今再びのルック・イースト政策を! 92歳マハティールが着目する「日本の教育」

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 マレーシアの首相に92歳のマハティールが返り咲いた。80年代に強力なリーダーシップで国力を伸ばした政治家が、なぜ今復帰しなければならなかったのか。「日本の次世代リーダー養成塾」専務理事・事務局長を務める加藤暁子氏が解説する。(以下、「新潮45」2018年7月号より抜粋引用)

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「アイ・アム・スティル・アライブ(私はまだ生きていますよ)」。5月10日午前3時過ぎ、マレーシアの野党連合「希望同盟」(PH)を率いるマハティールは、勝利宣言の記者会見でこう語った。57年の独立以来、初めての政権交代を果たしたマレーシアで首相に返り咲いたのはマハティール92歳。世界最高齢の首相がなぜ、再登板せざるを得なかったのか。(中略)

次世代の教育の立て直し

 マハティールは、再登板した首相職を2年程度務めて、新政権になって恩赦で釈放されたアンワル(※権力乱用罪などで逮捕された元財務大臣)に引き継ぐことを明言している。経済と金融の立て直しに目途がついたら、最後の仕事として、次世代の教育の立て直しをしたい考えだ。

「教育は国の根幹。国家を発展させるには、国民が深い知識を持ち、一人一人がことの善悪を見極め、国の繁栄に何が必要かを判断しなければならない。しかし、リーダーが国民から集めた税金を着服し、子どもたちに泥棒をしてもいいよと教えることになってしまった。一から教育改革をしないといけない」。マハティールは、一時、教育大臣を兼務すると表明したが、野党連合のマニフェストに首相と大臣の兼務を禁止していたことから断念した。

 マハティールは1回目の首相に就任した1981年、まず導入したのが「ルック・イースト政策(東方政策)」、日本をお手本にする政策だった。1961年に日本に家族旅行をしたのをきっかけにこれまで100回以上来日しているマハティールは、日本人の勤勉さ、道徳観、雇用システムに学び、2020年に先進国入りする経済計画を打ち立てた。教育の分野では、日本の大学など高等教育機関に留学することを奨励。82年度から2016年度まで高等教育機関への留学生が約7600人、研修生が約8800人と、合わせて1万6400人が日本に留学した。しかし、ナジブ政権になって、日本より、欧米、中国などへの留学に力を入れた。

 マハティールは首相になって最初の訪問国として日本行きを決め、再び「ルック・イースト政策」に力を入れることを表明する。

 マハティールが日本の教育に着目している点は、国民全体の知的レベルが高く、勤勉であり、努力をする姿で、ものづくりに長けているところだ。日本の大学にマレーシアに進出してもらい、2年間の教養課程を日本語で行うことができたら、4年間の留学資金で3年生以降、2年間学部で専門性を身に付け、さらに大学院に進学できるという考え方だ。

 日本は、江戸時代から寺子屋教育を全国で行った。明治時代には欧米諸国への留学が奨励され、翻訳文化も華開き、大正、昭和にかけて教育の基盤が出来上がり、戦後も高度成長期の経済計画には高専の充実を盛り込み、ものづくり大国を確立することとなる。

 日本は、日本型の教育から終身雇用につながる在り方を時間をかけて積み重ねたのに対して、マレーシアのみならず、多くのアジアの発展途上国では、きちんとした基盤が築かれる前に、80年代以降の急速な経済成長と外資の導入、世界規模の急速な技術革新が急激に押し寄せ、うわべだけ先進国のやり方を呑み込んでしまった。(中略)

 今後、マハティールは「ルック・イースト政策」を基盤に様々な教育改革を実施することを考えているが、果たして、日本の教育現場が応えることができるのか。留学に出る日本人の数は年々減少、日本の大学の国際化は棚上げ状態だ。また、ものづくり現場も偽装、改ざんなど日本企業のコンプライアンス(法令順守)は地に落ちている。

 一方、労働集約型の産業から高度な技術を蓄積した先進国のはざまで経済成長に伸び悩む「中所得国の罠」に陥っているマレーシアをマハティールはどう変革させるのか。債務の返済、産業構造の転換、次世代の教育改革と待ったなし。マハティールに与えられた時間は2年しかない。92歳。老練政治家がどう手腕を発揮するのか。日本にとっても課題を突き付けられている。

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 全文は「新潮45」2018年7月号に掲載。マハティールが81年に首相に就任して以来取り組んできた政策や、今選挙の投開票当日の様子、ナジブ前政権の不正や借金など、マレーシアになぜ今マハティールが必要なのか、7ページにわたりより詳しく解説する。

加藤暁子(かとう・あきこ)
1959年東京生まれ。上智大学外国語学部比較文化学科卒。1982年毎日新聞入社、香港特派員として、アジア経済を担当してきた。訳書にマハティール著『立ち上がれ日本人』(新潮新書)など。

新潮45 2018年7月号掲載

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