米「原油禁輸制裁」対抗でイラン・中国「秘密取引」の可能性

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 米国の「違法な」制裁を回避するために、イランは「すべての手段を行使し、石油をグレー・マーケットに販売する」と石油副大臣が語った、とのロイター電(2019年5月5日「Iran using all resources to sell oil in 'grey market’:deputy minister」)を読んで、閃くものがあった。

 日本が、国家備蓄、民間備蓄に準ずる「第3の備蓄」と位置づけ、2009年より実行している「産油国共同備蓄」の仕組みを使えば、イランは米国制裁に触れることなく、大量の石油を消費市場のそばに貯蔵しておける、制裁が解ければすぐに大量に販売することができる、あるいは場合によってはこっそりと売ることすらできる、のではないか。最後の部分は「制裁」にひっかかるが、追跡・捕捉することは容易ではない。

 これこそ「グレー・マーケットに販売する」秘策ではなかろうか?

 では、「産油国共同備蓄」とは何か?

 資源エネルギー庁が発表している『エネルギー白書2017』によると、産油国の「国営石油会社に、商用原油の東アジア向け中継・在庫拠点として我が国国内の石油タンクを貸し出し、供給危機時には我が国に優先して供給を受ける枠組み」とされている。

 ご興味のある方はぜひ、備蓄に関し良くまとまっている資料『平成28年度から32年度までの石油備蓄目標(案)及び石油備蓄に係る論点について』(平成28年6月、資源エネルギー庁)をご覧いただきたいが、ここには明確に、産油国国営石油会社が「所有する原油を蔵置」している、と記載されている。

 すなわち、「建前」はどうであれ、「実態」は産油国国営石油会社が自らの所有権を持つ原油を持ち込み、日本の石油会社のタンクに預けている、すなわち「寄託」しているのだ。

 同資料によると、UAE(アラブ首長国連邦)の主要構成国アブダビの国営石油「ADNOC(Abu Dhabi National Oil Company)」が「JXTGエネルギー」の鹿児島・喜入基地に100万キロリットル、サウジアラビア(以下サウジ)の「サウジアラムコ」が「沖縄石油基地」のタンクに67万キロリットルを「寄託」している。当然のことながら、日本の石油会社は「善管注意義務(善良な管理者の注意義務)」をもって管理しなければならない。

 ただし、「供給危機時には優先的に供給を受けられる」仕組みだとして、所有権は産油国国営石油にある「寄託」原油の半分を国家備蓄と認識し、カウントしている点には大きな問題があるが、本筋ではないので、ここでは触れないでおく。

「売買」ではなく「寄託」

 さて、この「産油国共同備蓄」の仕組みだが、その気になれば日本もイランの国営石油「NIOC」と組んで合法的に使えるはずだ。「NIOC」がイラン国営タンカー会社「NITC」のVLCC(Very Large Crude Carrier=通常20~30万トン級=平均して約180万バレル積載可能)で原油を輸送してきて、日本の某社が所有するタンクに寄託し、適当な時期が来るまで塩漬けする。その日まで、日本の某社は「善管注意義務」をもって管理する、というわけだ。

 これは「売買契約」ではない。あくまでも、産油国国営石油が原油を預け、日本の石油会社が善管注意義務を負って預かるという「寄託契約」だ。

 当然だが、適当な時期が来て新たに「売買契約」を締結して「売買」が行われるまで、原油代金の支払いは行われない。ただし、日本の石油会社が「受託料」を貰うことは当然だろう。あるいは、「優先使用権」との見返りで貰わないかもしれない。

 もちろん、誤解のないように申し上げておくが、米国との関係を考慮した場合、日本政府が採用すべき政策ではないのは当然だ。次に述べるように、中国なら実行するのではないだろうか、と考えるので、一例として紹介したまでだ。

 米国は先月、イラン原油「輸出ゼロ」を実現するために「制裁適用免除」を継続しない、と発表しているが、これに明確に反対の意思表明をしているのは中国とトルコだ。

『BP統計集2018』によると、2017年の石油消費量は中国が約1300万BD(バレル/日量)、トルコが100万BDなので、ここでは数量的インパクトの大きい中国に絞って考えてみたい。

 おそらくイランの石油副大臣が言う「グレー・マーケット」として実現可能なのは、次のような仕組みだろう。

中国の「メリット」と「リスク」

 まず、「NIOC」と国家備蓄を任務とする中国の石油会社(仮に「CB社」とする)とが原油「寄託」契約を締結する。「NIOC」が「NITC」のVLCCで原油を「CB社」の原油タンクに輸送してくる。「CB社」は、それまで備蓄していた原油を精製用に排出し、その分、国全体としての輸入量を減少させる。「NIOC」が空いている「CB社」の備蓄タンクに原油を預け、しばらく塩漬けする。これを、中国が持つすべての国家備蓄タンクを対象に行う。

 中国の国家備蓄の量は不透明だ。だが、一部報道から「3000万トン」以上はあるものと思われる(2017年5月3日『新華網ニュース』日本語版「中国の石油備蓄、1年で3割増」)。

 この報道の後に、新たな備蓄基地の建設が進み、備蓄総量も増加しているものと思われるが、内陸部にも備蓄基地があると思われるので、ここではイランが代置できる国家備蓄量を「3000万トン」として考えてみたい。

 3000万トンは約2億2000万バレルである。中国の消費量1300万BD(47億4500万バレル/年)の17日分、純輸入量900万BDの24日分でしかない(ちなみに、日本の国家備蓄量は約5000万キロリットル=約3億1500万バレル、純輸入量の79日分相当)。

 そして、「NITC」が保有するVLCC数は少なくとも42隻はあるものと思われるので(2015年7月3日『ウォール・ストリート・ジャーナル』日本版「イラン海運大手、超大型タンカー船隊を拡大 核交渉妥結にらみ、世界最大規模に」)、そのうちの20隻をフルに動員したとしよう。

 20隻のVLCCが運べる数量は、180万バレル×20隻=3600万バレルだ。つまり、2億2000万バレルを輸送するためには、20隻のVLCCが6.1回転する必要がある。

 イランと中国の片道航海日数は約20日間、積荷や揚荷に要する時間、悪天候や船混みによる待機時間などを考慮すると、余裕を見て往復1ラウンド航海に約2カ月間を見るのが妥当だろう。したがって、2億2000万バレルの原油をイランから中国に運ぶのには、20隻のVLCCが丸1年間フル稼働する必要がある、という計算になる。

 このように、約60万BDのイラン原油を1年間運ぶことにより、中国が持つ国家備蓄3000万トンをすべて「NIOC」が所有権を持つイラン原油に代置できる、というわけだ。

 しかも同時期、中国は、輸入量を60万BD減らすことが可能だ。

 この仕組みにより中国は、米国の「制裁」条件に抵触することなく、イラン原油を適当な時期まで、自分の管理下における、ということになる。

 さらに言えば、情報統制の厳しい国だから、預かっている原油のある部分をこっそり売買しても、米国に察知される可能性は少ないのではないだろうか。もちろん、支払代金は物々交換としての「商品」か、人民元にする必要があるが。

 中国が抱えるリスクは、イランが「所有権」を主張して「国家備蓄」である原油を自由に使えなくなる可能性だ。

 だが、いずれにせよ中国の主権下にある国営「CB社」の管理下にあるものだから、最後は「力」で解決可能ではなかろうか。

 はてさて、筆者のような凡人でさえ考えつくこのアイデア、百戦錬磨のバザール商人であるイラン人はとっくに考えついているのではなかろうか。実行に移すか移せるかは、これまたタフな華僑を生んだ中国との交渉があるので、容易ではないだろうが。

 さて、では最後に、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)が、東京時間2019年5月7日15時ごろ「US to deploy aircraft carrier in ‘clear message’ to Iran」と題して報じている記事の要点を次の通り紹介しておこう。ワシントンのAime Williams、テヘランのNajmeh BozorgmehrおよびロンドンのAndrew Englandの共著となっており、サブタイトルは「Mike Pompeo says Tehran will be held accountable for attacks on American interests」となっている。

 米原子力空母率いる攻撃団のペルシャ湾派遣が「イラン政権へのはっきりとしたメッセージである」というのは、ジョン・ボルトン米国家安全保障担当大統領補佐官がボルトンであるためのブラフでは、という専門家の指摘が興味深い記事である。

 だが、意図とは異なる偶発的展開と起こりうる環境を意図せずに(?)整備していることは間違いがないであろう。

 ますます目が離せない展開である。

「偶発的な戦争」の懸念

■空母と爆撃機の部隊を中東に派遣すると発表した後、米国務長官マイク・ポンペオは、米国の利害(interests)への攻撃がなされたら、イランにその責任がある、と述べた。

■フィンランドに向かう機上でポンペオ長官は記者団に、今回の配備は米国がここしばらくのあいだ検討していたものだ、と語った。

■ポンペオ長官のこのコメントは、日曜日(5日)にトランプ政権の超タカ派であるボルトン大統領補佐官が、今回の配備は米国の利害に対する如何なる攻撃も「容赦ない反撃」に見舞われるという「イラン政権へのはっきりとしたメッセージ」を伝えるものだ、と述べたことを受けてなされたものだ。

■原子力空母エイブラハム・リンカーン号を中心とする攻撃グループと爆撃機が具体的にどこに派遣されるのかは明らかにされていないが、エジプト、中東および中央アジアにおける米国の軍事作戦を司る中央軍(筆者注:米国フロリダ州タンパを本拠とする)が自らの責任領域に派遣するものだ。

■「イラン側の行動がますます拡大していることは間違いのない事実であり、米国の利害への如何なる攻撃についてもイランに責任を負わせるということも、同じように間違いのない事実だ」と、詳細は明らかにすることは拒否したまま、ポンペオ長官は語った。

■「彼らが何がしかの行動に出た場合、我々がどのように反応するのかイラン側は明確に理解すべきだ、ということを伝えたい理由が我々には十二分にある」と。

■ポンペオ長官は前日、米国はイランとの「戦争を求めて」はいないが、「代理戦争であろうとイスラム革命防衛隊によるものであろうと、あるいはイランの正規軍によるものであろうと、如何なる攻撃にも対応する準備が十分にできている」と語った。

■今回の配備は、米国がイランに圧力を大幅に強めている中でなされている。最近、米政府は原油輸入国への「制裁免除」を終了し、イラン原油の「輸出ゼロ」実現を目指している。

■数週間前には、イランのエリート革命防衛隊をテロリスト組織に認定している。米国が、他国政府の一部にテロリストとの烙印を公式に押したのは初めてである。

■イランのハッサン・ロウハニ大統領は昨年、もし米国がイランの石油輸出を阻止しようとするなら、ペルシャ湾への重要な通路であるホルムズ海峡の通航をイランは妨害することができる、と示唆している。

■「イラン・米両政府が、衝突 (conflict) を避けようとしているのは疑いがない」と在テヘランの高位の西側外交官は言う。「だが、両国とも偶発的な戦争(accidental war)を懸念している」と。

「ボルトンがボルトンであるために」

■イランは、今回の米国の決定には反応していないが、これは意図的に重視しないようにしているように見える。イスラム共和国は、物議をかもしている地域・防衛政策を放棄することはないという固い誓約と、軍事衝突を目指しているとイランが疑っているボルトン補佐官のような米国政府内の超タカ派の挑発を避けることの間で、微妙な綱渡りを試みている。

■ボルトン補佐官は、空母の派遣は「多くのトラブルと、高まっている緊張へのサインならびに警告」への回答だ、と述べている。米「安全保障会議」は、詳細なる説明を求めたことに対し、回答してこなかった。

■在ロンドンの民間組織「国際戦略研究所(International Institute for Strategic Study)」の中東安全保障担当のシニア・フェローであるEmile Hokayemは言う。「これはエスカレートする兆候が見られる中で、大言壮語が大言壮語に出会った、ということだ。米国の空母部隊は、通常の海外展開の一環としてペルシャ湾に行くのかもしれない。だが、米政権のタカ派にとっては、抵抗するには強すぎる、飛びつかざるを得ないほどの、めったにないチャンスだったのだ」。

■「この事実のどこを見ても、紛争を引き起こそうという意図を証するものはない。だが、ボルトンは、ボルトンであるために、もっと繊細になりたいと思ってはいないし、筋肉を動かしておきたいのだ。本当のリスクは、今や(以前も同じだが)偶発的な事態の拡大(accidental escalation)だ」と。

■米国のイランへの圧力は、ドナルド・トランプ大統領がオバマ政権時代の核合意から、2018年5月に脱退し、制裁を科すことにしてから、大いに高まっている。

■先月、「IMF(国際通貨基金)」は、米国の制裁がイランの経済成長を頓挫させ、深刻な不況に陥らせ、インフレ率を40%に近づかせようとしている、と報告した。「IMF」は、イランが今年マイナス6%成長となるという予測と、同国経済を締め付けているトランプ大統領の努力とを結び付けている。

■イランの保守派政治家たちは、米国が2015年の核合意から離脱したことに対し、ロウハニ政権は同様の反応をし、イランの力を見せつけるべきだ、と批判している。もしイランと米国の緊張が制御できなくなった場合には、イランにも核合意から離脱するというオプションが残っている。

■イランの陸軍担当首席補佐官は先週、もしアメリカがホルムズ海峡を通じて原油を輸出できなくなるなら、他の国も同じように、この戦略的に重要な水路を使用することはできなくなるだろう、と語った。

■「敵が他の選択肢をいっさい残さないとした場合以外には、我々には、ホルムズ海峡を封鎖する意図はない」と、イラン軍参謀総長のムハンマド・バクーリ大将は述べた。ホルムズ海峡について「米海軍は、誰が安全保障の責任者か、ということを知っている」と。

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。

Foresight 2019年5月8日掲載

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