カサンドラは「パートナーがアスペルガーだから」ではなく「情緒的な交流がない」ことが原因で引き起こされる

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日本初!? カサンドラの臨床心理士

「他者の感情がわからないと、突然嫌なことが起こるとしか思えない。被害的にもなってしまいますよね。その旦那さん……離婚されたから旦那さんじゃないわね、前の旦那さんね。世の中に対して常に非常に怖い思いをしてきたんじゃないかしら?」

 取材中にもかかわらず、15分もノンストップでひたすら自分のことを話したのははじめての経験だった。結婚していた時の夫の異常行動や違和感について説明しようとしたらそれだけかかってしまったのだ。

 例えば、混雑した電車に乗れば必ずといっていいほど周囲と揉めること。足を踏まれるなどすれば、相手が悪意をもって踏んだと思い込み執拗にやり返すこと。咳が嫌いで、咳をする人がいると他人だろうが私だろうが自分の子どもだろうがイライラして我慢できなくなること。子どもの泣き声もまた苦手であること。指示語が通じないこと。薬物依存の過去と、現在もなお、お酒の問題があること、そして彼の成育歴。
 
 取材の相手はカサンドラの臨床の第一人者であり、人気コミックエッセイ『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』シリーズ(野波ツナ著)の解説もされている、臨床心理士の滝口のぞみ先生である。

 滝口先生がカサンドラの臨床に携わるようになったのは偶然だったという。

「たまたま私がカップルと発達障害の両方の領域を手がけていたので、当時、国立成育医療センター(現・国立成育医療研究センター)で『発達障害を持つ子どもの親支援』に取り組んでいた宮尾先生(現在は「どんぐり発達クリニック」の宮尾益知院長。滝口先生との共著も多く、『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』シリーズの監修も担当する)が特性が疑われる夫との関係に悩むクライエントの面接を私に任せてくださるようになったんです」

 というのも、発達障害を持つ子どもの母親がご主人との関係に悩んでいる例が目立ったからだ。

「お子さんだけじゃなく、ご主人のことでもお困りの方が非常に多い。話を聞くとご主人にもまた特性や傾向のある方がいらした。それで宮尾先生の元でカサンドラの臨床をはじめることになったんです。日本では一番はじめかもしれませんね」

 普通、大学病院は臨床心理士の指名はできない。ところがカサンドラに関しては他にいないのだからしょうがない、滝口先生を名指しで全国から患者さんが集まった。

「おかげで共通する問題が分かってきました。今では妻に加え、カップルや発達障害の当事者のカウンセリングもしています」

 しかし滝口先生は、「カサンドラ症候群」という言葉はあまり使いたくないという。

「イギリスの心理学者マクシーン・アストン教授が命名した『カサンドラ症候群』とはASDの夫との間に情緒的な交流がない妻が孤独や孤立感を感じ、それを周囲にわかってもらえないことで抑うつ的になり、さらにストレス的な身体反応が現れること。

 まさにその通りなのだけれど、それでは『カサンドラ症候群』はASDの診断ありきの疾病になってしまいます。ASDの診断がされるほどではなくても、相手の気持ちを想像することが苦手だという人はいて、同じようにパートナーは苦しんでいるからです。なぜなら、どんな人でも情緒的な交流がないと苦しくなるから。それがないということは花に水がないようなもので皆枯れていってしまう。

 情緒的な交流ができないからといって妻を愛していないことにはならない。にもかかわらず、情緒的な交流がないことは生体にダメージを与えるんです」

「パートナーがアスペルガーだから」ではなく、「情緒的な交流がない」ことが「カサンドラ」を引き起こす原因だから、ということだ。

 では「情緒的な交流」とは具体的にどのようなことを指すのだろうか。

〈次回につづく〉

星之林丹(ほしの・りんたん)
1982年、東京都生まれ。結婚を機に制作会社を退職してフリーランスに。6年で離婚、2児の母。

2019年8月5日掲載

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