低視聴率で袋叩きの大河ドラマ「いだてん」 諦めず見続けてよかった

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 24話分、諦めずについていってよかった。いや、そもそも中村勘九郎と森山未來がとつけむにゃーうまかったからな。勘九郎が演じた金栗四三(かなくりしそう)(以降43)はむちゃくちゃ可愛かった。10代の幼さから馬鹿のつく真面目さ、「失敬!」と声をかけて走る律義さ、家族蔑ろで貫き通したマラソン魂。フィギュア化したいフォルムでもあった。43フィギュア、水浴びも含めて6種類くらいで、誰か作って。

 そして森山が演じた若かりし頃の古今亭志ん生。躍動感にあふれたクズっぷり。こっちのほうがアスリート的と思った回もあったほど。いや、ナレーションも落語も心地よく惹きつけられたし、数役演じた回でも森山のポテンシャルを余すところなく発揮。あ、「いだてん」の話です。低視聴率で袋叩きの大河ドラマです。

 私もあのとっちらかった初回には不安しか覚えなかったし、マラソンパートと落語パートはできれば別々で観たいなぁと思った。が、2話から引き込まれ、第1部24話分を毎週楽しんだ。折り返し地点なので、何がよかったのかまとめてみる。

(1)いわゆるイケメンドラマではない点。イケメン俳優の人気に一切頼らない潔さ。ごっつい顔の43が、そして鬼気迫るクズっぷりの森山が、画面いっぱいに人間力を映し出すことに成功した。8Kで観たいかどうかはさておき、43の熱さと暑苦しさと愛くるしさ、森山の無鉄砲をたっぷり堪能できた。

(2)男の沽券とか、権力者や体育会系集団の傲慢な部分をこれでもかと虚仮(こけ)にした点。虚仮というと語弊があるが、ある種の憎めなさに変換した功績は大きい。杉本哲太演じる頑固な肋木(ろくぼく)オヤジが、女子体育の礎を築いた寺島しのぶに「あなたは古い!」と一喝される。その後、女子校で女生徒の人気取りに走るテニス講師に変身する間抜けさ! 間抜けだが、己の過ちに気づくこと、自ら変わることが重要だ。今の時代、気づかないどころか嘘ついても暴言吐いても謝らない為政者が多いからな。前近代的な根性論を押し付けるスポーツ指導者の不祥事も多かったし。体育会系男尊社会にちくっと釘を刺す皮肉満載。

(3)女子体育の発展と向上を描いた点。女性が自らの権利を主張できる今の空気感を取り込んでいたと思う。杉咲花が「女も風を切って地面を蹴って走りたい」との思いを抱いて、早朝ひとりランを実行するシーンが好きだった。竹早女子たちが教室に立てこもったシーンも印象的だった。「女らしさって何ですか?」「歯を見せないで笑うこと?」「脚出さないで走ること?」今で言えば、「不安定で足が痛いヒールを履いて働けってこと?」という声と重なる。

(4)五輪礼賛、汗と涙のスポ根一辺倒ではない。落語パートの存在意義、24話はまさにそれを証明した。スポーツをやりたくてもやれない人、五輪の熱狂に乗れない人や斜に構える人、震災でそれどころではない人を置き去りにしない優しさ。

 後半は阿部サダヲが引っ張ってくれるはず。熱血では済まない五輪の裏側、既得権益の金儲け主義の腹黒さも炙り出してくれるはず。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年7月11日号掲載

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