「消費税率」と「ワクチン不信度」の意外な相関関係 医療崩壊(24)

国際Foresight 2019年6月7日掲載

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 麻疹(はしか)の流行が続いている。5月28日、国立感染症研究所は、直近の1週間(5月13〜19日)に届け出があった麻疹患者数は32人だったと報告した。3週続けて増加したことになる。ゴールデンウィーク中に海外旅行をした人たちが持ち帰った可能性が高い。

 麻疹の流行は、我が国に限った話ではない。2000年に根絶されたはずのアメリカでも、今年に入り少なくとも10州で再流行が確認されている。

世界中で盛り上がる「反ワクチン運動」

 なぜ、こんなことが起こるのだろうか? それは、世界中で反ワクチン運動が盛り上がっているからだ。

 反ワクチン運動のきっかけは、1998年に英国のアンドリュー・ウェイクフィールド医師が、MMRワクチン(麻疹、おたふく風邪、風疹の混合ワクチン)が自閉症の発症リスクを高めると報告したことだ。世界でもっとも権威がある英医学誌『ランセット』に掲載されたため、世界中から注目を集めた。イギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドで、ワクチン接種が激減し、麻疹感染が増加した。

 その後、この論文にはデータ捏造などの不正があることが判明し、2010年に『ランセット』は論文を撤回した。同年、英国医事委員会はMMRワクチンと自閉症の関係を否定し、ウェイクフィールド医師の医師免許を剥奪した。

 これで一件落着のはずだったが、その後も反ワクチン運動は世界中で盛り上がっている。日本のHPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)をめぐる騒動も、世界からは反ワクチン運動の1つとみなされている。

 最近の反ワクチン運動の舞台はSNSだ。「政府を信用するな。政府は製薬企業と手を組んで有毒なワクチンを押しつけようとしている」という主旨の投稿が相次いでいる。このような投稿に政治的な陰謀論を指摘する専門家もいる。

 例えば、米ジョージ・ワシントン大学のデービッド・ブロニアトウスキー教授は、ロシア・サンクトペテルブルクのフェイクユーザー集団から大量に発信されていると報告している。

 このような状況を受けて、世界保健機関(WHO)は、2019年の世界の10大リスクの1つに反ワクチン運動を挙げている。このままでは麻疹などの世界的大流行が起こる。

 この問題を解決するため、さまざまな対策が講じられている。例えば、ブルックリンのユダヤ教正統派の子どもの間で麻疹が流行していることを受けて、ニューヨーク市は公衆衛生上の非常事態を宣言し、ある特定の地域に住む住民に予防接種を義務化し、従わなければ罰金を科すことにした。

 民間企業も動いている。ツイッター社は、5月初旬より「ワクチン」を含むキーワード検索を行うと、厚生労働省の予防接種情報のページに案内するように手配した。いずれも意義深い施策だと思う。

日本も屈指のワクチン不信国

 ただ、これだけでは問題は解決しないだろう。なぜ、反ワクチン運動が盛り上がるのか、国民視点にたって考えなければ、この運動の真相は見えてこないからだ。前述したように、SNSでのフェイク投稿の多くは「政府は製薬企業と手を組んで有毒なワクチンを押しつけようとしている」と訴えている。私は、このような主張が広まる背景には「国家に対する不信感」が存在すると考えている。

 ワクチンへの不信感の強さは、国によって大きく異なる。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院が中心となって「ワクチン信頼プロジェクト」という事業を進めている(https://www.vaccineconfidence.org/)。

 彼らは世界各国からワクチンに関するデータを集め「ワクチン信頼指数」を出している。2016年の場合、67カ国の6万5819人を対象にワクチンの有効性や安全性に関する認識、自らの宗教と両立するかなどをアンケートしている。結果は興味深い。

 一般的に欧州では、ワクチンの安全性に対する懸念が強い。ワクチンの安全性への懸念が強い国のトップ10のうち、7つは欧州だ。一番高いのはフランスで、41%が「信頼していない」と回答している。ついでボスニア・ヘルツエゴビナ36%、ロシア28%、モンゴル27%、ギリシア、日本、ウクライナ25%と続く(図1)。ちなみに世界平均は12%。日本は世界屈指のワクチン不信国なのだ。

 宗教的理由でワクチン接種を忌避する人々のことが、しばしばメディアで取り上げられるが、世界全体を見回せば、特定の宗教が特にワクチンを忌避しているという一定の傾向はない。研究者たちは、ワクチン忌避はローカルな個別の問題と述べている。

そもそも政府を信用していない

 では、ワクチンに不信感を抱く国には、どのような傾向があるのだろう。この問題を議論する前に、財務省で税の問題に取り組んできた知人の話をご紹介したい。

 この知人は「日本で消費税を北欧並みに25%にあげるのは無理」という。それは景気が腰折れするとか、経済界が反対するなどの理由ではない。彼は「日本人は政府を信用していないから」という。そして、政府が信頼されない理由を「かつて国は無謀な戦争をして、民族滅亡の淵にまで追い込んだから」と説明する。

 漫画家の水木しげる氏も『コミック昭和史 第8巻』(講談社文庫)の中で同じような思いを記している。

 水木氏は戦争中、ニューギニアに派遣され、筆舌に尽くしがたい経験をした。生死の淵をさまよって、左腕を失った。少し長くなるが引用しよう。

「昭和から『平成』になってなぜかぼくの心も平静になった

それはあの戦争へのやり場のないいかりから解放されたような気になったからであろう

戦争中はすべて天皇の名ではじめられ

兵隊もその名でいじめられたものだから

ついやり場のないイカリを

天皇には悪いけどなんとなく無意識に“天皇”にむけていたのだった

それがなくなってしまったのだ」

 知人は、この問題を解決するには「時間が経過するのを待つしかない。戦争世代が死に絶えるまで国への信頼感は回復しない」という。

 戦争を経験した官僚たちも、このことを実感していたようだ。彼が強調するのは「戦後の日本政府は本格的な増税を1度もしていない」こと。「昭和21年11月には1回限りだが、最高税率90%の財産税を課し、旧華族など富裕層から資産を没収する一方、一般国民に対しては、減税と社会保障費の大盤振る舞いを続けてきた」そうだ。これは国家が犯した犯罪である戦争の罪滅ぼしだ。

 戦争から40年あまりが経過し、戦後はじめての大型の増税を試みたのが平成元年の消費税導入だ。国民の大反発をくらい、当時の竹下登政権は倒れた。

国家の信頼回復も必要

 国民の政府に対する信頼度を評価する指標は幾つかある。知人は「税は国民の政府への信頼感の強力なバロメーター」と考えている。特に買い物の度に支払い額がわかる消費税は、その傾向が強いそうだ。

 消費税が高いのは、ハンガリー27%、アイスランド24%、スウェーデン・デンマーク・ノルウェー・クロアチア25%など欧州、特に北欧諸国が多い。

 一方、低いのはドイツ19%、イギリス・フランス20%、イタリア22%だ。いずれも欧州の大国だ。

 一般論として人間集団は規模が大きくなるほど、帰属意識を抱きにくくなる。小国の国民は、税金は国による将来世代への投資と考えやすいが、大国の国民は税金は国による搾取と感じるのは頷ける話だ。

 もっとも例外もある。例えば、バルト3国だ。国民が一体となって旧ソ連の支配を脱し、IT活用で有名なエストニアのように政府主導で発展しているイメージがある。ところが、バルト3国の消費税率は欧州諸国としては高くない。エストニア20%、ラトビア、リトアニア21%と英独仏なみだ。なぜ、この差が出るのだろう。私は他民族に征服された記憶だと考える。

 知人は「税を考えることは、国家とは何かを考えること。国民が税を払うのは、国家に生命や財産を守ってもらうことを期待するから」という。

 この視点は興味深い。20世紀、欧州は英仏独伊露など大国を中心に戦争を繰り返してきた。バルト3国のように長期間にわたり他民族の支配を受けた国もある。このような国では、政府は国民の期待に応えられなかったと言っていい。

 一方、本稿で詳述はしないが、消費税率の高い北欧諸国は20世紀に戦火が及ぶことは少なく、他民族に国土を蹂躙されることも少なかった。国民の政府に対する信頼は、国の規模だけでなく、その国の近代史が影響するのではなかろうか。

 では、消費税率とワクチン信頼度はどのような関係にあるのだろうか。図2は欧州における両者の関係を示す。消費税が高い国ではワクチンの信頼度が高く、消費税が低い国ではワクチンが信頼されていない。

 この手の研究で、ここまで綺麗な相関がでることは珍しい。私は心底驚いた。

 世界で反ワクチン運動が盛り上がるのは、国民が接種主体である国を信頼していないからだ。日本も例外ではない。ところが、このことはあまり議論されてこなかった。

 反ワクチン運動から国民を守るためには国民と政府の信頼関係の構築が欠かせない。しかるに、わが国では政府の不祥事が相次いでいる。森友学園をめぐる決裁文書改竄やセクハラ騒動など財務省の不祥事は記憶に新しい。今年1月には厚生労働省で勤労統計データが改竄されていたことが明らかとなった。政府関係者には猛省を求めたい。

 一方、政府を批判ばかりしていても問題は解決しない。具体的にできることから始めてはどうだろう。例えば、反ワクチン思想の親の元で育った子どもには、成人後に適切な情報を提供し、ワクチン接種の機会を提供したらどうだろう。接種費用の助成も検討してみたらいい。すぐにできることからやろうではないか。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。