韓国に対して相変わらず「遺憾」連発 日本外交の背後にある深刻な問題

韓国・北朝鮮 2019年1月29日掲載

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遺憾、遺憾、遺憾

 23日に開かれた日韓外相会談のニュースを聞き、ため息をついた人もいるのではないか。
 韓国側の「自衛隊機が何度も威嚇してきた。遺憾だ」という怪しげな主張に対して、河野外相は、次のように答えたと伝えられている。
「(自衛隊機は)韓国側が主張するような近距離で飛行していない。韓国側の発表は遺憾だ」
「遺憾」「遺憾」の応酬である。
 河野外相のこうした反応に対して、「反論」「猛反発」と伝えたメディアもあるが、庶民の言語感覚からすれば違和感があるだろう。

 たとえば隣に住む家の親父が、いわれのない文句を言ってきたとしよう。
「おたくの息子さんが、ウチを覗いている」
 そんなことはない、あるとすれば証拠を出してほしい。そう言い返したのだが、次に顔を会わせたらまた同じことを言われた。その時、
「覗いておりません。事実ではないことを繰り返されるとは遺憾です」
 こんな風に答えたと聞いたら、息子のほうは、「親は自分のために抗議してくれている」とは受け止めない。失望する可能性大である。

 もちろん、こうした例え話は乱暴だという考え方もあるだろう。一般家庭、世間の話と外交とは別ではないか、というわけだ。実際、隣の親父には「ふざけるな。殺すぞ」と言うこともありえるが、まともな国ならば隣国にそんな言い方は普通はできない。
 従って、日本における「プロ」とされる人たちの対応は基本的にいつも冷静である。河野外相の「遺憾」連発もまた、その路線に従ってのものだ。

プロの忖度

 しかし、本当にそうした「プロ」の感覚を信じ続けていいのだろうか。そんな疑念もまた国民の間に広がりつつあるようにも見える。「最終的かつ不可逆的」な約束までも反故にされた。続いて徴用工問題、そしてレーダー照射……「断交」を口にする人も出て来ている状況なのだ。

 実のところ、日本における「プロ」「専門家」の目はいささか怪しい―――そんな懐疑的な目を向けているのが、朝鮮半島情勢に詳しいジャーナリストの鈴置高史氏だ。新著『米韓同盟消滅』の中で、こんなエピソードを紹介している(以下、引用は同書より)。

 鈴置氏は2010年、『朝鮮半島201Z年』という近未来小説を発表した。一種のシミュレーション小説で、前提としてあるのは、「21世紀に入った頃から、韓国は『離米従中』に動いている」という認識だったという。この認識は、現在の私たちにとっては決して非現実的なものではない。
 ところが、当時、この小説は、日本国内の研究者や記者ら「朝鮮半島の専門家」を自称するほとんどの人から「トンデモ本」扱いを受ける。
「韓国が米国を離れて中国側に行くことなどあり得ない」と見る人が多かったのだ。当時のことを鈴置氏はこう振り返る。

「すべての自称専門家が、本音を聞けるほど韓国人と深く付き合っているわけではない。まあ、その程度の専門家も多いのだな、と考えた。ただ、首を傾げたのは韓国人の心の奥底を覗きこんでいると思われた人も“トンデモ本”扱いしたことだ」

 その理由はほどなく判明する。実際にはそういうシナリオがありえると思った日本人の専門家もいたのだが、韓国側の反発を怖れたのだ。

「日本の専門家は韓国人から情報を貰っている。教える側の韓国人は『生徒』の日本人の発言や論文、記事をチェックしている。生徒は先生の不興を買いたくはない。すると決定的な局面で、本当のことを言わない。
『慰安婦』を何度も蒸し返すのは(韓国の)民主化が進んだためだ、と韓国人に言われ、検証もせずにそのまま日本人に伝える専門家が多いのも、この忖度の故だ」

 その後も鈴置氏は、「離米従中」への警鐘を「日経ビジネスオンライン」の記事などで鳴らし続けた。もちろん、具体的なファクトを盛り込んで、である。

「それでも日本の専門家の多くは現実から目をそむけ続けた。日本の将来に関わる大ニュースというのに『韓国が中国に寄っているなどという珍説があるが、惑わされてはいけない』と演説、普通の人の目をふさごうとした学者もいた。『離米従中』が現実化するほどに韓国人は焦りを強めたから、日本の専門家も忖度の度を強めたのだろう」

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