという質問に対しては63%が「使ったことがない」、家で蚊よけスプレーを使うかという質問に対しても81%が「使ったことがない」と回答している。バングラデシュでの感染拡大を予防するためには、虫除け薬品の使用など「昼の蚊」対策を普及させることが重要だ。

潜伏期が最大で14日

 他国での感染拡大は、日本にも無縁ではない。なぜなら、日本と海外の往来が増加しているからだ。

 日本政府観光局の発表によると、海外に出国した日本人数は、2018年に1895万人となっている。さらに増加が目覚ましいのが訪日外国人で、2018年には3119万人と、2008年(835万人)の3.7倍に増加している。

 また、在日バングラデシュ人の数は、2014年には約1万人であったが、2018年には約1.5万人へと増加している。

 飛行機内の蚊は殺虫剤で殺せるが、潜伏期が最大で14日程度もあるデング熱感染者の入国を止めることは不可能だ。

 実際に、2014年には70年ぶりに海外渡航歴のない女性にデング熱が感染し、蚊の封じ込めのために代々木公園が封鎖されるなど話題となった。海外との往来が盛んになるほど、デング熱が輸入され、国内感染が起きる確率も上がる。同様の事態が近いうちに再び起きる可能性は極めて高いと言わざるを得ない。

 感染地域へ渡航する際には、自らがデング熱に感染しないように、また日本に持って帰ることがないように、入念な蚊の対策が必要だ。

森田知宏
相馬中央病院・内科医。1987年大阪生まれ。2012年東京大学医学部医学科を卒業し、亀田総合病院にて初期研修。2014年5月より福島県の相馬中央病院内科医として勤務中。

Foresight 2019年8月13日掲載

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