「マッチプレー選手権」で見せられた「後味の悪さ」から考える

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 世界選手権シリーズの「WGCデルテクノロジーズ・マッチプレー選手権」(3月27~31日)は、35歳の米国人選手、ケビン・キスナーの優勝で幕を閉じた。

 そのキスナーに敗れ、大会最年長優勝を逃した40歳の米国人、マット・クーチャーの胸の中には、敗北の悔しさ以外にもう1つ、すっきりしないものが残った。

 それは、前日の準々決勝でクーチャーがスペイン出身のセルジオ・ガルシア(39)と対戦した際に起こった、ある出来事から生じた確執。

 そして、2人の確執は、眺めていたゴルフファンにも後味の悪さを残した。

ガルシアの怒声

 大会4日目の土曜日。クーチャーとガルシアは準々決勝で対戦し、クーチャーが1アップで迎えた7番で“事件”は起こった。

 クーチャーがボギーパットを沈めた直後、ガルシアは2メートルのパーパットを外し、10センチほどのボギーパットが残った。

 それは多くの場合、「入るもの」「外さないもの」と見なされ、相手がコンシードする距離。いわゆる「OK」を出し、「入ったことにしてボールをピックアップしていいよ」と許可を出すであろう距離だった。

 ガルシアは、あたかもOKが出たと思っているような素振りでボールに近づき、マークすることもなく、そのまま逆手で10センチのボギーパットを無造作に打つと、ボールはカップに蹴られ、グリーン上に残ってしまった。

 それを見たクーチャーは、「僕、まだ(コンシードとか、OKとか)何も言ってなかったよね。これで勝敗が決まるなんてことを僕は望まないけど、こういう場合、どうするべきなのか、ルール委員を呼んで聞いてみよう」。

 やってきたルール委員は、クーチャーがボギー、ガルシアがダブルボギーで、そのホールはクーチャーの勝利だという結論を出し、クーチャーが2アップとリードを広げた。

 次なる8番でもパーパットを外して3ダウンを喫したガルシアは、ついに怒りを爆発させ、クーチャーに怒声を上げた。

「ああいう場合、オレだったら次のホールでコンシードを出すぜ!」

 クーチャーは黙ったままだった。そこから先、2人は凍てつく空気の中でプレーを続けた。ガルシアは苛立つ気持ちや流れを変えることができず、クーチャーが勝利したことは言うまでもない。

5年前の「素敵な敗者」

「オレだったら次のホールでコンシードを出すぜ」――そう怒声を上げたガルシアは、5年前、まさにそういう行動を取ったことがあった。

 あれは2014年の同選手権の3回戦。リッキー・ファウラー(30)と対戦していたガルシアは、ハチの大群にたかられ、なかなかショットに入れず、ルール委員を呼んでドロップした。だが、そのために時間がかかり、ファウラーを待たせたことを気に病んだガルシアは、「リッキーに悪いことをした。何かお詫びをしないと僕の気が済まない。それは僕が父から教わったゴルフの本質、ゴルフをやる意味だから」。

 次ホールでガルシアは、自分がそのホールを奪うチャンスだったにもかかわらず、ファウラーのパットをコンシードして、そのホールを引き分けにした。「ピックアップしていいよ」とガルシアから言われたファウラーは、「最初は信じられず、3回も聞き返した」が、言われた通り、ボールをピックアップした。

 最終的にはファウラーがマッチに勝利した。あのコンシードは勝敗には「影響を与えなかった」と両者とも言っていたが、あのホールでコンシードせずにガルシアがリードを広げていたら、その後の流れや結果は違っていたのかもしれない。

 ともあれ、そんな経緯を経て敗者となり、ファウラーと固い握手を交わしたガルシアは「素敵な敗者」として拍手喝采を浴びた。

「負け犬の遠吠え」

 あのときのガルシアは本当に素敵だった。ガルシア自身、あのとき取った自分の行動を誇らしく感じていたのだろう。だからこそ、今年の準々決勝でクーチャーが取った言動に腹が立ち、怒声を上げたのだと思う。

「コトはきわめて単純。僕がパットを外し、崩れたというシンプルな話だ。だが、1つだけ受け入れがたいのは、クーチャーが『OKとは言ってなかったけど、これで勝ちたくはない』なんて言っておきながら、何もしなかったこと。オプションは、たくさんあったはずなのに……」

 たとえば、自分が5年前にファウラーにしてあげたように、次ホールで相手にコンシードを出すというオプションもあったはずだとガルシアは思い、何もしなかったクーチャーに対する怒りを募らせていた。

 しかし、その「オプション」は、あくまでも相手の厚意から生まれ出るもの。かつてガルシアが「素敵な敗者」になったときも、あのコンシードがガルシアの純粋な思いやりから芽生えたものだったからこそ、ファウラーも驚く行動となり、眺める人々の琴線に触れ、ガルシアは敗者になりながらも拍手喝采を浴びたのだ。

 だが、その逆側の立場に立ったとき、思いやりを「与えてくれなかった」と腹を立てるのは筋違い。「それを言っちゃあ、おしまい」というもの。まさに「負け犬の遠吠え」だった。

本当のスポーツマンシップとは?

 今年1月から新しいゴルフルールが施行されて以来、ルールにまつわる騒動が次々に起こり、選手たちの不平不満が続出して、米ツアーは大揺れしていた。その後、米ツアーを率いるジェイ・モナハンPGAツアー・コミッショナーが、そうしたネガティブな声を公の場で上げないでほしいというメモを選手たちに回し、昨今はルール関連の騒動が、少なくとも目に見える範囲においては収束しつつある。

 しかし、スロープレー批判やギャラリーのマナー批判等々、まだまだネガティブな声は方々から聞こえてくる。

 勝敗より大切な何かこそが「ゴルフの本質であり、ゴルフをやる意味」というガルシアの父親の教えは、その通りだと心底思う。

 人々が心の底から感動する「いい話」より、不平不満や批判ばかりが聞こえてくる昨今は、データやランキング、高額賞金や勝敗ばかりに目が行ってしまいがち。

 昨年5月に米国におけるスポーツ・ベット(賭け)が解禁になって以来、ゴルフ界に向けられる視線が今までとは少し異なってきていることも、浪花節的なストーリーが減ってきている要因の1つと思われる(米PGAツアー「賭け解禁」で沸き起こった「批判」「反論」「大激論」 2019年3月13日参照)。

 その結果、一番大事なゴルフの本質が忘れられかけているように感じられてならない。

 もちろん、今回の一件におけるクーチャーの言動に非はなく、すべてが正論で、責められるべき点は何もない。

 だが、クーチャーも、ガルシアも、もうちょっとだけ、ほんの少しだけ、相手を思いやる気持ちを抱くことができていたら、その言動も、コトの経緯も結果も、何かが変わっていたのかもしれない。

 2人の確執が明るみになった後、SNS上にはクーチャーとガルシア、双方に対する批判の声が数多く上がった。そして翌日、2人はお互いに謝罪したと明かし、「誤解だった」「わだかまりはない」と釈明を出したが、取ってつけたようなエクスキューズの感は否めない。

 いずれにせよ、今回の一件において、ゴルフの本質、本当のスポーツマンシップと感じられるものを見ることができなかったことは、とても残念だった。

 いよいよ来週は、「ゴルフの祭典」マスターズが開幕する(4月11~14日)。

 オーガスタでは、素敵な勝者、素敵な敗者を見たいと、切に願っている。

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舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

Foresight 2019年4月3日掲載

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