前「維新議員」暴言の裏で進むロシア軍の北方領土「戦闘準備」

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 北方領土へのビザなし交流訪問団に参加し、酒に酔って「戦争でこの島を取り返すことは賛成ですか、反対ですか」などと元島民に迫った丸山穂高衆院議員(日本維新の会を除名)の暴言は、「専守防衛」という戦後の国是を否定する暴言であり、これまで積み重ねたビザなし交流の努力を踏みにじるものだった。「2島」引き渡し拒否の口実を探すロシア側がこれを利用し、さらに強硬姿勢で臨む恐れもある。

 一方で、北方領土を実効支配するロシアは近年、国後、択捉への軍事力近代化を進め、島の「要塞化」を図っていることも見逃せない。

 筆者は国後、択捉で発行されている地元紙を購読しており、最近の報道から島に展開する軍部隊の現状を探った。

最新鋭戦闘機を配備へ

 2014年にオープンした択捉島のヤースヌイ空港に昨年8月、ロシア空軍の最新鋭戦闘機、スホイ35Sが試験配備され、菅義偉官房長官が「わが国の立場と相容れずまことに遺憾だ」と批判したことは、日本でも報じられた。

 択捉島で週2回発行されている地元紙『赤い灯台』(2018年8月3日)がスホイ機の配備を比較的詳しく伝えている。同紙は「試験実戦配備」としており、8月1日に空港で配備開始の式典が行われたことを写真入りで報じた。

 式典で、ワジム・ロコトフ・クリル地区行政長代行は、「択捉島には様々な軍部隊の将兵が勤務に就いているが、今回戦闘機のパイロットも新たに加わった。彼らの生活が快適になるよう全力を尽くす」と述べ、「これで税収も増える」と付け加えた。ハバロフスク駐在のオレグ・ソロビヨフ防空軍司令官代理は、雨で悪天候の空を見ながら、「これがクリルだ。ここは、いつも気候が過酷だ」と笑いながら語った。

 ロシア軍は第4世代の戦闘機、スホイ35Sを既に100機程度全土に実戦配備している。択捉にも常駐すれば、ソ連崩壊後初めて北方領土に戦闘機が展開することになる。旧ソ連軍は1970年代後半から1万人以上の地上軍を択捉、国後に展開し、空軍のミグ戦闘機20機以上が配備されたが、ソ連崩壊後戦闘機は撤収し、地上軍も3500人規模に縮小された。同紙によれば、空港脇に仮設の宿舎が設置された。家族用の賃貸住宅建設計画もあり、常駐する可能性が強い。

軍事施設新設で突貫工事

 国後の新聞『国境で』(2018年6月2日)によれば、ルスラン・ツァリコフ第1国防次官、ドミトリー・イワノフ、チムル・ブルガコフ両国防次官の3人が2018年5月末、国後、択捉両島を視察した。一行は、国後島で対空防衛ゾーンの建設状況を視察し、軍施設の第1期建設に関する報告を受けた。また国後島ラグンノエの駐屯地建設状況を視察し、契約軍人が入居する寮を訪れた。

 次官はすべての建設作業を2018年11月までに完了するよう指示した。3人は択捉島で軍関係者らの会議を招集し、択捉での軍駐屯地建設を討議した。国後、択捉ではこの数年、兵舎などの老朽化に伴い、新設・改修工事が急ピッチで行われ、一部は軍に引き渡された。

 ロシア軍は2016年11月、新型地対艦ミサイル「バスチオン」(射程300キロ)を択捉島に、「バル」(同130キロ)を国後島に配備している。

『赤い灯台』(2018年5月23日)によれば、国後・択捉に駐留する陸軍第18機関銃・砲兵師団の創設40周年式典が2018年5月19日、師団司令部のある択捉島のガリャーチークリューチで開かれた。同紙によれば、レオニード・ブレジネフ体制下のソ連は40年前、「日米韓の同盟に対抗し、日本が米国の支援の下に領土返還を要求することに対抗して、国境紛争や侵略を阻止する目的で師団を創設した」という。

 同紙は「40年の間には悲劇もあった」とし、1994年の北海道東方沖地震で、駐屯地の50の建物が崩壊。軍の病院も倒壊し、犠牲者が出たと伝えた。

シリア派遣の軍幹部が重傷

 同紙は式典について報じた中で、ワレリー・アサポフ前師団司令官(上級大将)が、シリアの前線で任務中に死亡したことを伝えた。

『赤い灯台』(2018年3月21日)はまた、同師団のイワン・スタロドプツェフ参謀長がシリアで重傷を負ったとし、島民に支援のための寄付を求める記事を掲載した。参謀長は2017年8月にシリアに派遣され、戦闘で重傷を負った。モスクワの病院で手術を受けたが、高価な人工器官がドイツに発注され、師団司令部がその資金集めを行っているという。

 どうやら、北方領土駐留軍の一部はシリア戦線に回されているようだ。正規軍が90万人程度のロシア軍は、シリア、ウクライナで二正面作戦を強いられ、内戦中のイエメンやリビア、中央アフリカ、政変中のベネズエラなどに一方の側を支援する義勇兵らを派遣している。国力、軍事力の割に戦線を広げすぎたツケが、北方領土駐留軍にも回っているようだ。

軍が土地使用に反対

 ロシア政府は2016年、疲弊するロシア極東の振興策として、国民に極東の土地1ヘクタールを無償貸与する法律を制定し、その後ロシア政府が新法に北方領土も適用することを決めた。

 この法律は、極東への移住促進や地域振興を目的に、国や自治体に属する遊休地を、希望者に1ヘクタールずつ無償貸与する内容。土地が申請通りに使われれば、5年後に私有財産としたり、借用を続けられる。『国境で』(2017年6月24日)は、2017年1~3月に国後、色丹の南クリル地区では、土地無償提供制度で49件の契約が結ばれ、62ヘクタールの土地が提供されたと報じた。

 しかし同紙は、北方領土の土地申請受付はその後停止されたとし、その背景に国防省の反対があったことを明らかにした。北方領土は平地が少なく、軍が頻繁に軍事演習を行うことから、一般国民への無償貸与は安全保障上不適切として介入した模様だ。49件の契約が存続するのか、破棄されるのかは不明。

 地元紙はしばしば、軍事演習の実施期間や場所を公表し、島民に近づかないよう警告する記事を掲載する。海岸線があり、起伏が多い北方領土は軍事演習場にふさわしいようだ。自国の固有の領土ではないという意識も背景にありそうだ。

けんか、いじめ、武器横流しも

 北方領土に日米両国が攻めてくるはずもなく、国後、択捉駐留軍は暇を持て余し、士気も緩んでいる。けんかやいじめ、飲酒が横行。2012年7月には、択捉島軍駐屯地内の銀行に19歳の兵士が自動小銃を持って押し入り、銃を乱射して行員2人が死亡、1人が重傷を負い、兵士は自殺する事件もあった。

『赤い灯台』(2017年12月22日)によれば、択捉島の軍駐屯地で2017年末の1カ月半に軍人約20人がけんかで外傷を負い、択捉島の中央病院に運び込まれた。「この病院で最も多い患者は軍人で、大抵は酔っ払ったけんかによる負傷だ」と同紙は書いている。

 一方、『赤い灯台』(2017年8月23日)は、2017年8月択捉島の部隊でザバイカル地方出身の20歳の契約兵士が自殺したことを報じ、「遺体にはあざがあり、鼻と指の骨が折れ、眼球がえぐり取られていた」とし、殺人だったとする母親の話を伝えた。

 同紙は、北方領土駐留軍ではいじめが横行しているとし、「ぴかぴかの新兵が勤務にやってくると、彼らはすぐにありとあらゆるいじめを受ける。多くが脱走するが、島だからどこにも逃げられない。森を数日さまよい、自分で隊に戻ってくる。森の中で首を吊っているケースもある」と書いた。

 北方領土の新聞には、島民が保有する武器類を自発的に警察当局に提出するよう求めるアピールがしばしば掲載される。これまでに手投げ弾や砲弾、実弾などが回収されており、警察は「自発的に提出すれば、刑事責任を免除する」としている。島民が銃火器を持てるはずもなく、どうやら将兵がカネ目当てに弾薬庫の銃火器を島民に横流ししているかにみえる。

 厳しい気候で、娯楽もなく、勤務条件が過酷な北方領土への従軍は大変なのだ。

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

Foresight 2019年5月17日掲載

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