41歳「冒険家」が若者と挑む「北極ウォーク」600キロ!

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 3月25日夕刻、1人の冒険家と12人の若者が「北極」へ飛び立つ。目指すはカナダ北東部バフィン島。面積50万平方キロメートルという日本の国土よりも広い大きな島を、1カ月かけて歩くという。

 冒険家の名は荻田泰永、41歳。そう聞いて「南極」を思い浮かべる人もいるだろう。彼が南極点への「無補給単独徒歩」に挑戦し、日本人で初めて成功したのは2018年1月のこと。「植村直己冒険賞」を受賞し、一躍脚光を浴びた。あれから1年余り、今度は「単独」ではなく「チーム」で北極に挑むわけだが、本来、北極こそが彼の主戦場だ。

 2000年春、冒険家の大場満郎氏が10人の若者と挑んだ「北磁極を目指す冒険ウォーク」に参加し、初めて北極を訪れた荻田氏。以後毎年現地に通い、北極点への「無補給単独徒歩」にも2度、挑戦してきた。

 かつて大場氏からきっかけを貰ったように、今度は自分が若者に何かを与えたい――。そんな思いから企画したのが、今回の「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」である。

『フォーサイト』では、『北極冒険家「極地便り」』と題し、彼らがさまざまな障害(主に通信!)を乗り越えて発信してくれる現地レポートを(ほぼ毎日!)お届けする。それに先立ち、荻田氏に装備や1日のスケジュール、意気込みなどについて聞いた。

1カ月で600キロを踏破

 右の図の通り、「冒険ウォーク」のスタート地点は、バフィン島南部のパングニタング(パングナータングとも)。人口1500ほどの小さな村だ。4月5日にここを出発し、東岸へ抜けて海(海氷)を渡り、ブロートン島にある人口500弱のキキクタルジュアク村へ。いったん補給をしてから、ゴールの町クライドリバーを目指して北上する。到着予定は5月5日。およそ1カ月で、実に600キロにも及ぶ極北の道なき道を踏破するという。

「海に面したパングニタングからキキクタルジュアクまでは、平坦な道を標高200メートルほどまで緩やかに登り、また下っていきます。東岸からキキクタルジュアクまでは海氷を渡って島越えをする。気温は氷点下30度くらい。日中でも氷点下20~15度でしょう。ただ、後半になると気温もあがってくるので、日中で氷点下1桁台、夜で氷点下10~15度くらいだと思います」

 かつて荻田氏が「北磁極を目指す冒険ウォーク」で大場氏と歩いたのは、バフィン島よりも北に位置するカナダの町レゾリュートから北磁極まで700キロの道のりだった。

 今回、同じルートを辿ることは考えなかったのか。

「いま同じルートを歩こうとすると、チャーター機などにかなり費用がかかるのです。バフィン島の方が日本からのアクセスがよく、氷河やフィヨルドなど景色が綺麗なところなので一度行ってみたかったというのもある」

 冒険に名乗りを上げた12人は、10~20代の学生、フリーター、社会人。そのうち2人は女性だ。

「募集は一切していません。彼らはみな、私の講演やラジオ番組を聴いて、“自分も行きたい”と自発的に手を挙げた人たち。中にはスキーもテントも未経験という人もいますが、日本でスキーの経験があっても、北極ではあまり役に立たない。道が悪く、氷が割れているところ、登っていくところ、下っていくところ、島を渡るところ、いろいろあります。日本の雪山で何度、スキーや野宿をしていても、あまり関係ない」

 メンバーにはそれぞれ、食糧計画、健康データ、気象観測、通信係、撮影係などの仕事が割り当てられている。

食事は「2プラス行動食」

 では、彼らは現地でどんな生活を送るのか。

 まず、それぞれ1台のソリを引きながら歩くのだが、重さはなんと50キロ。

「衣食住を積んでいくわけですからね」

 と、荻田氏。

「といっても着替えなんてしないので、せいぜい衣類は肌着2セットほど。その他に食糧、2人で1つのテント、寝袋、敷きマット、雪を溶かしてお湯を沸かすのに使うストーブ、燃料のガソリンなど」

 食事は2プラス行動食。朝と夜にテントで温かいものを食べ、日中は休憩の度に栄養補給をするという。

「2食は、水に浸して熱して食べるアルファ米と、肉やチーズのフリーズドライ。行動食は主にチョコレートです。事前の北海道合宿で5種類の味を決め、つくっていくことになりました。たとえばミルクチョコレートにラムレーズン、ナッツ、摺り胡麻、きなこを入れたものなど。ビターやブラックチョコレートのものもつくりましたが、やっぱりミルクチョコレートがあまくてうまい。チョコレートは1人1日100グラムほど食べます」

 1日のスケジュールはこうだ。

「朝6時に起床。朝食を食べて9時頃スタートし、1時間ごとに休憩をはさんで夕方18~19時まで歩きます。その後はテントを張って食事をし、21~22時頃に就寝。また6時に起きて、という繰り返し。もちろん風呂なんて入りません。体を拭いたりもしません。歯磨きは各々自由。トイレはそのあたりで(笑)」

「隊列とはぐれたらどうすればいいか」

 チームは2月9日から17日まで北海道恵庭市でトレーニング合宿を行った。

「それが目的でもあったのですが、1人1人の個性がよく見えました」

 と、荻田氏。

「私が彼らを知るという意味でも、彼ら同士が知り合うという意味でも、チームにならないといけない。これまで毎月ミーティングで顔を合わせていたのですが、9日間一緒に生活してみると、メンバーの意外な一面が見えてくる。気配りができる奴もいれば、リーダーシップを取る奴もいて、社会と同じで、10人いれば10の個性があります」

 合宿中、荻田氏が声を荒らげた場面もあったという。

「あるメンバーが道具を不注意で壊したのです。“トレーニングだからいいけれど、現場だったら死にかねない。周りのメンバーも巻き添えになる可能性があるんだぞ”と。実際に道具に触れてみないと分からない危険性というのもあります。私は以前、ガソリンが漏れてテントに引火し、危うく死にかけたことがあります。彼らはその話を事前に聞いてはいても、テントで実際にガソリンに触れてみるまで、その意味が分かっていなかった。合宿を通じて、だんだん冒険ウォークがリアルになってきたと思います」

 実感が伴うと、想像が働く。想像が働くと、不安や恐怖が生まれてくる。合宿最後の夜、こんな質問があがった。

「隊列を組んで歩いているときに、天候の影響で視界が悪く、後ろの人とはぐれてしまったらどうすればいいか、というものでした。自分は置いていく側かもしれないし、置いていかれる側かもしれない。それまで考えもしなかったことが、実際に歩いてみて、リアルな恐怖として迫ってきたのでしょう」

若者に何かきっかけを

 これまでは単独歩行の多かった荻田氏。チームでの北極行には当然、違いがある。

「どちらも大変な面と面白い面がある。競技が違うので比べられませんが、1人で歩いているときは自分の面倒だけみていればいい。ミスをしても、困るのは自分だけ。でも、チームの場合は自分のミスに他人を巻き込む可能性が大いにある。重要なのは、そこですよね。これは1人1人に強く言ったことでもありますが、ちょっとした1人の不注意が全体に影響を及ぼし、下手をすれば命の危険にもなりかねない。なので、アイツ最近元気ないなとか、私が1人1 人の個性をみておかないといけないですよね」

 大場氏に連れられ北極を訪れてから約20年。荻田氏には、かつての自分と今回のメンバーの姿が重なるという。

「いまの子も20年前の自分と何も変わりません。何かしたくて、エネルギーもあるけど、何をすればいいのかわからない。かといって、じっとしていることへの焦りや疑問を抱えている。そういう若者に何かきっかけを与えられたらいいなと思います」

 スタートまであと10日!

【予告】

 パングニタング出発(現地時間4月5日予定)とともにスタートする『北極冒険家「極地便り」』(ほぼほぼ毎日更新!)は、トップ画面に専用バナーを掲示しますので、そちらからお入りください。

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Foresight 2019年3月25日掲載

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