「国策企業」ファーウェイの「自信」に反発する「米国」分裂する「欧州」

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 中国の通信機器最大手、「華為技術」(以下、ファーウェイ)をめぐり、米国と中国が火花を散らしている。

 中国政府はファーウェイを全面擁護する方針を明確にし、「5G(第5世代移動通信システム)」の覇権争いは「米国・同盟国ブロックvs.中国ブロック」に二分される構図のようだが、米同盟国でも中国との経済関係に影響が及ぶことを恐れ、コストと技術面で優位に立つファーウェイの排除に踏み切れないでいる。

 こうした現状に米国政府は焦りを隠せない一方、中国政府およびファーウェイは真っ向勝負の様相だ。安全保障と直結する5G技術の対決に中国側は自信を見せている。

爆発する米国の焦り

 3月1日、マイク・ポンペオ米国務長官はフィリピンで、「我々の課題は5Gに関するリスクを世界で共有することであり、ファーウェイの機器が使用されている地域で事業を展開する米国企業は問題に直面するだろう」と述べた。

 これは米国企業のみならず、途上国に向けてファーウェイの製品を5G網の構築で採用しないよう訴えたものだ。

 ポンペオ長官は、各国がファーウェイの製品を5G構築で導入しないよう“行脚”の旅を続けてきた。

 2月中旬はハンガリー、スロバキア、ポーランド、ベルギー、アイスランドを訪問しファーウェイの脅威を訴え、米国に帰っても「ファーウェイの製品を採用する国とパートナーシップを結ぶことも、情報を共有することも共に取り組むこともできない。われわれは米国の情報をリスクにさらすようなことはしない」と強調している。

“行脚”の理由は、ファーウェイ製品の導入をめぐり、ハンガリーが5Gの整備でファーウェイと協力し、政府高官が「ファーウェイの大口顧客は(ハンガリーではなく)英国やドイツだ」と米国の警告に耳を貸そうとしない姿勢を見せたからだ。

 スロバキアは、ファーウェイを脅威と見なさない方針を示していた。このほか欧州各国はファーウェイ製品の導入で揺れ動いており、米トランプ政権の焦りがうかがえよう。

 マイク・ペンス米副大統領も2月、ミュンヘン安全保障会議での演説でファーウェイを名指しし、「中国の法律で巨大な安全当局にデータを提供するよう要求されている」とした上で、「通信技術や国家安全保障のシステムを傷つける企業の排除を求める」と強調した。

 日本政府は、名指しはしない形で事実上、ファーウェイを政府調達から排除する方針を固めているが、民間の通信会社が5G網構築でファーウェイをどう扱うかやや流動的な部分が残る。しかし、中国の軍備拡大の脅威にさらされる日本は欧州とは異なり、選択の余地はないが、すでにファーウェイ排除を決めたオーストラリアを含めて、「日米豪」が逆に世界市場から5G網の構築で孤立する可能性もあながち否定できない実情にある。

 ポンペオ長官らの一連の発言は、特に同盟国、安全保障で同盟を守らなくてはならない国に対する警告と言える。

鮮明化する非公式報復の手法

 中国は、ファーウェイ排除をほぼ決めたオーストラリアに対し、同国からの石炭の輸入を禁止する姿勢を見せたほか、カナダには中国向けキャノーラ(菜種)の出荷を阻止、ファーウェイに対する部分的規制に動いたニュージーランドに対しては、航空機の着陸拒否や首相の公式訪中を実現させないなど、事実上の報復行動をとっている。

 これは、非公式な対策で相手国に経済的コストなどを強いる行動であり、外交政策の対立を威圧的対策と結びつけないことでもっともらしく報復の事実を否定する手法だ。これにより中国に対する封じ込めを図る米国に手を貸してはならない、と相手国に警告する意味をもたせるわけだ。

 話を元に戻すと、欧州と米国・日本との間には、中国に対する安全保障上の危機意識の温度差もあるだろう。日本も危機意識が十分あったとは言えないが、欧州主要国は最近になってようやく、中国に対する危機意識が政権内に醸成されてきたに過ぎない。

 日本でも欧州でも世論の中には、「ファーウェイが中国政府の意図や指示に応じて通信機器にバックドア(裏口)を仕込んだ証拠はない」との意見がある。

 これまで米国家安全保障局(NSA)がファーウェイに対して通信傍受などの秘密工作を行っていたことは元NSA職員のエドワード・スノーデン氏が暴露しているが、米国の情報機関は証拠があっても、証拠をつかむまでの非合法的手法などが明らかになるため、つかんでいる事実を明らかにすることはないと考えるのが自然だ。NSAがファーウェイによるバックドアを利用して顧客となった国の通信情報を得ているとの噂もある。

 いずれにせよ、過去の中国と現在の中国の言動を踏まえ、「性善説」か「性悪説」のどちらで見るかによるだろう。機密が盗まれるリスク、有事の際にサイバー攻撃を受け、安全保障上、決定的に取り返しのつかない事態になる可能性に向けた確率をどう考えるかによるのだ。

揺れる「ファイブアイズ」とドイツ

 ファーウェイに対する対応で注目されているのは、諜報・通信情報を共有する英語圏5カ国「ファイブアイズ」(別名UKUSA信号情報交換協定=米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、英国)の姿勢だ。

 なかでも英国がファーウェイの扱いをめぐり揺れてきた。背景には、ファーウェイを排除することで、カナダやオーストラリア、ニュージーランドのように中国から貿易面などで報復されかねないとの認識もあるからだろう。

 中国共産党関係者は「ファイブアイズは米国のトランプ政権に対する拒否感がそれぞれの政府内にある上、5G政策の方向性をめぐる話し合いがまったく固まっていなかったようだ」と分析して見せた。

 一方、ドイツと中国との関係は最近まで、日本と同様、ドイツの技術が中国を圧倒していた。しかしこの関係は明確に変化しつつあるのが実情だ。

 例えば最近の報告では、オランダの学術情報大手「エルゼビア」のデータをもとに科学技術振興機構(JST)が分析したところ、質の高い論文の引用回数で、米中がほぼトップでそれぞれ独占している現状が浮き彫りになったと報じられた。中国は航空宇宙工学、電気電子工学、機械工学、材料科学など工学・化学・材料の分野で圧倒的トップに立ったという。ドイツや英国、日本は米中の下に位置する。

 あくまで引用論文数の次元だが、この事実は将来、中国が技術で日本やドイツに追いつく可能性を示す。AI(人工知能)やEV(電気自動車)の電池技術でも、ドイツは中国に差をつけられているとされ、これに加えて5Gの整備が中国と比べ遅れる可能性が強まっている。

 5Gの整備が遅れることは経済競争、安全保障の脅威となるだけでなく、通信会社や消費者へのコストが増大する。さらに欧州では、米国が指摘するようなファーウェイの機器による機密情報漏えいの裏付けがないことも、ファーウェイ排除に躊躇する要因となっている。

 ドイツに対し、米国は苛立ちを隠せない。米欧州軍司令官で北大西洋条約機構(NATO)軍最高司令官を兼務するカーティス・スカパロッティ米陸軍大将は3月13日、ドイツがファーウェイを採用すれば、機密情報などの共有を制限するだけでなく、「ドイツ軍との通信を断つ」とまで明言した。無理もない。3月16日付の『産経新聞』によれば、5G技術で1平方キロメートル当たり100万台の小型無人機(ドローン)を操ることが可能となるとされるからだ。

 メディア関係者によると、ドイツ政府は3月中に行われるとされる5G周波帯の入札にファーウェイが参加する名目をつくるため、アンゲラ・メルケル首相の経済顧問が訪中し、スパイ活動防止協定を結べないか探ったという。協定を締結すれば中国は安全保障上の脅威ではなくなり、ファーウェイの入札を認める口実となるというのだろうか。

 意味のない協定だが、これは5G網構築で後れをとる危機感がドイツ政府や通信会社にあることを意味する。結局のところ、ドイツ政府は3月7日に公表したガイドラインで、ファーウェイ排除を明言せず、「信頼できる供給元」からの調達を通信会社に義務付け、重要な機器については通信網に組み込む前に当局が認めた施設で試験を受けることを義務化し、定期的な監視安全試験も求める内容となった。

 上記の動きを踏まえ、中国では「ドイツ政府としてはファーウェイを排除しない姿勢を示すことで、中国との関係を損なうことを回避し、5Gの中核機器では通信会社の自己判断としてファーウェイ製品を排除することで米国との安全保障上の関係を維持できるとの判断ではなかろうか」(中国メディア記者)との指摘がある。

 詳細は省くが、英国も中国との経済関係を重視せざるを得ない。なかでもファーウェイは2013年からの5年間で英国に約20億ポンド(約2960億円)の投資をした上客でもある。

 英国では王立防衛安全保障研究所(RUSI)が2月20日、ファーウェイの機器を採用するのは「安全保障に甘いだけでなく最悪の場合は無責任ということになる」との報告書を出す一方、通信傍受機関、英政府通信本部傘下の国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)が同日、「ファーウェイ製品を導入してもリスクはコントロール可能」と発表した。この2つの異なる見解が示すように英国は揺れている。

 英国もファーウェイを排除した場合、通信会社の運営に大きな影響を及ぼすだけでなく5Gの導入は数年遅れとなる。英国が3月7日のドイツ政府の見解と似たような方針をとるのか不明だが、ドイツや英国の姿勢に影響されたのか、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は「5G網構築における安全性を独自に調査する」と言い出した。

 英国政府内では中国に対する穏健派と強硬派に分かれているが、ファーウェイを排除せず、監視するとの決着となれば、ファイブアイズの一角が崩れることになる。

 中国共産党関係者は「ファイブアイズは米国のトランプ政権に対する拒否感がそれぞれの政府内にある上、5G政策の方向性をめぐる話し合いがまったく固まっていなかったようだ」と分析して見せた。

「巨額融資があったから達成できた」

 一方、ファーウェイは自社の5Gに他社がコストと技術で追いつけないとの自信を背景に、欧州のみならず、途上国で自社の5G網を構築することにまったくブレを見せていない。

「中国人にとってファーウェイは世界で通用する唯一のブランド。多くの中国人が誇りを持つ。その意味からもファーウェイに対する支持で中国政府が引き下がることはないだろう」(中国メディア記者)

 創業者の任正非氏は「米国に押しつぶされることなどあり得ない」「この30年、170カ国以上で30億人にネットサービスを提供してきたが安全性は保たれている。5年後にはさらに安全性はアップし、売り上げは今年の2倍になるだろう」「わが社には700人の数学者、800人の物理学者、120人の化学者、6000~7000人の基礎研究の専門家、6万人の高級エンジニアがいる」「当社製品を制限するに値する証拠は何もない」などと世界中のメディアで宣伝戦を展開してきた。

 3月7日には、米政府機関による同社製品の調達を禁じる法律が米憲法違反だとしてテキサス州で提訴したのも、真正面から米国に反論し各国の通信会社に正当性を宣伝するのが狙いだという。

 念頭にあるのは、「2019年度米国防権限法」で、ファーウェイなど5社の製品や部品を組み込んだ製品を調達することを禁じる内容で、同法が裁判所の判断なく企業や個人に制裁を科す点が憲法に違反すると主張している。

 中国政府も全面的にファーウェイの行動を支持し、王毅外相は米国に対し「引き続き必要な措置をとる」と3月の全国人民代表大会での会見で警告する姿勢を見せている。

 中国政府が掲げる経済圏構想「一帯一路」は、インフラ支援のなかに通信網の構築が含まれており、中国政府の政策に沿う形でファーウェイは5G網を構築していくのは確実とみられる。いわば、狙うは「通信網の覇権」だ。通信網の覇権は、諜報・軍事で優位に立つことを意味する。

 ファーウェイは形式的に民間企業だが、中国の国策を担う「国策企業」である。

 中国には政府が100パーセント出資する政策金融機関、中国国家開発銀行や中国輸出入銀行、中国農業発展銀行がある。

 中国国家開発銀行のホームページ(2013年3月6日付)には、国家戦略で中国国家開発銀行の果たす役割を縷々つづる中でファーウェイに言及している。文章は、中国人民政治協商会議(政策提案・諮問機関。現主席は最高指導部序列第4位の汪洋氏)の機関紙を転載したものだ。

 文章では、中国国家開発銀行は2004年12月、100億ドルの融資を設定し、同社がグローバル市場に参入することを助け、5年以内に海外売上高100億ドルを超えることを支援したとしている。

 米国の華人ネットメディアでは、「ファーウェイは中国政府から1000億ドル以上の融資を得ていた」と話す有識者がいたが、中国国家開発銀行のホームページでは続けてこう書かれている。

「この巨額融資があったからこそ、ファーウェイは海外売上高目標を2年前倒しで達成できた」

「巨額の融資を保証することでファーウェイに海外進出への道を開いた。海外の通信会社にファーウェイの設備を買うための信用貸し付けを行い、中国国家開発銀行とファーウェイ、海外の通信会社はお互いの利益を得る“鉄のトライアングル”関係を築いたのだ」

 この事実だけでも「国策会社」とわかるのだが、ファーウェイは海外のみならず、国内でも中国全土で拡大しつつある5G基地局の整備や5Gに関するネットワーク実験基地に携わっており、他社に追随を許さない技術を背景に中国政府との協力関係を深めている。

 今春に何らかの合意か、とみられる米中貿易交渉で、駆け引きの材料としてファーウェイに対する起訴が取り下げられる可能性を、ドナルド・トランプ米大統領は示唆している。

 仮に起訴取り下げとなれば、ファーウェイの自信は一層深まるだろう。

野口東秀
中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。

Foresight 2019年3月19日掲載

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