若者は旅をせよ! 私が学生に「異郷研修」を進めるワケ

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「出身地と出身大学以外で働きなさい」

 私は自分の主宰する「医療ガバナンス研究所」で学ぶ医学生や看護学生にいつも言う。

 私がこのように指導する理由は、異郷で生活することで若者は成長すると考えるからだ。

 人はあらゆる意味で育った環境の影響を受けている。ところが、そのことをきちんと自覚していないと、自分の育った環境が全てと思ってしまいがちだ。若者には「旅」が必要だ。このことは古今東西変わらない「真理」だと思っている。

インターンに来た2人の学生

 今回の春休みに2人の若者が当研究所でインターンを経験した。吉村弘記君(写真1)と村山安寿君(写真2)だ。

 吉村君は埼玉県生まれ。私立武蔵高校を卒業後、2浪の末、広島大学医学部に合格した。母上の吉村七重さんは熊谷市役所に勤務する保健師。1994~95年にかけて、筆者が大宮赤十字病院(現さいたま赤十字病院)で研修医をしていた際に一緒に働いた。頭の回転が速く、行動力がある優秀な人物だ。弘記君は彼女の一人息子である。 

 彼女は弘記君に拙著『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)を読むように勧めたようだ。この中で私は「異郷での研修」を勧めている。弘記君は「当初、東北大学を希望していましたが、先生の本を読んで、広島大を受けることにしました」と言ってくれた。

 埼玉の大宮と東北大学のある仙台は、東北新幹線で1時間半の距離。西日本の、それも本州の端に位置する広島に比べれば、身近な存在だ。吉村一族で西日本に住むのは、弘記君が初めてだそうだ。勇気ある選択に拍手を送りたい。

 もう1人の学生である村山君は、都立日比谷高校から東北大学医学部に進んだ。中学は函館ラ・サールである。函館、東京、仙台での生活経験がある。

 村山君は4月から大学2年生になる。彼は高校時代から私の研究室に出入りしているので、以前から「異郷での研修」という私の考え方を伝えていた。

旧七帝大と早慶の入学者分布

 今春、私が村山君に与えた課題は、旧七帝大や早慶の入学者の分布を調べることだ。 

 既に東北大学で1年間を過ごした村山君は、「東北大は東北地方と首都圏の学生が多い。西日本の人は殆どいない」と言う。一方、「東大や早慶には全国から学生が集まってきているのでしょう」と考えていた。

 同じようなイメージを世間一般も抱いているだろう。マスコミは、我が国で東京への一極集中が加速し、地方が衰退していると繰り返し報じている。

 政府も同じ立場だ。2017年9月、文部科学省は東京23区の私立大学の定員増を認めないことを告示した。

 だが、本当に東京の大学に全国から学生が集まり、地方は衰退しているのだろうか。

 村山君には『週刊朝日』と『サンデー毎日』を渡した。毎年、この季節になると有名大学の高校別合格者数を掲載している。私が指示したのは、各都道府県の18歳人口1万人当たりの有名大学の合格者数を調べることだ。

 村山君は処理能力が高い。わずか2日で全ての結果をまとめ上げた。

「東大」入学者の59%が関東から

 まずは東京大学だ。入学者の出身高校を都道府県別に分け、18歳人口1万人当たりの入学者数を図1に示した。東京、奈良、神奈川、富山、兵庫が多い。東京、奈良、兵庫には私立の有名進学校が存在し、富山は教育熱心で有名だ。確かに、東大には全国から優秀な学生が集まってきている。

 ただ、私立の進学校には、他府県から生徒が通っている場合が多い。今回のように学校所在地に注目した調査では、一部の都府県を過大評価してしまう。

 そこで関東地方や近畿地方などブロック別に分析してみた。結果は図2の通りだ。

 東大の地元である南関東がもっとも多く、これに北陸、中国、南九州が続く。兵庫や奈良の高校から東大に進学する生徒が多いが、近畿地方全体では東大進学者が少ない。

 北陸、中国、南九州に共通するのは旧七帝大がないことだ。最寄りの旧七帝大にいくより東大を目指す学生が多いのかもしれない。

 では、東大の学生に占める関東の高校出身者の割合はどれくらいだろうか。

 実に59%が関東の高校から来ている。2位の近畿13%、3位の中部の12%を大きく引き離す。近畿以西の割合は25%に過ぎない。

 つまり、確かに東大には全国から優秀な学生が集まるが、入学すると「周囲は関東人だらけ」を経験することになるのだ。

関東の比率が低い理科3類

 例外は、理科3類(医学部進学コース)だ。合格者97名のうち、東京42名、兵庫23名、愛知6名、大阪4名、京都4名、富山3名、広島3名、神奈川3名と続く。関東地方の合格者は48名で、全体の5割を割り込む。一方、近畿以西出身者は42%で、関東地方と拮抗する。18歳人口当たりに直すと、図3のようになる。

 理科3類の関東の比率が他学部に比べて低いのは、兵庫県の灘高が毎年、大量の合格者を出すからだ。今年は20名が合格した。京大医学部にも26名が合格しており、卒業生の半分が医学部に進学する。一方、今年は文科2類の合格者はゼロ。文科1類は10名、文科3類は3名だ。この結果、東大合格者は73名と減少した。

 この現象を灘高の地盤沈下と読むか、東大のブランド力の低下と読むか。勿論、後者の可能性が高い。

東大合格者が少ない大阪

 では、逆に東大合格者が少ない地域はどこだろう。図4をご覧頂きたい。低い順に沖縄、島根、青森、大阪、滋賀、福島、佐賀、山形となる。

 注目すべきは、教育先進県とされる大阪からの進学者が少ないことだ。兵庫や奈良の進学校に通う生徒もいるのだろうが、それを考慮しても少ない。近畿の約4割の人口を抱える大阪の東大進学率が低いため、近畿全体の比率も上がらない。

 大阪人の東京への対抗意識が「東大嫌い」を招いているのだろうか。少なくとも、大阪に限っては「優秀な生徒が東大に行く」ということにはなっていない。

 この現象は、この地の活性化に少なからぬ影響を与えているのではないかと思う。優秀な高校生が地元の大阪大学や京都大学に進むためか、この地域からノーベル賞に代表される様々な成果が出ている。

 図5は、大学病院の臨床研究のアクティビティを比較したものだ。2009年1月から2012年1月までの間に、大学病院に所属する医師100人当たりが発表した臨床論文の数を示している。この調査は、当時東大医学部5年生であった伊藤祐樹君が行った。

 米国立医学図書館のデータベースを用いて、「Core Clinical Journal」(医学分野で重要性の高い雑誌)に掲載された論文数を調べた。

 上位陣には京都大、名古屋大、大阪大など西日本の大学が名を連ねる。もっとも多額の税金を投入されている東京大学の順位は5位だ。このような西日本の大学に多くの学生を送り出しているのが、他ならぬ大阪だ。

「東北大」「東大」ともに少ない福島

 東大進学者の少ない地域を示した図4についてもう1つ注目すべきは、東北からの進学者が少ないことだ。特に福島からの進学者が少ない。

 ちなみに福島は東北大学への進学者も少ない。18歳人口1万人当たりの東北大学合格者数は、東北で最低だ。多い順に宮城152名、岩手88名、青森71名、秋田62名、山形45名、福島18名となる。

 福島は教育後進県と言っていい。明治維新以来、教育面で差別を受けてきたからだ。いまも影響は残る。

 例えば、医学部を擁する国立大学がないのは、全国で和歌山、奈良、神奈川、埼玉、栃木、福島、岩手の7県である。いずれも徳川家と縁がある地域で、戊辰戦争では佐幕派だったところが多い。

 幕末、蘭学の中心は医学だった。多くの藩が藩校を設け、蘭学を取り入れた。戊辰戦争で勝利した西日本では藩校が母体となって、現在の高等教育機関ができあがった。一方で敗れた幕府側は藩校が取り壊され、専門家は雲散霧消した。このような地域で医学部ができるのは、高度成長期の「一県一医大政策」まで待たねばならない。

 東京電力福島第1原子力発電所の事故で、福島は甚大な被害を蒙った。この地を復興させるには、公共事業だけでなく、長期的な視点に立った教育が必要だが、このような意見はほとんど出てこない。

「京大」「阪大」「名古屋大」に「早慶」も

 話を戻そう。

 村山君に東大の次に調べて貰ったのは、京都大学と大阪大学だった。その結果を図6図7に示す。京都大学の学生の出身地は京都を中心に同心円状に広がり、大阪大学は近畿と北陸、中国地方からの進学率が高いことがわかる。

 入学者に占める近畿出身者の割合は、京都大学が50%、大阪大学が62%である。京都大学がやや低いのは中部地方からの入学者が多いためで、近畿と中部をあわせると67%となる。東大と同じく6割程度の学生が地元出身という「ローカル色が強い大学」ということになる。

 東大との違いは、東大にとっての兵庫、奈良、富山のような、遠く離れていながら京大や阪大を目指す地方がないことだ。

 名古屋大、九州大も状況は変わらない。18歳人口1万人当たりの名古屋大学と九州大学の合格者数を図8図9に示す。名古屋大学の中部地方出身者は49%、九州大学の九州出身者は69%である。名古屋大の地元出身者率が比較的低いのは近畿からの入学者が多いためで、近畿と中部を足すと90%となる。同じく、九大も中国地方と四国をあわせると86%となる。

 では、私学の雄である早慶はどうだろう。それぞれの合格者の分布を図10図11に示す。いずれも関東から九州にかけて合格者が分布し、東北からの合格者が少ない。合格者に占める関東の割合は早慶ともに78%だ。次いで中部地方が多く、早大は9%、慶大は8%だ。近畿以西の西日本出身者は、早大が11%、慶大が12%に過ぎない。 

 早慶とも野球部やラグビー部などで西日本の高校出身者が活躍しているため、「全国区」のイメージがあるが、実態は関東のローカル色が強い。

 このように、東京の名門大学である東京大学や早慶の入学者には圧倒的に関東出身者が多いというのは、皆さんの予想と大きく異なるのではないだろうか。村山君も「自分の予想と全く違いました」と言う。

 東大や早慶がこの状況だから、他の私立大学も推して知るべしと言える。少なくとも、今回集計したデータを分析した限りにおいてはそう解釈できるのではないか。

 結局、東京の大学と言えども、地方の大学同様、その地域の人間が多い「関東のローカル大学」なのである。同じ地域に生まれ、同じような仲間に囲まれて育つ、極めて同質的な集団になりやすい環境下にあるのだ。

定員制限より「異文化」交流を

 様々な統計データによれば、2040年には、国民1人当たりのGDP(国内総生産)で、中国と日本がほぼ並ぶと見られている。GDPを見れば、中国は日本の10倍だ。その頃の日本と中国の関係は、現在の青森と東京に似てくるのではないかと私は危惧している。

 その頃には、少なくとも経済的な面での日本の中心は、中国の影響を受けて、西日本にシフトしているのではないか。実際、那覇や福岡、さらに京都、大阪を訪問すれば、いまでもそれを実感できる。たとえば地価の上がり具合を見ても、すでに東京よりも沖縄などの方が上昇率は高くなっている。西日本各地での上がり具合は、それだけ期待値の高さの表れとも見てとれる。

 冒頭にご紹介した、東京23区の大学定員を制限するなど時代錯誤の規制をするのではなく、関東の高校生に積極的に西日本の大学に進学してもらえばいい。1000年以上大陸と付き合ってきた九州をはじめとした西日本には、関東にはない文化がある。若者は異文化と交流すべきだ。我々の世代は、如何にして若者の交流を加速させるか知惠を絞るべきだ。

 では、全国から学生が来ている大学とは、どこだろうか。それは、村山君が通う東北大学と北海道大学だ。いずれも地元出身者の占める割合は40%以下である。実は、両大学の置かれた状況は大きく異なる。互いの歴史を反映しているのだ。

 次回は、このあたりについてご紹介したい。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2019年4月12日掲載

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