皇帝ペンギン「絶滅危機」に警鐘を鳴らす 映画『皇帝ペンギンただいま』監督インタビュー

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 南極大陸に冬が訪れる5~6月、氷山に囲まれた内陸部のコロニーで、彼らの子育ては始まる。太古から繰り返されてきたその営みは、あまりに過酷だ。

 コウテイペンギンはメスが産卵するとオスに卵を預け、エサを獲りに海へ向かう。その距離、実に100キロ。たっぷり栄養を蓄えて戻ってくるまで、2カ月の長旅だ。オスはその間、脚の上に卵を載せ、お腹のだぶついた皮をかぶせて温める。食べるものは気休めの雪しかなく、マイナス60度の極寒が体温を奪っていく。それでも空腹と寒さに耐えながら、ひたすら卵を温めるのだ。やがてヒナがかえり、しばらくしてメスが戻ると、今度はオスが海へ。交互にコロニーと海を往復しながら、12~1月にヒナが巣立つまで育て上げる。

 しかし、子育てがいつも上手くいくとは限らない。メスが卵をオスに預ける時、20秒でも氷の上に留まれば、卵は凍ってしまう。メスの帰りが少し遅れても、ヒナは餓死する。オスが卵やヒナを放棄してエサを獲りに行ってしまうこともあれば、メスの帰りを待って出発したオスが、途中で力尽きてしまうこともある。綱渡りの子育てなのだ。

 冬に繁殖をするペンギンは、18種の中で彼らだけ。最も大型で繁殖期間が長いため、エサの豊富な夏にヒナを巣立たせるには、1年で1番厳しい環境下で子育てをするしかないのだという。しかも、コウテイペンギンをとりまく環境は年々、厳しくなっている。南極大陸とて温暖化の例外ではなく、彼らが被る影響は計り知れない。それでも運命に立ち向かうコウテイペンギンの姿は、健気で切なく、神々しくさえある。

 そんな彼らの現在を伝えるドキュメンタリー映画『皇帝ペンギン ただいま』が8月25日から公開される。2005年の公開と同時に世界中の観客の心を震わせた映画『皇帝ペンギン』の続編だ。リュック・ジャケ監督が2015年11月から12月にかけて夏の南極大陸を再訪。主に冬の子育てを描いた前作に対し、今作は43歳の長寿のオスを主人公に、彼の子が夏に巣立つ様子を捉えた。世界で初めて撮影された水深70メートルの南極海は、見ものである。

 公開に先立ち来日した監督のインタビューをお届けする。 

――今回、どうして続編をつくろうと思われたのでしょうか。

 この作品を撮るに至ったきっかけは、2015年11月~12月にパリで開催された「COP21」(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)でした。この国際会議に、リアルタイムの南極を撮影した映像を提供しようということで、同時期に南極へ遠征したのです。

 実は私には『皇帝ペンギン』以来、ずっと心残りがありました。それは水中の映像をほとんど撮れなかったこと。当時は、そのための高性能な水中カメラもなかったし、実際に深いところに潜って映像を撮れるようなダイビングチームも知らなかったので、仕方がなかったのですが、それ以来、技術の革新もあり、ダイバーチームの人たちとも知り合った。それで今回は前回撮れなかった水中も撮影し、映像を1つの映画としてまとめようと思ったわけです。

 今回の作品は、私にとって非常に興味深いものになりました。世界で初めて撮影された水深70メートルの映像を、ぜひみなさんにも見てもらいたいと思います。

――前作と違い、今作では43歳のオスを主人公にしていますが、それはどうしてなのでしょうか。

 私は1991年に初めて南極へ行ってから二十数年間、定期的に通っているのですが、ある時、研究者の1人から、コウテイペンギンの中には50年くらい生きる長寿もいるという話を聞きました。50年生きているということは、あの冬を50回体験しているということですよね。それを聞いて、本当にシュールな現実だなと思った。そして40回、50回、あの冬を経験している1つの個体を中心に映画を撮ってみたいと思ったのです。

 コウテイペンギンは外観からしても性格からしても人間との距離感が近く、人間なのではないかと錯覚させるような部分もたくさんもっている動物ですよね。なので、彼らを主人公にしてストーリー性のある映像を撮りたいというのが前々からの念願だった。

 それに、コウテイペンギンのすべてが何十年も生きているわけではなく、一部に40年、50年生きるペンギンがいるということですよね。そうすると、なぜ彼らは特別に長く生きることができるんだろうか、ノウハウのようなものが伝えられているんだろうか、という疑問も湧いた。それで今回、43歳のペンギンを軸にしたストーリーにまとめてみました。

――彼の長生きの秘訣は見つかったんでしょうか。

 それは恐らくこれから研究者たちが時間をかけて調べていく1つのテーマだと思いますが、人間にも長生きする人としない人がいて、その原因が遺伝子的なものなのか、その人が生きている環境なのか、たまたま運がよかっただけなのか、色んな答えをそれなりに引き出すことはできるけれども、正しい答えは1つではないですよね。

 私としては、明確な答えを出さない方が、「凄い」という驚嘆に繋がるのではないかと思っています。

――今回、監督が南極を訪れてみて、前回から変化はありましたか。

 ええ、やはり大きく変化したという風に感じました。それは目で見て分かりましたね。景色が凄く変わってしまった。氷の形を見ても、前回とは違った。

 ですが、最も衝撃的な違いは、今回訪れた時に雨が降ったことなのです。1度や2度の気温の上昇は、私たちにしてみれば僅かな差かもしれませんが、南極においては雪が雨に変わり得る。雨というのは南極において、自然をラジカルに変え、もの凄く深刻な結果をもたらすものなのです。

 雨が降るとどうなるかと言うと、大人のコウテイペンギンには羽毛に防水機能があるので、雨に濡れても大丈夫ですが、ヒナには防水機能がありません。雨に濡れてしまったヒナは、凍死するしかない。

 これが現在の南極の1つの象徴的な変化だと思います。南極は極地だから、まだ汚染されていない唯一の場所だという風に言われるけれども、実はそうではありません。

――海まで片道100キロもあるなんて驚きですが、距離が長くなっているのですか。

 南極の氷には、雪が氷になったもの(大陸に降り積もった雪が長い年月をかけて氷となった氷床)と、海水が氷になったもの(海氷)とがあります。本来、雪の氷は夏でも溶け切りませんが、気温の上昇によって以前よりたくさん溶けていて、溶けた水が海へ流れ出している。その水は海水よりも上の部分に溜まり、冬に気温が下がると、海水よりも早く凍り出します。海水には塩分が含まれているので、低い温度でもなかなか凍りませんが、雪の水は淡水なので、0度で凍る。すると、本来は凍らない海水部分が凍ってしまい、だんだんと氷原の面積が広くなっていくわけです。

 ペンギンたちにしてみれば、子育てをしている間に繁殖地と海を何回か往復する中で、その距離が長くなるということですから、以前よりもたくさんのエネルギーを使わなくてはいけなくなる。それはかつてなかったことで、だんだんエネルギーの消耗がひどくなっていくし、待っているヒナたちが飢えに耐えられずに死んでしまうということも出てきます。

――南極の温暖化と皇帝ペンギンの個体数減少を示す具体的なデータはあるのでしょうか。

 一口に「南極」と言っても、気温は場所によって違います。南極の中心の方へ行けば、マイナス50度くらいですし、海岸の方はマイナス20度くらい。なので、南極の気温がどのくらい上がっているのかということを単純に表すデータはありません。ただ、北極の気温も20度くらい上がっていると言われています。今、私たちには、このような極地の変化をどのように意識化していくかということが問われていると思います。

 一方、コウテイペンギンがどれくらい減っているのかという数も具体的には分かりませんが、1970年代から比べると2分の1くらいになったと言われています。今も毎年、小さい数字ではあるけれども、数パーセントずつ減り続けている。コウテイペンギンに限らず、アデリーペンギンも危機に瀕しています。2年ほど続けて雨でヒナが凍死したという例があって、そういう意味では絶滅を目の前にしている種類のペンギンたちもいるわけです。

――本作のきっかけとなった「COP21」の取り決め、いわゆる「パリ協定」を離脱したアメリカのドナルド・トランプ大統領のように、環境よりも自らの利益を優先させる国や企業もあります。

 アメリカや大企業の存在を考えると、1人の人間は本当に無力だと思うでしょう。「COP21」で二酸化炭素の排出量を減らしましょうと、各国の削減目標を具体的に決めても、「温暖化は嘘だ」というトランプ大統領の一言で、止まってしまう。彼の声というのは非常に影響力があり、私たちのやってきたことが50年も100年も一気に後退したような危機感を感じる。

 ですから、まさに彼に代表されるような、あの種の主義主張は、今の地球にとっては大きな犯罪だと思うし、いずれ必ずその犯罪が明々白々にされ、彼らが断罪される日が来るのではないかと私は思う。

 ただもう1回みんなに考えて欲しいのは、私たちの社会というのは今までも色々な歴史の時代を経ながら、少しずつ民主主義に近づいてきたということ。それは1人1人の個々人の力があったからだと思うんですね。女性の権利もそうですし、その前のことを言えば奴隷廃止もそうです。当時の人たちがそんなことできっこないと思っていたたくさんのことを、私たちは大きな歴史の流れの中で実現してきた。少しずつ進んでいます。遅々とした歩みかもしれませんが、進んでいる。

 そのことを見ると、私たちが今抱えている地球の問題というのも、1人の意識がもっと強固なものになれば、同じように時間がかかったとしても前に進むことができるのではないかなと思います。

――日本の人たちに一番伝えたいことは?

 東京も含めて、大都市に住んでいる場合は、同じようなことを考えざるを得ないと思うのです。つまり、私たちが自分たちの消費の中心に、どれほど自然を持ってこれるかということ。私たちは自然の恵みをたくさん消費しているわけですから、それがなくなってしまうような消費の仕方ではなく、永続的にそれを消費し続けられるよう、自然を保護しなければなりません。

 消費しない方がいいと言っているわけではないんですよ。消費を潤滑にしていくためにも、それを提供してくれる自然を守っていくことがとても重要なのではないかなと思います。また、エネルギーの転換についても考える必要があります。

 私はこの映画を通して、現在、地球温暖化に対して取られている政治的な姿勢について果たしてこれでいいんだろうかと、もう1度みなさんに考え直して欲しい。この映画で南極の様々な変化を見ながら、それが私たちの生き死ににも関わっているんだと感じていただけたら、大変嬉しく思います。

 自分としては、やはりコウテイペンギンが絶滅してしまう、彼らがいなくなってしまう世界というのは、未来の子供たちに遺せる豊かな世界ではないと思います。1つの生命体が絶滅してしまう環境というのは、私たちにとっても当然よくない。そして一旦、絶滅してしまったものは、2度と再生できません。私たちが使っている車や何かと違い、壊れたからといってまたつくることはできないわけです。

 ですから、そういう悪い方向に私たちの環境が進まないような意識を持って欲しい。この映画が、コウテイペンギンの存在を通して自分たちの環境について考える、そういうきっかけになってくれればと思います。

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Foresight 2018年8月24日掲載

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