人生に必要な知恵はすべて「マンガ」で学んでね

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 高井家には、今年の4月から大学1年、高校1年、中学1年になった3~4歳間隔の三姉妹がおります。この3人、特に下の2人は小さいころ、「早く5年生になりたい!」と高学年になるのを心待ちにしていました。

 なぜなら、小学5年生から『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博、集英社)が読めるようになるからです。特に「最後尾」の三女は、父と姉たちが「メチャメチャ面白い!」と盛り上がるのを悶絶するように見て育ちました。案の定、解禁後は「ドはまり」しました。

 我が家には天井までの高さの本棚で6本分ほど、千数百冊のマンガがあります。

 それらには、高井家流の「R指定」がついています。初めは長女が大きくなるのに合わせて自然発生したものでしたが、徐々に「これは補助的な教育システムとして使える」と気づき、計画的に運用するようになりました。子どもに読ませるのを主目的に買いそろえたマンガもあります。

 高井家のR指定システムのご説明の前に、なぜマンガが「教材」として優れているのか、簡単にまとめておきます。

「最強のコンテンツ」

 少し大きなお子さんをお持ちなら、「この本、読んでみたら?」と促したときの子どものスルー力の高さはご存知でしょう。親に押し付けられた本など、読む気が起きない気持ちは分かります。水場に馬を連れて行けても、無理に水を飲ませることはできない。

 これがマンガだと、「ちょっと読んでみる」となりやすい。試し読みして「合わないな」となったら放り出されますが、その確率も低い。

 なぜなら、マンガは「最強のコンテンツ」だからです。

 ハードルの低さ、イメージ喚起力、クオリティ、アクセシビリティ、ポータビリティ、多様性などなど、総合的な力で見ると活字の本や映画・動画などにはるかに勝る強力なメディアです。これはオススメしたときの我が子(や友人)の「食いつき」から見た肌感覚の価値判断です。

 こんな「最強のコンテンツ」を教育に使わない手はない。娯楽としても、良質のマンガは人生を豊かにしてくれます。我が家では、小説やノンフィクションなどの推薦図書と同列の存在として、マンガを位置づけています。

 前置きはこれくらいで。では、高井家式マンガ教育、ご笑読ください。

第1段階 はじまりは手塚治虫

 高井三姉妹のマンガ道は、「神様」から始まります。絵本と一緒に、手が届くところに『手塚治虫こどもまんが作品集』(小学館)を置いておく。我が家には『鉄腕アトム』『ジャングル大帝レオ』『ユニコ』の3作品がそろっています。

 全ページカラー・総ルビつきのこのシリーズは、読み進めるコマの順番までナンバリングしてあります。ひらがなと数字が読めるようになったら、これでマンガの「文法」を身に着けてもらう。神様の代表作ばかりですから、中身は折り紙付き。文句のつけようのない入門編だと思います。

 その次に進むのが藤子・F・不二雄の『ドラえもん』(小学館ほか)。これは説明不要でしょう。我が家の場合、いわゆる「コンビニ本」のオムニバスと映画の原作の長編、あわせて20冊ほどが本棚に並んでいます。『ドラゴンボール』『Dr.スランプ』『ネコマジン』(すべて集英社)など、鳥山明作品も三姉妹全員の愛読書です。

 未就学児から小学1~2年生のうちは、これらの作品でマンガの面白さにどっぷりハマってもらうのが大事。我が家の場合、マンガ史に残る巨匠が主軸ですが、夢があって、子どもの自由な発想を制限しないものなら、どんな作品でも良いのだと思います。

第2段階 物語の面白さに浸る

 小学3~4年生になると、多少複雑なストーリーも理解できるようになってくるので、少しずつ少年・少女マンガを解禁していきます。この年齢層で読んでもらう作品選びでは、以下のようなポジティブな価値観・作風を意識していました。

(1)友情や友人・家族など「人間への信頼感」が前面に出ている

(2)登場人物が何かに打ち込み、努力が報われる

(3)バトルなどで残虐・過激な描写が出てこない

 具体例を挙げると、体操マンガの秀作『ガンバ! Fly high』(原作森末慎二、作画菊田洋之、小学館)、高校生柔道を描いた名作『帯をギュッとね!』(河合克敏、小学館)、『ヒカルの碁』(原作ほったゆみ、作画小畑健、集英社)、『SLAM DUNK』(井上雄彦、集英社)、『め組の大吾』(曽田正人、小学館)、『ちはやふる』(末次由紀、講談社)などが代表的なところ。手塚作品コーナー内では、『三つ目がとおる』(講談社)、『ブラックジャック』(秋田書店ほか)あたりがアンロックされます。

(1)~(3)の基準の情操教育的な狙いは明らかだろうと思いますが、この時期に優れたマンガを大量に与えることには、もう1つ、別の意図があります。「物語の面白さ」を知り、それに浸ってもらうことです。この点で最強の教材は『ガラスの仮面』(美内すずえ、白泉社)でしょう。実際、三姉妹全員が中毒状態に陥りました。『ベルサイユのばら』(池田理代子、集英社)も威力抜群。世代を超える傑作の凄さを実感します。

 このころから、マンガと並行して、挿絵入りのジュブナイル小説や上橋菜穂子の「守り人」シリーズ(新潮社ほか)などに読書の幅を広げるよう、やんわりと誘導していきます。マンガで物語の面白さを味わっていると、活字中心の作品に手を出すハードルが下がります。ファンタジー好きの三女は「ハリー・ポッター」シリーズ(J.K.ローリング、静山社)にも同じころにのめりこみました。

最新作は「別枠」

 ここまで読んで「ずいぶん杓子定規で堅苦しいマンガとの付き合い方だな」と感じる方もおられるかもしれないので、少々補足を。

 「R指定」は私が用意したライブラリーに並ぶマンガに適用するルールです。我が家では三姉妹に、それぞれ本棚1本分程度の自前のスペースを与えています。そちらには子どもたちが自分のお小遣いで買った最新のヒット作がずらりと並んでいます。

 たとえば長女が集めていた『銀魂』(空知英秋、集英社)あたりには「妹たちにはまだ早いからダメ」と一定の縛りをかけますが、基本は自由に自分たちで楽しめるようにしています。

 マンガは同時代性が強いメディアなので、子どもたちには子どもたちなりのお気に入りがあります。逆に親が「これ、読んだら?」と勧められることもありますが、正直、少年マンガの最新作は、中年オジサンの私にはちょっとキツイものがあります……。

第3段階 「大人の入り口」へ

 小学校高学年になると、人間や社会の複雑さ、醜さなどを描く作品群にも幅を広げていきます。私はどうにも子どもに甘い父親なので、人生の厳しさはマンガから学んでもらうことにしています。世の中は一筋縄でいかず、浮世は残酷で矛盾に満ちた場所で、だからこそ面白い、という「大人の入り口」へマンガに誘導してもらう。

 具体的には冒頭で挙げた『HUNTER×HUNTER』のほか、荒川弘の『鋼の錬金術師』(スクウェア・エニックス)と『銀の匙 Silver Spoon』(小学館)、羽海野チカの『3月のライオン』(白泉社)と『ハチミツとクローバー』(集英社ほか)、『ご近所物語』(矢沢あい、集英社)、『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子、講談社)、『あさきゆめみし 源氏物語』(大和和紀、講談社)あたりが解禁対象です。手塚作品では、『火の鳥』(学童社ほか)が推薦図書に加わります。

 高学年までこれらの作品へのアクセスを制限しているのは、

(1)単純な善悪ではかれないキャラクターが登場する
(2)大人の恋愛や「生と死」など重厚なテーマを扱っている
(3)死体や殺人などで残虐シーンがある

 といった点を配慮しています。

 第2段階、第3段階とも(3)で残虐シーンを避けるという基準を紹介しました。

 マンガというメディアの伝達力の強さは、衝撃的なワンカットが子どものトラウマになりかねないというリスクと表裏一体です。暴力的なシーンだけでなく、性的描写にもこれは当てはまります。キチンと知識がつく前、人間の悪意についてある程度の理解力がつく前に極端な情報に触れると、心に深く刻み込まれてしまう恐れがあります。

 私自身、低学年のときに見た、いわゆる「エロ本」のグロテスクなシーンの記憶を長年ひきずった苦い経験を持っています。だからこそ、まったくの私個人での「線引き」ではありますが、「R指定」を設けてリスクを下げています。ちょっと過保護かもしれませんが。

 ただし、このルールの例外としているのが戦争マンガ。おざわゆきの『あとかたの街』(講談社)と『凍りの掌 シベリア抑留記』(小池書院ほか)、『ペリリュー―楽園のゲルニカ―』(武田一義、原案協力平塚柾緒・太平洋戦争研究会、白泉社)などは、かなりショッキングな描写がありますが、レーティング対象外としています。できるだけ早くから昭和の戦争の歩みに興味をもってもらいたいからです。

 戦争マンガへの子どもの反応は、絵柄に惹かれて手に取り、読み始めればのめりこむ、という感じです。これもマンガが持つハードルの低さの威力。同じ題材のノンフィクションを推薦しても、ヘビーすぎて読み通せないだろうと思います。

第4段階 「読書の習慣」に結び付ける

 中学生になったらもう一段、「大人の階段」を上ってもらいます。

 解禁するのは、岩明均の『寄生獣』と『ヒストリエ』(ともに講談社)、『日出処の天子』(山岸涼子、白泉社ほか)、『Paradice Kiss』(矢沢あい、祥伝社)、『JIN―仁』(村上もとか、集英社)、『岳』(石塚真一、小学館)あたり。手塚作品はほぼすべてがアクセスOKとなり、『きりひと讃歌』(小学館ほか)、『アドルフに告ぐ』(文藝春秋ほか)、『ブッダ』(潮出版社ほか)あたりが本棚には並んでいます。ただ、どうもあまりお気に召さないようで、読まれている形跡はありません。機会を見ては勧めるのですが、なかなか……。

 このあたりまでくると、解禁基準は「露骨で過激なセックス描写の有無」くらいになってきます。正直、男親であり、実家の稼業が肉体労働系、加えて三人兄弟という「男社会」で育った私には、女の子の性教育の「さじ加減」がよく分からないところがあります。男の子より早熟でしょうから、そんなに神経質になる必要はないのだろうとは思うのですが、ショックを受けたり、「お父さん、これ、どういう意味?」と聞かれたりしても困るので、保守的に運用しています……。

 この点をのぞけば、「コンテンツの消化力はもう大人並み」とみなして、どんどん幅を広げます。

 第3~4段階の期間には、並行して『獣の奏者』(上橋菜穂子、講談社)、『ブレイブストーリー』(宮部みゆき、KADOKAWA)、『夜のピクニック』(恩田陸、新潮社)、『氷点』(三浦綾子、朝日新聞出版社ほか)、『リテイクシックスティーン』(豊島ミホ、幻冬舎)、『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン、早川書房)、『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦、KADOKAWA)あたりの「読めば鉄板で面白い」という幅広いジャンルの小説をプッシュします。三姉妹はそれぞれ「ツボ」が違うので、様々なジャンルのなかからお気に入りの作品を見つけているようです。

 この時期の狙いは「読書の習慣」を身に着けてもらうこと。マンガと小説は同列のコンテンツとして扱い、「あっちも面白いし、こっちも面白い」と思ってくれればOKというスタンスです。一度、読書の面白さを味わえば、あとは勝手に自分の好きな作者や作品を見つけてくるので、「活字の本ならお父さんが買ってあげる」というエサ(?)で釣り、読書がマンガに偏りすぎないように誘導してきました。

最終段階 ようこそ!大人の世界へ

 R指定は中学生までで、高校生になったらマンガを含めて我が家のすべてのライブラリーへのフルアクセスが認められます。

 私が最初に「必読!」と勧めるのは、安野モヨコの『ハッピー・マニア』(祥伝社)、『ヘルタースケルター』(祥伝社)、『リバーズ・エッジ』(宝島社)などの岡崎京子の作品群です。いずれも恋愛や性愛をテーマに取り込みながら、人間を深く描き切った傑作です。

 おそらく女子高生にもなれば,「そんなこと分かってるよ!」という話なのでしょうが、恋愛には人を盲目にする破壊力があること、世の中には「悪い男(と女)」がいることを理屈抜きで知るのに、マンガほど適したコンテンツはそうそうないと思います。

 ちなみに一番読んでほしくて猛プッシュしてもスルーされるのが『ナニワ金融道』(青木雄二、講談社)。拙著『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』の上級編としてぜひ一読してほしいのですが、絵柄とセリフが受け付けないようです。『フォーサイト』の「独選『大人の必読マンガ』案内」でも紹介した谷口ジロー土田世紀の作品もあまり見向きしてもらえません。マンガでも「押し付け」には限界があります。

宝物になる「共有体験」

 ここまで教育という観点から紹介してきましたが、これはあくまで我が家の「マンガとのお付き合い」の一側面でしかありません。ここには挙げなかった「ただただ面白いだけ」という純粋な娯楽作品も本棚にはゴロゴロ並んでいます。

 「教育効果」も、親の意図したとおりに上がっているわけではありません。たとえば「傑作のスポ根マンガのシャワーを浴びれば、自分の子ども時代のように、子どもたちも運動好きになるかも」という期待は見事に外れ、三姉妹はみな、運動不足気味のインドア派に育ちました。3人そろってキャラクターのお絵描きばかりしているのを見ると、「マンガ、与えすぎたかな……」と思わないでもない。

 でも、そもそも我が家の子育ては「放し飼い」主義なので、それで良いのだと思っています。「みんな、好きにしたらエエがな」が私の個人的信条です。

 それに、すべてではないにせよ、私が「面白いから一緒に読もうよ!」と思うマンガを子どもたちが読んでくれただけで、大きな目的を達した感があります。

 読んだマンガの感想を話し合うのは、家族旅行と同じように、共有体験に基づく楽しい時間です。

 「『ブラックジャック』はどのエピソードが素晴らしいか」

 「『ガラスの仮面』で最強は何巻か」

 「『ハッピー・マニア』で一番ダメなキャラは誰か」

 といった話でワイワイと盛り上がる。

 『3月のライオン』や『乙嫁語り』(森薫、KADOKAWA)、『ハクメイとミコチ』(樫木祐人、KADOKAWA)、そして『HUNTER×HUNTER』など親子のお気に入りの作品は、新刊が出るたび、ちょっとしたイベント感のある話題になります。

 相互主義に基づくなら、私が子どもたちのライブラリーの作品を読んで「共有体験」を広げるのがベストなのでしょう。実際、『ハイキュー!!』(古舘春一、集英社)は娘に勧められてハマりました。『モブサイコ100』(ONE、小学館)も面白げなのでトライしてみようかな、と思っています。『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平、集英社)、『ワンパンマン』(原作ONE、作画村田雄介、集英社)も「読むべき」らしいのですが、なかなか……。

 あれ……誰が誰を「教育」しているんでしたっけ?

高井浩章
1972年生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験があり、金融市場や国際ニュースなどお堅い分野が専門だが、実は自宅の本棚14本の約半分をマンガが占める。インプレス・ミシマ社の共同レーベル「しごとのわ」から出した経済青春小説『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』がヒット中。
noteの連載はこちら→https://note.mu/hirotakai ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/hiro_takai

Foresight 2019年5月2日掲載

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