吉川晃司の目的は一体何!? 久々に見所のある時代劇「黒書院の六兵衛」(TVふうーん録)

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 最近の時代劇はとりあえず観始めるものの、あまりにひどくてのけ反る。素人目にも殺陣(たて)がひどいのがわかる。棒立ちでフラフラしながら刀振り回すだけで精一杯なのに剣の達人だと? せめて重心を低くして。それが無理ならカメラワークで誤魔化して。これ、NHK(地上波)に伝えといて。

 そもそも剣の達人が活躍する勧善懲悪モノよりも、小心者やお調子者が出てくる人情劇や、男の矮小さと女の悪意がダダ漏れになる政争モノが好き。舞台でいうなら長屋・大奥・遊郭ね。

 今夏、奇抜というか斬新な時代劇が登場した。主役は正座してるだけ。しかも本名も素性もわからず。江戸城開城の際、謎の男が城内に居座っちゃって、さあ大変という物語。WOWOWの「黒書院の六兵衛」だ。

 旧幕府側と新政府(官軍)側の対立をよそに、江戸城は不戦開城となる。城の引き渡し作業を命じられたのは、官軍側についた尾張の下級藩士である上地雄輔。小心者でNOと言えない上地は、頼りない少数の部下(小物感が見事な粕谷吉洋)を連れ、ビビりながら入城。

 まず待っていたのは、お目付け役・山崎銀之丞だ。上地にいちいち嫌みを浴びせ、面倒事を押し付ける。

 上地は不戦開城の立役者である勝海舟(寺島進)から、さらに厄介な問題を任される。城内に居座る謎の男を、事を荒立てずに追い出せという。江戸城はいずれ御所になるため、刃傷(にんじょう)沙汰はご法度(はっと)。あくまで穏便に自主的に退去させろ、と。

 ところが、その謎の男・的矢六兵衛は一切しゃべらない。城内で出自を知る者もいない。黙って正座するのみ。しかも上位の人間しか入れない部屋や、将軍の居室など、重要な部屋にしれっと入っては、居座る。

 六兵衛を演じるのは吉川晃司。一切しゃべらないが、佇(たたず)まいは美しく、威厳がある。しゃべらない役、最適。

 取材力に長けた通訳の駒木根隆介が強力な助っ人となり、吉川の身辺を探り出す上地。しかし「偽者だが凄腕の武士」「所作の美しさから名家の出」「主君にお供しない裏切り者」「金で地位を買った金あげ侍」など、人によって印象がまったく異なる。吉川はいったい何が目的で、六兵衛を騙(かた)り、城内に居座るのか。こういう展開、超面白い!

 気が弱くて、流されるままの下級藩士を上地が好演。嫌な役回りを押し付けられてぶんむくれたり、気丈な嫁(芦名星)に愚痴垂れたり、城内のお作法がわからずに困惑&迷走しっぱなし。旧幕府側の面々からいびられ、気の利かない部下・粕谷に八つ当たりするケツの穴の小ささ。矮小さこそドラマの最大の魅力だ。凛とした佇まいの吉川と対照的なのも、意地が悪くて好き。

 劇中、寺島のセリフには膝を打った。「家柄ばかりで中身のねえバカが政(まつりごと)を仕切り、見栄っ張りの貧乏侍が賄賂を貪る」。幕末も平成も残念ながら同じよのぅ。

 何らかの使命をもって城内を移動する吉川に、振り回される人々。男の沽券(こけん)で小競り合いする馬鹿馬鹿しさ。これは上質なコメディなのだ。史実に不案内な私でも、相当楽しんでいる。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年8月16・23日号掲載

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